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13話 お庭づくり


 次の日。

 枕元に一枚の紙が置いてあった。小さな文字で身長と体重が記されている。


「これって……」

「それでいいだろ?」


 ドラゴンのナギが床に蹲っている。

 自分の分のお茶を器用に飲みながら、わずかにそっぽを向いていた。よっぽど測られるのが嫌だったらしい。ロベリアは夕食時に謝ったとはいえ、やっぱり強引過ぎたな……と、改めて反省した。


「無理強いして、ごめんなさいね。測ってくれてありがとう。

 でも……ごめんなさい、他にも肩幅や股の下とかも測らないといけないの」

「なっ!?」


 ナギは弾かれたように顔を上げた。


「そこまで必要なのか!?」

「作ってみたけれど、幅が狭くて着れませんでは困るもの」


 ロベリアは首を振ると、ナギの赤い鱗が少しずつ薄まっていく。血の気が失せていく、と表現するべきなのだろうか。足が微かに震えているように見えた。

 ロベリアは肩を落とすと、ペンに手を伸ばした。


「肩幅や股の下、あとは腕周りと脇の下の長さに……必要な部分は書いておくから、後で測ってくれると嬉しいわ」


 ロベリアが言葉を続ければ、ナギは見るからに安心したらしい。ぺたんっと床に頭をつけ、疲れたように息を吐いている。


「すぐに測った方がいいか?」

「後で構わないわ。まずは、種やベリーを植えないといけないから」


 本当は、ナギの服を今すぐにでも作りたい。

 あんな奴隷同然の服を脱がせて、新しい服を着させてあげたい……が、縫う前に型紙を作らないといけない。それに、昨日買ってきたベリーや種を植えないといけないのだ。せっかく買ってきたのに、枯れてしまいましたでは植物が可哀そうだ。

 それに型紙つくりは夜でもできるが、畑作業は昼間しかできない。


 ナギに説明すれば、どこか安心した顔で頷いた。


「分かった。畑の方は、何を手伝えばよい?」

「傍にいてくれるだけで十分よ……ああ、そんな落ち込まないで。そうね、えっと……では、種をまくのを手伝ってもらえないかしら?」

「それだけで良いのか?」

「意外と大変なのよ。とても助かるわ」


 ロベリアは口元に弧を描いた。

  

 


 今日も良い天気だ。

 空は何もかも全て吸い込んでしまいそうなほど青い。

 庭仕事なので少しは雲があって欲しかったが、生憎と見渡す限り太陽を遮るものはない。ロベリアは帽子を被ると、ナギを呼んだ。


「まだまだ夏ほど暑くないけど、これを被って」


 子どもの頃、ここで被っていた麦わら帽子を頭に被せてあげる。

 ドラゴンの頭には少し大きく、身の丈に合っていないので首元で後ろに提げているような形になってしまったが、良い日陰になっていた。


「良く似合ってるよ、可愛い」

「可愛い、か……」


 ナギは照れくさそうに笑っていた。

 ドラゴン状態のときは可愛いのに、人間形態のときは王子なんて比にならないほど男前でカッコいい。今だって、ナギは鼻の先を通り過ぎた白い蝶を目で追いかけている。ひらひら舞う蝶を興味深そうに見つめている様子はまるで子犬のように愛らしく、自分を助けてくれた時のカッコよさが嘘のようだ。


 ロベリアがしげしげと考えていると、ナギは視線を感じたのだろうか。不思議そうに振り返ると、首を傾げて尋ねてきた。


「……どうした、主?」

「ううん、なんでもないわ。始めましょうか」


 ロベリアはシャベルを手に取ると、ざくっと土に差し込んだ。

 先日、既に掘り起こしていたおかげで土は柔らかく、前より力を籠める必要がなくて楽だ。ロベリアが黙々と畝を作っていく。細く長く直線に土を盛り上げていると、ナギは後ろから付いて来た。爪で地面を掘り返しながら、畝の形を整えてくれている。


「なあ、何を植えるんだ?」

「とりあえず、葉物ね。本当は苗を買って来たかったのだけど、売ってなかったから」


 もう少し、季節が温かくなったら夏野菜の苗を買いに行こうと思った。

 あのベガでさえ、夏野菜を種から育てようとして失敗していたのだ。初心者の自分には、より一層難しいに違いない。

 苗と言えば、野菜だけでなく、花の苗も欲しかった。空の青をいっぱいに鍋一杯煎じたようなデルフィニウムに黄色の花をブドウの房のように連なすミモザ。雨を浴びて色を変えていく紫陽花(ハイドランジア)だって、もう少し井戸の周りに植えたら良い味が出る気がする。

 

 そんなことを考えているうちに、畑に数本の畝ができあがっていた。

 ロベリアはシャベルを置くと、ポケットから種がいっぱいに詰まった袋を取り出した。


「いい、こうやって土に浅く窪みを作るの」

「この中に、種を蒔くのか?」

「ええ、5、6粒くらい。これだけど抓める?」


 袋の口をほどき、豆より小粒の種を見せてみる。

 ナギはいつになく真剣な顔で頷いた。


「この姿なら難しいが、人間の姿になればできる。それで良いか?」

「もちろん。蒔き終わったら、こうして土を薄く被せて……完成かな。くぼみとくぼみの間は、だいたい……これくらい、かな」


 ロベリアは実演しながら説明すると、ナギはふむふむと聞き入っている。


「分かった。主も一緒にやるのか?」

「私は向こうの土を耕してくるわ。この間、草むしりをしたところ。オニユリを植えるから」


 小川に通じる小路の入り口に、橙色の百合が揺れるのは美しかろう。

 ロベリアはそう考えたのだ、ナギには上手く通じなかったらしい。彼は少しきょとんと瞬きをすると、どこか不思議そうに聞いてくる。


「主は自分の好みの庭を作りたい、と言っていたな?

