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11話 太陽

ナギ視点。

ちょっと長めです。

※少し投稿が遅くなってしまい、すみませんでした。


「この子は、私のドラゴンです。

 私の可愛くて一緒にいると心地が良い……ルージュなんかより、ずっと大切な、新しい家族です!」


 その言葉を聞いた瞬間、ドラゴンは覚悟を決めた。

 初めて、自分のことを家族だと認めてくれた人を救うためなら、自分の全力で災いを薙ぎ払ってみせる。


 

 たとえ、嫌われることになっても。















 ドラゴンに名前はなかった。

 柔らかい干し草に包まれ、親を求めて鳴いたのが最初の記憶だ。そこで初めて、人間というものを見た。ドラゴンは身を捻り、干し草から抜け出ると、大きな男に質問した。


『お母さんはどこ?』

『お前はココで生きていくんだ。余計な質問は許さない』


 これが男の答えだった。

 あとになって知ったが、この男は闇商人だった。


 


 ドラゴンは始祖の王が大陸を治める際、神々から遣わされた魔物だ。

 王を乗せると天を駆け、たちまち人間たちを屈服させた。王はドラゴンと共に歩み、ドラゴンは王に寄り添う。

 始祖の国が分裂した後も、いかなる国の王の傍にもドラゴンがいた。

 ドラゴンは王を始め騎士たちを乗せ、戦場を羽ばたいて行く。


 本来なら、このドラゴンも戦用に大切に育てられるはずだった。


 しかし、人間は欲深い。

 「神や王に愛された魔物」として、貴族や金持ちの商人たちの間では、ドラゴンを飼育することが流行っていたのだ。

 無論、一般に出回っている種も多く、馬のように荷物を運んだり人を乗せて移動したりする種も多い。

 けれど、彼らはこぞって特別なドラゴンを欲しがった。


 王家に仕える「特別なドラゴン」を。

 

『お前はただのドラゴンじゃない。魔力が使えるんだ。さあ、やってみろ』


 ドラゴンは叩き込まれた。

 王に寄り添うため、身体の大きさや体重を自由自在に変化する技を。 

 王と共に歩むため、人間に変身するための技を。


 身体を変化させるのはともかく、人間になることは苦手だった。

 鱗以上にすべすべとした四肢は気持ち悪く、長く伸びた二本の足は震えて動かしにくい。それでも、なんとか満足に歩けるようになった頃、とある令嬢に買われた。



 最初はまだ良かった。

 ふくよかな令嬢は、ドラゴンを。可愛がった。


『艶やかな赤髪、森のような緑の瞳は切れ長で……ああ素敵だわ。きっと、私好みの王子様に成長してくれるはず』


 令嬢はドラゴンを常に人間の形態で連れ歩き、まるで恋人のようなことを要求してきた。

 元の姿に戻るものなら、鞭で打たれた。令嬢の気に沿わぬ言動をしようものなら怒鳴り散らされた。


『俺? いいえ、私と言いなさい。そんなボソボソしゃべるんじゃない! 声は良いんだから、一字一句丁寧かつ滑らかに話すの!

 空を飛ぶ練習? いらないわ。王子様に翼はいらないから』


 それでも、子どものうちはまだ良かった。


 問題は大人になってからだった。

 成長してくるにつれ、人間形態の容姿が令嬢の好みから外れていったのだろう。令嬢の要望に応えきれず、輝いていた赤い鱗に傷痕が目立つようになった頃、


『あんた、いらないわ』


 ドラゴンは祖母宅に捨てられた。


『あたしゃドラゴンなんて、怖くていらんわ。

 どうして、いらないなんて言うんだい? これ、そこらの騎士よりずっと男前だよ?』

『私好みの王子様じゃないんだもの。

 もっとキラキラ輝く理想の王子様になるとおもったのに。この期待外れ』


 以後、令嬢は一度も来なかった。


『そっちの隅にいてくれよう、ドラゴンなんて気味悪い』


 そこでは、とにかく避け続けられた。

 人間状態で端っこにいろと。自分の視界に入るんじゃないと。

 

