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27話 油断大敵

投稿時間が遅くなってすみません!

※一部訂正しました。


 さあ、山羊の乳を搾ろう。

 ロベリアが家畜小屋の扉を開けた、その瞬間だった。


「主、危ない!!」


 ナギの叫び声が耳を貫くより先に、青い空が見えた。


 デジャブ、というのだろうか。

 ついこの間、似たような風景を見たような気がする。


 ただ、違うのは。

 身体は空を飛んでいない。

 気が付けば、ロベリアは仰向けに倒れていた。

 仰向けというのは、直に座るより開放的だ。四肢を投げ出して、ごろんと横になるのは心地が良い。身体の下に朝露で湿った草が絨毯のように柔らかくて、少し冷たい感じがする。


 ただし、右頬のあたりは生温かい。

 生温かくてざらついたもので、繰り返し舐められているような気がした。


「主! しっかりしろ! 主ー!!」


 ナギの声が必死な聞こえる。同じくらい、必死に舐められている。


「ナギ、舐め……あ?」


 視線を少しだけ右に向けると、魔山羊の顔が飛び込んできた。キスできそうなほど近くに、鼻先を感じる。魔山羊の赤くてざらついた舌が、ロベリアの右頬を舐め続けていた。


「そうだ、私……家畜小屋の扉を開けて……」


 ロベリアは何が起きたのか思い出す。

 なんのことはない。

 家畜小屋の扉を開けた瞬間、魔山羊が突進して来たのであった。魔山羊からすれば、ロベリアにじゃれつこうとしたのかもしれないが、ロベリアが倒れるには十分すぎる勢いだった。

 魔山羊自身には、悪気は全くなかったのだろう。今も心配そうに頬を舐め、起こそうとしてくれている。


「し、下が柔らかくて助かった……」


 ロベリアが呟きながら、半身起き上がる。

 魔山羊は嬉しそうに鳴くと、ロベリアの首元に顔をうずめてきた。頭をなでてやると、幸せそうに目を閉じている。もっとなでて、と言わんばかりな顔で、もっともっと頭を近づけてきていた。


 一方、ナギは落ち込んでいた。


「主……俺は、守れなかった」


 ずんっと沈んでいる。彼の上にだけ、黒い雨雲が漂っているように見えた。


「ナギ、気にしないで。私が不注意だったのがいけないの」

「……」

「ほら、ナギも来て」


 ロベリアが左手を差し出すと、ナギの陰気な気配が少しだけ収まった。代わりに、じとっと湿ったような目で睨んできた。


「主……俺、男だぞ?」

「……そうね、ごめんなさい。一緒にされたくないわよね」


 ロベリアは反省した。

 魔山羊のアリエスは家畜。対して、ナギは同居人だ。家畜と同様に扱おうとしていた自分を恥じる。

 ところが、ロベリアが左手を下げ終わる前に、ナギがおずおずと近づいてきた。ぐいっと左手の下に頭を突っ込むと、二本の角の間に誘導してくる。


「えっと、ナギ?」

「…………」


 何も答えない。

 こちらと目を合わすことなく、黙って頭を差し出している。なでて欲しい、のだろうか? ロベリアがいつものように撫でてやると、一気に彼の身体が和む気配を感じた。雨雲はとっくに消え失せ、代わりに花吹雪を散らすような喜びの色が伝わってくる。


