24話 初夏の風
青空の下、木々たちの緑が輝いている。
濃い緑の間から、顔を伸ばした若緑の葉たちは輝きを増し、風に揺られながら青々と輝いていた。
「綺麗ね……」
ロベリアは息を零した。
春の初々しさは薄まり、夏の訪れを感じさせる明るい草花は、眺めていると心なしか力を貰えるような気がした。
「主、手を動かしてくれ」
ロベリアが止まっていると、ナギが不服そうに呟くのが聞こえた。麦わら帽子を被りながら、黙々と草をむしっている。ドラゴンの姿なので、頭の半分以上を帽子が覆っており、ロベリアの位置から表情をうかがい知ることはできないが、声の調子からして難しそうに顔をしかめているような気がした。
「止まるんじゃないぞ、主。止まったら終わらない」
「分かってるわよ、ナギ」
ロベリアは額に浮かんだ汗を拭うと、再び屈みこんだ。
夏の草木は大好きだ。元気が良いのは大変よろしい……が、元気が良すぎるのも困り物であり、余計な草が庭の景観を悪くしてしまうのも事実である。
雑草という名の草は存在しないが、雑然と生えてしまった草は抜かなければならない。
それも、根っこから。上だけむしっても、根があれば生えてくる。せっかく汗をかきながら草むしりに励んだ意味がなくなってしまうのだ。
「それにしても、ナギ。意外と早いわね」
ロベリアはナギの脇に摘み上がった山を一瞥する。
ドラゴンの手では、草をむしるのは難しい。それでも、ナギは爪を器用に動かし、半ば根から掘り返すように草をむしっていた。
「前のところでは、こんなことばかりやっていたからな」
ナギは草をむしりながら、淡々と答えた。
「人間の姿でやることもあったが、前のところでは許されなかった。
……主、そう落ち込むな。これは、俺の意志でやっていることだ。強要されてない」
ナギはちらっと一瞬だけ、ロベリアに視線を向けた。
「俺は主が好きだ。この庭も好きだ。手伝うのは当然のことだろ?」
「あ、ありがとう」
夏の空よりも爽やかに言い放ったので、ロベリアは少し言葉を返すのが遅れた。
最近、ナギが自分の気持ちを主張することが増えた気がする。
あの男から奪い取り、彼が人間に変身すると知った頃は、ロベリアの言うことに追従することが多く、最近でもあまり反対されることはない。
だが、屋根から落ちてからだろうか。
自分からこうした方が良いとか、手を止めるなとか、自分の考えを口に出すようになった。これまでも、例えば服作りのときとか照れて恥ずかしいという気持ちを発露することはあったが、それ以外の気持ちも口に出してくれるようになったのは、少し距離が縮まったのか。
今も彼は、ロベリアのことを「主」と呼ぶ。
けれど、いずれ主従の言葉が無くなれば良いな、とボンヤリ思えば、頬のあたりの筋肉が緩む。草をむしる手も止まりかけていたのか、ナギから叱責が飛んでしまった。
「主……」
「ナギ、厳しくないかしら?」
「厳しくない」
ナギが少し突き放すように言ったとき、彼の向こう側から声が上がった。
「あの、ロベリアさん。僕の方は終わりました……」
おずおずとした自信のなさそうな声。
ロベリアが少し立ち上がれば、栗毛の少年の姿が見えた。彼の隣では、同じ色の髪をくるんっと耳元でカールさせた少女が顔を真っ赤に染めながら、草を一心不乱にむしっている。
ジェイドとフローライト・ヴィーグル兄妹。
先日、熊から助けた街の子どもたちである。
無事に家畜小屋を修理し、魔山羊や鶏を引き取りに行った際のこと。
フローライトが
『この間のお礼に、ロベリアさんたちを手伝いたい!』
と、志願して来たのだ。
兄の方は妹の後ろに少し隠れ気味だったが、妹の提案には賛成らしく、ロベリアが一度断ると、妹よりも先に話し出した。
「ぼ、僕たち、ロベリアさんの役に立ちたいんです!」
今にも泣きだしそうなほど声を震わせ、黒い瞳に涙をいっぱい溜めながら懇願されたら、断るわけにはいかない。泣き落としは、これまでルージュや妹や婚約者を寝取った女やらで数えきれないほど見てきたので、純粋な気持ちからの涙だということは肌で伝わってきた。
