外伝:困った時は衝撃波
俺には……。
俺には、どれほどの可能性がある?
可能性……。
資質か……。
俺は、まだまだだ。
そんな事は分かってる。
俺は、馬鹿じゃない。
だが……。
へへっ……。
だがな、俺には才能と資質がある。
少し、運は無いがな。
でも、何時かは。
「おいって! 聞いてるか?」
「ん? ああ、ごめん」
「たく! 相変わらず、お前は何考えてるか、分かんね~よな~」
「そう……かな……」
「そうだよ!」
ああ……。
鬱陶しい……。
酒は、静かに飲みたいのに。
まったく、粋ってのがこいつらは分かってない。
俺は、俺の所属するギルドに隣接された酒場で、馬鹿達と酒を飲んでいる。
筋肉馬鹿のデビッドと、へぼ魔道士のルカ。
なんで俺は、こんな才能がない奴とパーティーを組まないといけないんだ?
はぁ~……。
俺って、ついてない。
思えば、子供の頃から運がなかった。
教師が無能だったせいで、俺の資質が伸び悩んだんだ。
こんなに才能がある俺じゃなくて、無能なクラスメイトばかりが褒められていた。
クラスの中で、本当に優れた資質があったのは俺なのに……。
ギルドに入る時もそうだ。
あの時でも、Aクラスに近い実力があったのに……。
結果はCクラス……。
そのせいで、この雑魚二人としかパーティーを組めなくなった。
「なんだよ? まだ、落ち込んでるのか?」
違う。
「まあ、次はうまくいくよ。落ち込まないで、飲もうよ」
違うって!
お前に、俺の何が分かるんだ!
このヘボ魔道士が。
と……俺は、馬鹿じゃない。
本音なんて、口にするだけ意味がない。
「うん……」
何よりも、こいつらには俺の本音を聞くだけの権利すらない。
ふん……。
今に、見てろ。
その気にさえなれば、俺は……。
っと……。
酒を飲み過ぎたな。
「どうした? マルコ?」
「ああ、ちょっとトイレ」
「そうか。……でな! ルカ!」
「はいはい」
****
全く、ルカもデビッドの馬鹿な話に、よく付き合えるな……。
馬鹿同士気が合うのか?
俺には無理だ。
「あら? マルコ?」
「あ! あ……あの……やあ」
俺がトイレから出ると、そこには見知った女性がいた。
学生時代からの知り合いである、マルチナ。
今日も、可愛いな。
それに、相変わらずいい体をしている。
「あ~……マルコ?」
「なっ! 何?」
マルチナから声をかけてきた!
もしかして……。
俺の事を?
「私、トイレに行きたいの」
「うん」
おいおい。
やっぱり、マルチナも俺の事を?
「……どいてくれる」
「あ……ああ……ごめん」
俺は、通路の片側の壁に背中をつける。
背中を向けてすれ違うマルチナから……いい匂い……。
学校も同じ……ギルドも同じ……。
これって、運命だよな。
うん。
きっとそうだよ。
ギルドでついてない分、こっちの運はあるはずだ。
そうだよ!
勇気だ!
勇気を出すんだ!
「あの!」
「何?」
「俺……この間……なんだけど……」
「この間?」
「うん……この間」
「何?」
「一人で……その……トロル倒したんだぜ」
群れから逸れたトロルだったけど……。
ルカの魔法を受けて、デビッドが腕を切り落としてたが、とどめは俺だ。
嘘じゃない。
それに、あんなの一人でも勝てる。
どうだ?
凄いだろ?
「そう……おめでとう」
おお!
好感触!
これは、俺に惚れたか?
「あ……ああ! それで……」
「ねえ!」
「えっ?」
「私、トイレに行きたいんだけど?」
「あ……ああ……ごめん」
これから、なのに……。
マルチナは、空気を読めないんだな。
付き合ったら、俺がフォローしてやらないとな。
全く……。
顔だけじゃな……。
俺みたいに心が広くなきゃ、彼氏も出来ないぞ?
トイレに入るマルチナは、ボソリと呟いた。
「私は昨日、トロルを三匹倒したわ」
なっ!
最悪だ!
自慢かよ!
てか、なんだ?
その冷めた目は!
この……馬鹿女が!
「おっ! 帰って……どうした?」
五月蝿い!
筋肉馬鹿!
「顔が、真っ赤だよ? 大丈夫? マルコ?」
くそ!
あの女!
最悪だ!
くそっ!
「ごめん……酔ったみたい。先に帰っていい……かな?」
「お? おお! 気を付けてな」
「送ろうか?」
「あ……いい……」
****
俺は一人で店を出た。
気分の悪い!