 けれど、そんな生活はすぐに終わりを告げた。

 彼女が死んだからだ。

 元の令嬢のところに戻ることになるのか、と薄ぼんやり考えていたが、引き取りを拒んだらしい。

 ドラゴンは別の孫に引き取られることになった。


『男? んだよ、女だったら売ることができたのにさー。しかも、なんだよ。その顔。最悪だな!』


 その先は地獄だった。

 執事や使用人がいるはずなのに、掃除や洗濯、料理から買い物に至るまで全ての家事をやらされることになった。


『おい、ここに髪の毛が落ちてんぞ! しっかり掃除しろや!!』


 自分が担当した掃除場所ではないのに、力強く腹を蹴り飛ばされることは日常茶飯事だった。

 もっとひどいのは、男に人間形態を見られたときだ。

 任される仕事は人の形ではないとできないことばかりなのに、男は『人間に変身することを禁止する』と口酸っぱく命令してくる。

 男曰く、「ドラゴンの癖に生意気な容姿」らしい。

 出来る限り、ドラゴンの姿で仕事をし、どうしても難しい時は男に見つからぬよう素早く変身して済ます。そういう時に限って、まるで見計らったかのように男が現れるのだ。


『命令違反だ! 今日は食事抜き!』


 頭を思いっきり殴られる。

 元々、大した食事ではない。野菜の切れ端や腐った肉を工面して、自分で作る。男のために作った分のあまりを食べていたこともあったが、見つかったときは厳しく折檻された。それ以降、男は余った分を自ら外に捨てに行くようになった。

 だが、それでも食べられないよりは、ずっとマシだった。


 三日に一度、男はストレスを発散するように「食事抜き」の罰を下す。

 すっかりやせ衰え、それでも生きることができるドラゴン特有の屈強さを呪った。

 男の使用人たちも敵だった。

 最初こそ気遣ってくれる者もいたが、五年も経てば使用人以下の存在を嘲笑うばかり。男の見ていないところで、くすくす笑われたり虐められるのは当たり前になっていた。

 


『いっそ、一思いに殺してくれたら良いのに』


 ドラゴンは嘆いた。

 世界は灰色で、どこにも色がない。

 晴れているのか雨が降っているのか興味もなく、蹴られた腹に鈍い痛みだけを感じる。



 そんな時だった。


『失礼します』


 不思議な声が、上から降ってきた。

 ドラゴンがおそるおそる顔を上げると、一人の令嬢がいた。高そうなドレスを雨に濡らし、ドラゴン(じぶん)を庇うように立ち塞がっている。


『そのドラゴン、役立たずというのでしたら、私がいただきましょう』


 彼女は傘を差しながら、凛とした声で宣言する。

 男が額に筋を浮かべ、今にも殴りかかりそうな様子なのに、彼女は背筋を誇らしげに伸ばていた。

 

『貴方が最低最弱で荷運びにも使えぬ不要と判断するのであれば、私がいただきます。

 あら、問題ありませんわ。その子を引き取ったくらいで下がる評価ならいりませんから』


 この言葉に、男の堪忍袋が切れた。

 大きく手を振り上げると、そのまま彼女の頬を狙う。ところが、彼女は避けるに十分な時間があったはずなのに、抵抗せずに頬で受け止めたのだ。

 ばちんっと痛そうな音が弾ける。

 それは、いつも自分が喰らっている痛みの音だった。


 ドラゴンが呆然としていると、彼女は振り返った。

 

『ごめんなさい、あなたの意見を聞いていませんでしたね。

 よろしければ、私と来てくれませんか?』


 太陽の日差しのような人だった。

 橙の瞳は日向のように温かい。整った顔立ちは育ちの良さを感じさせたが、白い頬には赤い痣がくっきり残っている。にもかかわらず、痛みを感じさせないような朗らかな笑みを浮かべていた。


 お日様のような少女に傘をさし向けられ、戸惑ってしまう。

 男に蹴り飛ばされていたやせ衰えたドラゴンに、何を求めているのだろう?