「ごめんなさい、ナギ。私、もっと気をつけるから。

 それから、アリエス!」


 ロベリアは少しだけ目を細めると、魔山羊のアリエスに顔を向けた。


「いきなり飛び出してくるのは危ないわ。今日みたいに倒れてしまうかもしれないもの」


 ロベリアは半分まぶたを閉じた目を見つめながら叱責したが、アリエスは分かったのか分かってないのか、一声楽しそうに鳴いただけだった。


 自分を好いてくれていることだけは、非常に激しく感じる。


「大丈夫だ、主。次は俺が守る」

「それは嬉しいけど、私、ナギに何かあったら嫌だわ」

「心配するな」


 ナギは顔を下に向けたまま、淡々と話している。

 相変わらず、こちらに顔を上げてはくれない。左手を離そうとすると、ぐいぐい押し付けてくるので、もっとなでて欲しいのだろう。


 これが人間姿のナギだと凄く違和感を覚えるが、それでもきっと、自分はナギを撫でている気がした。

 どちらの姿でも、可愛いのは可愛い。

 ナギが甘えるのがちょっと下手なところが、とても微笑ましく思った。









 当人たちが心行くまで撫で終えると、ロベリアはアリエスから乳を搾った。

 まず親指で押さえてから人差し指、中指、薬指、小指と順番に絞めていく。最初の数回は出なかったが、少しずつ出るようになってきたので、左手の瓶で器用に受け取った。


 そのまま、しっかり手を洗って台所へ入ろうとしたのだが、ナギが顔を真っ赤にして怒りながら、


「主はシャワーを浴びて来い! 浴びないと、ここから先には通さない!」


 と、前を塞がれてしまった。

 たしかに、彼の言い分には一理あった。

 普段なら手をきちんと洗えば良いが、今日は草に寝転がってしまったし、アリエスから頬中舐められてべとべとだ。軽くハンカチで拭った程度では落ちなかったし、手で髪をすくえば、金の毛の間に、緑の草がちらほら引っかかった。


「ごめん。私がいない代わりに、いまの乳を半分鍋に入れてくれる? それが終わったら、残りのレモンをとってきて」


 そう伝えると、ナギは神妙に頷いた。


「それだけでいいのか?」

「できれば弱火で煮詰めて。ただし、そのときは絶対に鍋から離れないでね」


 搾りたての乳が入った瓶を預けると、いそいそと風呂に向かう。

 家の見た目は素朴な蜂蜜色の古民家なのだが、しっかりと風呂は完備されている。伯爵家にあったものよりは素朴な造りだが、田舎の家には珍しく浴槽とシャワーがついているのは優れモノだ。おまけに、火を焚いてないのに、蛇口をひねると湯が出てくる。

 きっと、魔法が使われているのだろう。今度、フローライトが来た時に聞いてみようか。



「ごめんなさい、少し遅くなったかしら?」


 風のような速度で舞い戻ると、ナギは乳がぐつぐつ煮える様子を見守っていた。


「主、クリームでも作るのか?」

「正解。鍋敷き、用意してくれる? 私が見ておくから」


 ロベリアも鍋の取っ手を持つと、ナギが素早く用意してくれる。だが、ナギはなにか腑に落ちないのか、不思議そうに唸っていた。


「クリームをつけて、スコーンを食べるのか? なんというか、普通だな」

「ただのクリームじゃないわ。スコーンに最もふさわしいクリームよ」


 ロベリアは乳をじっと見下したまま、鍋の取っ手を握りしめていた。


「スコーンに最もふさわしい飲み物はお茶よ。お茶こそ、スコーンの美味しさを引き立てる完璧な飲み物だと思うの」


 もちろん、個人の感想だ。

 だが、スコーンほどお茶にあう食べ物はない。スコーン単品でも美味しいが、少し口の中でぱさぱさし、ぼろぼろと崩れやすい。ちょっと乾いたスコーンの生地が、お茶を飲んだ途端、お茶の芳醇な香り、渋みの濃い味と口の中で混ざり合い、ほうっと頬の緩む新たな味へと進化する。


 あの快感、一度味わったが最後、お茶を淹れずしてスコーンは食べられない。


「でもね、スコーンにあうのはお茶だけではないの。この特別なクリーム、クロテッドクリームも負けないくらいあうのよ」

「意外だな。主のことだから、お茶こそ至高!とか言い出すのかと思った。そんなに、そのクリームは美味しいのか?」

「美味しいわ。バターよりも濃厚で、だけど舌触りが生クリームみたいなの」


 ロベリアがうっとりと呟いたが、ぷつぷつと表面に気泡が沸いてくるのを見た途端、すぐに表情を引き締める。普通の水なら、ここから沸騰までに時間がかかるが、これは乳。気泡が一つ、二つ浮かんだと思えば急速にぼこぼこと泡が浮き上がり、そのままどっと上に向かって押しあがってくる。


「よいしょっと!」


 膨れ上がった乳が鍋から零れそうになる瞬間、ロベリアは鍋を持ち上げると、下敷の上に置いた。火から離れると、いまにも溢れそうだった乳は静まり、表面に膜のようなものを浮かべながら静まっていった。