あれは作り物ではない。
作り物だとしたら、見抜けない自分が悪い。
それに、この庭は外からの干渉を受け付けない。
ロベリア以外、外から庭を見つけることができないので、兄妹が不穏な輩を連れてくることはないだろう。
前の主の謎は深まるばかりだが、実に好都合な仕組みの庭である。
「ありがとう、ジェイド君」
彼の丁寧な仕事の結果だろう。妹の方も顔を泥まみれにさせながら頑張っていたが、そこらじゅうにムラが多い。それに対し、彼の担当した場所は石と石の間から伸びたい放題だった草が一掃され、石畳の道が輝いて見えた。ナギと良い勝負である。ナギがちょっと悔しそうに唸ったのが分かった。
「もしよかったら、その草をちりとりに纏めてくれないかしら? 裏手のコンポストに入れたいから」
「は、はい!」
「お兄ちゃん、ズルい! ロベリアさん、私ならちりとりに纏めなくても問題ないわ!」
フローライトはむうっと頬を膨らませると、背負っていた杖を掲げた。
「風の魔法を使えば、一か所に纏めることも簡単よ!」
「……で、でも、フローライト。その呪文、成功したことないんじゃ……」
「成功するわよ!」
「2人とも」
フローライトがジェイドに鼻を突きつけながら怒り始めたので、ロベリアは間に入った。ロベリアが入ると、妹の方は罰の悪そうな顔をした。
「フローライト、ありがとう。あとで、やってくれるかしら? 私、魔法を見てみたいの」
「本当!?」
「でも、その前に自分の仕事を終わらせて。休憩でもないのに、途中のことを放り出して別のことをするのはいけないわ」
ロベリアが言うと、フローライトの華やいだ顔が萎む。ただ、ロベリアの言い分に納得はしたのだろう。深々と頷くと、草をむしる作業に戻った。先ほどよりも真剣に、されど速度を上げて抜き始める。早く魔法を披露したいのだろう。
「妹の手伝いをしてくれるかしら?」
「わ、わかりました!」
ジェイドも素直に頷くと、妹の隣に腰を下ろした。
二人が手伝ってくれるおかげで、作業速度が二倍以上。太陽が頂点に到達する頃には、庭の四分の一の草がむしり終えていた。
「さてと、休憩にしますか。ナギ、私は準備をしてくるから二人をお願い。十分くらいしたら、終わりにして、ダイニングに来てくれるかしら?」
「分かった」
ナギが返事を受け、ロベリアは一足先に家に戻った。
指先にまで入った泥を洗い流すと、お昼休みの準備を始めた。
「パンを切ったら、ベーコンと今朝獲れた水菜を挟んで……いえ、その前にマスタードを塗らないと」
いつもはナギが美味しく食べてくれるが、他の人に料理を出すのは初めてだ。
パンを切って具を挟むだけの簡単な料理だが、緊張して肩に力が入るのが分かる。鮮やかな緑色の水菜とベーコンのサンドイッチを大皿にお行儀よく並べた後、棚から春つくったイチゴジャムの瓶を取り出した。匙ですくえば、ナギの鱗のように麗しい赤いジャムがぷるんと震えた。白いパン生地に薄く延ばしながら、次にするべきことを考える。
「サンドイッチは、これで完了……と、あとは、飲み物が必要ね」
ロベリアは微笑んだ。
飲み物は大丈夫。
ヴィーグル兄妹が来ること、太陽の日差しをいっぱい浴びながら庭で長時間作業することを見越して、今日にぴったりの飲み物を仕込んだのだ。
ロベリアはサンドイッチを先にテーブルに運ぶと、足取り軽く地下室に降りた。
地下室の扉を開けると、ひんやりとした空気が漂ってくる。夏ほどではないが、汗が滲む程度の暑さにいた身からすると、ちょっとした天国のようだ。
「って、涼んでいる場合じゃない。早く探さないと――」
ロベリアが飲み物を探し始めた、その時だった。
「「ぎ、ぎゃあああああ!!」
兄妹の悲鳴が家を揺らしたのは。
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※23話のサブタイトルを変更しました。