『俺で、いいのか?』

 

 言葉を口にして、久しぶりに自分の声を聞いたような気がした。

 男や前の主が求めたのは、従順かつ黙々と仕えることだった。質問や口出しは一切受け付けてもらえなかった。「すみません」の言葉すら口にできず、ただただ頭を下げるだけだった。


『貴方と一緒に行きたい。貴方が、良いのなら』

『ええ、もちろん』


 少女は傘を肩にかけると、ドラゴンの前足を手に取った。

 ぼろぼろの爪をそっと握ると、そのまま腹部へ手を廻し身体を持ち上げた。少女の身体は温かく、委縮していた身体が微かに緩む。


 ああ、助かった。


 ドラゴンは心の底から安堵した。

 それと同時に、足元が急に失せるような恐怖を感じるようになってしまった。



 彼女……ロベリアは優しい少女だ。

 

 不思議な庭に訪れた時、最初に彼女がしたのは動物探しだった。

 庭の様子を確認しながら、まっさきに乳母が残した山羊や鶏を探し回った。日差しが傾き始めてようやく、彼女は家に向かった。


『さ、掃除をしますか』


 ロベリアは埃塗れで放置された家に足を踏み込み、せっせと掃除に励み始める。

 それはまるで、家畜たちのことをこれ以上考えるまい、と気持ちを押し殺しているようだった。


『俺も手伝う』


 ドラゴンは声を出したが、ロベリアは小さく頭を振った。

 どうしても、と主張すれば、薄く埃被った花瓶やら食器を拭くことを任される。確かに、小さな身体ならこれが限界だ。

 だが、人に変身すれば違う。

 ロベリアが掃除するよりも早く、この家を綺麗にすることができる。

 それを主張しようとして、思い止まってしまった。



 最初の主たちのように、自分の容姿のせいで嫌われてしまったら?



 ロベリアは「子どもみたいに小さなドラゴン」を可哀想と思い、救い出してくれたのだ。

 決して、「実は大人で、男性に変身できるドラゴン」を求めていたわけでもない。



 ロベリアとの生活は、これまでが嘘のように楽しかった。


 彼女と庭を散策することも、同じテーブルで食事をすることも、畑を掘り返してミミズに驚き一緒に引っ繰り返りそうになったことも、心が洗われるほど新鮮で心地の良い体験の連続だった。

 特に感動したのは、ロベリアが淹れたお茶だ。

 これまで何度か飲んだことがあったが、比較にならないほど美味く、あの時飲んだお茶の感動を彼女にも味わってほしくて、初めて「心から誰かのために」お茶を淹れた―――結果、なかなか上手くいかず、毎朝彼女にお茶を出しているが、まだ感動の再現には至っていない。


 

 ロベリアと一緒にいたい。

 ずっと、一緒にいたい。

 そう思えば思うほど、自分が彼女と一緒にいて良いのだと確認すればするほど、自分が少し違ったドラゴンで変身できるなんて言い出せなかった。

 








 だけど、


「この頭のおかしい、雑魚女が!!」


 予期せぬ再会した男が、ロベリアに殴りかかろうとしている。

 ロベリアは避けることができない。

 彼女は自分を「家族」と言ってくれたのに、家族が傷つくところを黙ってみているだけで良いのか?

 ロベリアが毎日与えてくれた食事と休息のおかげで、それなりに力は戻っている。彼女を救える力があるのに、自分は縮こまって黙ってみているだけでいいのか?



 そんなこと、良いはずがない!


「取り消せ」


 ドラゴンは変身した。

 身体を覆っていた鱗が消え、視界も高くなり、ロベリアの背を軽く追い越した。変身の際、男に着せられていた服が蘇ったが、食生活が良くなったからだろうか。ぶかぶかだった服は丁度良いサイズになっていた。