 前から思っていたが……ここは、俺の知っている庭とは違う。本当に庭なのか?」

「本当に庭よ」


 ロベリアは答えながら、幼い頃の自分を思い出した。

 ナギが暮らしていたのは、腐っても男爵家だ。ナギを虐め、常にイライラしているような男だったが、ああいう小物ほど見栄を意識している。きっと、あの男の庭も貴族の庭らしく整えられていたのだろう。


「貴族の庭は、基本的に王城の庭を真似ているの。

 城の庭は凄いのよ。隅から隅まで計算されつくした、美の極致ね」


 ロベリアは思い出す。

 バルコニーから庭を覗けば、王家の紋章型にツゲの木が植えられている。それも同じ高さ同じ形に刈り込まれ、ひとつの絵画のようだ。

 まるで迷路のように入り組んでおり、ツゲの木自体が壁のように厚いので、目隠しのように向こう側が見えない。

 それ故に「王子・王女は、庭でかくれんぼをして迷子になる」なんて噂話が囁かれるが、実際は王子王女よりも夜会で知り合った男女が消えていくというのが公然の秘密である。

 最初は単なる与太話だと思っていたが、いつぞやかの夜会で「名前を言いたくないあの妹」が顔の良い青年と消えていくのを見かけたので、これは本当のことだ。

 王の目と鼻の先で何をやっているのか、と頭を抱える話である。



 閑話休題。


「迷路みたいな庭の他にも、水路を巡らせた水の庭とかもあるのだけど、すべて計算され尽くされているのよ。とても品があって、美しい庭だわ。私、嫌いじゃない。でも、ああいう庭は少し窮屈ね。

 ちょっと混沌とした、というのかしら。森や林のように自然な感じの庭が好きなの」

「なら、何故雑草を抜く?」


 ナギは首を傾げた。


「雑草が生えている方が自然だろ?」

「それは少し違うわ」


 ロベリアは腕を組むと、幼い頃を思い出しながら話した。


「一度だけ、同じ考えの貴族の庭を見たことがあるの。サロンパーティーに呼ばれた時に」


 あの頃は、王子の婚約者になる前だった。

 同じ年頃の、それもきっと同じく王子の婚約者の座を狙っているのであろう令嬢たちが集った茶会だった。主催主は王の親友というのだから、王子の婚約者候補を募った茶会だったのではないかと思う。

 どの令嬢も柔らかい笑顔の仮面を被りつつ、ほんわかとした話題でさりげなく自分を自慢しつつ、相手を蹴り落とすという戦いの場だった故、お茶の味も菓子の味も全く覚えていない。


 だが、唯一覚えているのが庭だ。


「主催者のお父様がね、自分の趣味の庭を見せくださったの。自然が好きだからと作った庭。

 でもね、なんというか品がなかったのよ。自然のように見せかけるために、これ見よがしに二、三本の雑草が生えている庭。しっかりとした芯がないというか……」


 ここの庭は違う。

 ベガが管理していた頃と比べて、間違いなく荒れてはいるが、あの庭に比べると品格がある。どう表現すればよいのだろうか。サロンで招待された庭のような薄っぺらさはない。


「自然のように、とはいうけど、すべてを自由にさせているわけではないの。

 ほら、家に招待されて『自由にしていいよ』とは言われても、走り回ったり片っ端から壺を壊したりしてはいけないでしょう?

 少なからず、一定の秩序と調和が必要なのよ」


 その加減を上手くしていくのが、庭師の役目であり、庭を継いだロベリアの責任だ。

 ロベリアは腕を解くと、小さく息を吐いた。


「庭づくりって、大変ね……」

「だが、主には理想があるのだろう? 俺はそれを全力で手伝えば良いだけだ」

「あら、ナギの理想にも興味があるけど? 私だけの庭ではないもの。貴方の理想も聞きたいわ」

「主の理想が俺の理想だ」


 ナギはきっぱり宣言すると、種の袋を受け取った。


「一日は長いようで短い。俺もこれを終えたら、主の手伝いに行く」

「ありがとう」


 丁寧にね、とは言わなかった。

 ナギは仕事を丁寧にこなすことは、言わなくても分かっている。今日の朝の手紙も、小さいながら非常に整った字を、下に線を引いているかのように真っ直ぐ連ねていた。

 ナギになら、安心して手伝いを任せることができる。


「終わったら、休憩にしましょう。今日のお菓子は、スコーンにする? それとも、果物にする?」


 ロベリアが問いかければ、ナギは少し悩んだように目を上へ向けた後、ゆっくり答えた。


「両方好きだが、できれば、果物がいい」

「分かったわ」


 ロベリアは頬を緩めると、ナギの頭を軽く撫でてから立ち上がった。


「それじゃあ、お願いするけど焦らないでね」

「安心しろ」


 ナギは大きく頷くと、するっと人間の姿になった。

 こちらに背を向け、静々と仕事をしている。頼りがいのある背中だが、やっぱり粗末な服のせいで奴隷か虐げられている使用人かのように見えてしまう。

 早く服を作らなければ、という思いが強まった。


「私もナギに負けていられないわ」


 ロベリアは腕を伸ばすように背伸びをすると、オニユリの球根が詰まった袋を持ち上げた。




 土を耕す前に、果物を井戸に吊るしておこう。

 いつも頑張ってくれるナギへの、ご褒美に。






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― 新着の感想 ―
[一言] 型紙からですかー。 本格的なんすね(笑) 洋服作りは大変だからねぇー。 さあ!形にしよう!(笑)
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