「ただ、これ時間がかかってね……煮詰めたものを一晩、おいておかないといけないの」

「一晩!?」


 ナギが素っ頓狂な声を上げた。

 これ以上ない程目を見開き、愕然とした表情をしている。ロベリアは苦笑いをした。


「そう、だから……また煮込む前に……もうひとつ、別のを作ろうと思って」


 特別なクリームが第一だが、スコーンにあうものは他にもある。


「レモンカードを作りましょう。端的に言えば、レモン味のバターね。爽やかな酸っぱさがスコーンと良い感じに合うの」

「バターづくりか。その方がまだ」


 ロベリアは瓶を二つ用意すると、それぞれに残った乳を注いだ。


「なぜ、二つ?」

「競争しない? どっちが早く、バターを作れるか」


 バターはクリームなんかよりずっと簡単で、瓶に入れて振るだけだ。

 振る、と言っても、何十回と振らないといけないわけだが。


「交代交代でやるのも良いかと思ったのだけど、たまには競い合うのも良いかなって」

「ほう」


 ナギの目が光った。


「主、みくびるな。主の細腕より、俺の腕の方が力が強いのだぞ?」

「力は強くても、勢いがあるかは別だわ」

「……っふふ」


 ナギは挑戦的な目をすると、人間の姿になった。

 かなり本気なのか、袖をまくると、かるく腕を交差させてストレッチをしている。


「競争、ということは、勝ったときに何か景品でもあるのか?」

「それは何も考えてなかったわね。そうね……」


 ロベリアはちょっと考え込む。

 これは、ナギのためだった。ナギは、なかなか自分からやりたいことを口に出さない。ナギの退屈しのぎになるかと、軽く競争をしかけてみたのわけで、景品なんてちっとも考えていなかったのである。


「なら、勝った方が次の日することを決める。どうだ?」

「うーん、それならいいかしら」


 勝った方が次の日、することを決める。

 ロベリアが勝ったら、別に面白みがない。一応、いつも朝食の席で、


『今日、何をしようか?』


 と尋ねるのだが、ナギは決まって


『主は何をする?』


 と返される。それで、自分のしようとしていることを言うと、ナギはそれで良いと同意する。

 なので、おそらく、ロベリアが勝ってもいつも通りと変わらない。ナギが勝ってくれた方が、ロベリアとしては嬉しい。



 だが、


「私、こう見えて負けず嫌いなのよ」


 なにもかもルージュに抑圧され、我慢に我慢を重ねてきた人生。

 ゲームで勝っても無理やり負けたことにされたことは幾度となく。 

 エリックを大事にしていたのは、ルージュにない唯一を手放さないためであり、ルージュに勝ったという満足感からだった。


 結局、ルージュに負けて寝取られたが。

 




 しかし、それは過去の自分。

 今の自分は抑圧してくる妹はいない。


「ナギ、甘く見ないでちょうだい。油断大敵よ」

「主こそ、手を抜くなよ。手を抜いて勝っても意味がない」


 ナギも同じ気持ちなのか、愉快そうに口の端を上げている。


「それでは、よーい……どん!」


 かけ声とともに、両者ともに動き出す。



 普段は静かな空間。

 聞こえるのは、ミルクが振られる音だけ。


 しかし、いつになく白熱した熱気に包まれているのだった。


 


















 その頃、王都。

 その一画に、今日は一際緊迫感に包まれた場所があった。

 王国立魔法学校。近隣屈指の魔法学校であり、今日は入学試験が行われている。

 入学年齢の小さな子どもから、最近になって魔法使いを志した大人まで、ずらりと門の前に並んでいる。


 ある者は緊迫した顔で杖を握りしめ、ある者は心の緊張を押し殺し余裕そうな顔を周りに見せ、ある者は友だちと語り合って緊張を薄らげようとし、またある者は過去問題集を必死に読み返す。


 その中で一人。

 栗毛の少女、フローライト・ヴィーグルは深呼吸をしていた。



「よし……私なら大丈夫」


 緊張から震える指で杖を握りしめながら、小さな声で繰り返した。


「この間だって、ロベリアさんの前で魔法を使えたじゃない。

 私なら大丈夫、絶対に受かる。受かって見せる!」



 自分に言い聞かせながら、慎重に自分の番を待つ。

 無事に合格し、魔法使いになって世界の平和を守り、そのお給金で家族に楽をしてもらう。偉くなったら、ロベリアとドラゴンに助けてもらったお礼だって、山のようにできるのだ。



 彼女は静かに自分の番を待つ。

 フローライトは足が震えるほど緊張しながらも、自分の成功体験を思い出し、なんとか心を落ち着かせようとしている。





「……ロベリアさん?」



 だから、自分の呟きを拾った人がいるなんて、まったく気付かなかった。






次回投稿は3月27日、午後を予定しています。

今日よりは早めに投稿できるように頑張ります!


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― 新着の感想 ―
[一言] や、ヤバい相手に聞かれたか? このまま平穏に魔山羊に頭突きされる日々が続けばいいのにねー(笑)
[良い点] 男だと主張しつつも満足いくまで撫でてもらいたいナギがかわいい
[一言] ほんわかからーのシリアスにモードチェンジかしら……? あーっ明後日が待ち遠しいです。
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