 短かった手をすらりと伸ばし、男の拳を受け止める。


 そう、受け止めることができた。

 いつもは殴られるだけだった拳を、自分の武骨な手が止めている。


「てめぇ! 俺に逆らうつもりか!?」

「逆らう? 何を言ってる。俺は……もう、あんたの物じゃない!」


 男の拳を押し返すと、吼えるように叫んだ。


「俺の主に、指一本触れるな!」


 そのまま男の膝めがけて勢い良く蹴りを入れる。男は反撃されると思っていなかったのか、間抜け顔のまま真面に喰らった。


「痛ッ!!」


 男の身体が一瞬、傾いた。

 そのまま男の泳いだ左手をつかみ上げ、右膝で男の背中を地面に叩きつけた。ドラゴンは右足を男の背中に乗せ、思いっきり体重をかけてやる。

 ただの体重ではない。

 ドラゴンは体重をコントロールすることができる。

 だから、ドラゴンは見た目を変えず、体重のみ城壁の石並の重さに変えた。


「ぐ、ぐぎゃあああ―――ッぁあ………」


 今までの恨みを、大好きな人への暴言暴行を、すべて一度に込めるように踏みつけると、男が白目をむいて気絶した。

 そのことを確かめると、素早くロベリアに身体を向ける。ロベリアは何が起こったのか分からず、呆然としていた。


「御免!」


 ドラゴンは、彼女のポケットに手を差し込む。

 ポケットから例の鍵を引っ張り出すとともに、彼女を中心に勢いよく煙幕を吹いた。十数年ぶりにブレスを吐いたせいで加減が効かず、大通り全体を黒い煙が覆いつくしてしまったが、申し訳なく思っている時間が惜しい。

 ドラゴンは扉を開くと、右手でロベリアを抱え上げ、左手で手押し車を握った。


「ひゃっ!? な、ナギ!?」


 ロベリアが眼を白黒している間に、ドラゴンは扉の向こうへ駆け込んだ。

 ドラゴンはロベリアを冷たい下草に降ろすと、誰も見ていない間に扉を閉じた。

  

「ナギ、なの?」


 ドラゴンはロベリアの視線を背中で感じながら、そっと元の姿に戻った。

 視線が落ちて、背骨の脇から羽が生えてくるのを感じながら、


「……すまない。主を騙していた」


 ドラゴンは呟いた。

 淡々と答えようとしたのに、声が微かに震えている。

 灰色の雲が心の中にもやもやと広がり、先程の行為はやっぱり蛮勇だった。別の救い方があったのではないかと、気持ちが落ち込んでいくのが分かった。


「俺は……気持ち悪いだろう? ただのドラゴンじゃないんだ」


 きっと、捨てられる。

 幻滅される。

 それが怖くて、振り向くことができなかった。


「命令してくれ、主。俺に出て行けと」


 雨模様の心で呟いた。

 大好きな人が近づいてくる足音を感じながら、下を向いて縮こまる。


「家族にそんなこと言うわけないでしょう?」


 ぽんっと。

 背中に柔らかい掌を感じた。


「ナギは、本当に災いを薙ぎ払ってくれたのね。ありがとう、助かったわ」

「だが、その……」

「変身できるなんて知らなかったけど、気持ち悪いなんて思ったりしないもの」


 ロベリアが微笑んでいるのが分かった。

 その声は黒い雲の隙間から陽光が差し込まれたように、ドラゴンの胸を暖めていく。

 

「あの姿になるのが嫌だったから、教えてくれなかったのよね?

 なら、それで構わないわ。私、今の姿のナギが好きだもの」


 ロベリアは優しい。

 こちらを傷つけまいとしてくれているのかもしれない。

 慈善の言葉を呟かないでくれ、と指摘したいのに、口から零れたのは別の言葉だった。

 雨でもないのに頬を冷たい感覚が伝わり、声が不自然なほどに震えている。


 ナギは背中に温かな掌を感じながら、太陽(ロベリア)に向かって、本当に……本当に囁くほど小さな声で呟いた。



「ありがとう、我が主(マスター)








シリアスパート終了!

物語的にも一章終了です。

次回からほんわかほのぼの。投稿時間は18時前後になります。


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― 新着の感想 ―
[一言] ほんとに擬人化したΣ(゜д゜lll)
[一言] 男爵が伯爵令嬢に暴力はないわ~。 でも、なんで身元がバレたんでしょう? ナギは何もしなくてもフリフリレースのエプロンつけるだけで癒しになりそうですけどね...。
[一言] ナギ苦労してきたんだなぁ… 最初からロベリアの所に居れば… それはそれでダメか(^_^;) やっぱり運命の出会いだったんだなぁー。 人型ならナギもロベリアのお手伝い出来るね!
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