くそっ!
最悪だ。
なんで、俺がこんな思いをしないといけないんだ!
あの……馬鹿女!
後悔しろ!
俺が……えと……。
そうだ!
俺が一人で、トロルの群れを倒して!
Aクラスに上がって!
それに……。
うん!
実は俺は勇者で!
伝説の剣で、化け物共を倒すんだ!
周りから褒め称えられて!
金も名誉も女も、思うがままで!
でも、頭のいい俺は謙虚に。
あくまで謙虚にふるまうんだ。
そうすれば、もっと尊敬されて……。
金は……。
まあ、少しは貰ってもいいよな。
うん!
俺には、その権利があるんだ。
そうなって、あの馬鹿女が告白してきてもふってやる!
へへっ……。
いや! 待てよ……。
もっと、こう……。
そうだ!
付き合って、遊んでから捨ててやるんだ!
うん!
それがあいつには相応しい!
その時の、あいつの顔が楽しみだ。
その時に、今日の事を悔やんでも遅いんだ。
お前は、俺のプライドを傷付けたんだ!
へへっ……。
滅茶苦茶にしてやる。
あ~……。
考えてたら……。
どうしよう。
夜の店にでも行くか?
俺は、財布を確認する。
雀の涙ほどしか金がない……。
う……くそ!
折角トロルを倒したのに!
賞金が安すぎるんだ!
世の中間違いだらけだ!
くそ!
****
俺は、仕方なく自分の部屋へ帰った。
なんとなく、癖でテレビをつけていた。
画面には……。
英雄に、第一子が誕生か……。
最強の英雄ねぇ……。
こいつ本当に強いのか?
変な光で、異世界にいるこいつは見た。
だが、どうも胡散臭い。
たまたま、運がよかっただけじゃないのか?
この顔は、きっとろくに苦労もしてないな。
ずる賢く、うまく立ち回ったんだ。
俺とは違う。
俺は、そんなずるは大嫌いだ。
あの場所は、俺の方がふさわしくないか?
どうせ、周りの奴らが馬鹿ばっかりだったんだな。
きっとそうだ。
そうに違いない。
俺が、こいつと試合でも出来ればなぁ……。
すぐにでも化けの皮を剥がしてやるのに……。
あ……。
俺が勇者になって……。
きっとこいつは、君には敵わないとか言って、俺に国を譲る……。
いや、それは無いか。
でも、認められて、国の重臣になるかもな。
あ……でも……。
俺に恐れをなして、試合から逃げるかも知れないな。
そうなったら……。
へへっ……。
実力で、試合会場に引きずり出してやる。
逃げれば、その瞬間こいつの人生は終わりだ。
へへへっ……。
今に見てろよ。
さて……。
シャワーを……。
その前に、筋トレするか?
そうすれば、俺は……。
ま……まあ!
焦らなくても、俺の才能があれば運さえまわって来れば、いいだけだ。
筋トレは明日からでも出来る。
何より、さっきまで馬鹿に付き合わされて、疲れたしな。
うん……。
今日は寝よう。
シャワーも……。
いいや。
面倒だし。
****
「調査か……」
「おう! なかなかの報酬だろ?」
「で? デビッド、詳細は?」
確かに、破格の値段だな。
これなら、飲んで……遊んでも、おつりがくる。
それどころか、ひと月は仕事をしないでもいいな。
「じゃあ! 行くぞ!」
「あ……うん」
只の調査だ。
今日中に金が手に入るな。
運が向いてきたか?
へへっ……。
俺たちは、馬で帝国領内の森に入る。
「おい……」
「う~ん……」
なんだ?
デビッドとルカが、馬を止めた。
「あの……どうしたの?」
「変だよね?」
「ああ……」
「あの……何が?」
なんだよ。
早く行って、終わらせないと、夜の店に行くのが遅くなるだろうが!
馬鹿が!
「モンスターが全くいね~な」
はぁ?
この……筋肉馬鹿が!
いいことじゃないか!
「少し、慎重に行こうか」
「ああ」
馬鹿二人が、やっと進みだした。
根性無しが!
****
それから、十五分ほどで目的の場所についた。
ほら見ろ!
何もないじゃないか!
はい! 終わり!
「どう思う? デビッド?」
「なんか気持ち悪いな……」
「そうだよね」
何言ってんだ? この馬鹿二人は?
たく……。
「なんだ!?」
二人が、いきなり身構えた。
なんだよ……。
うん?
バキバキと……。
木が折れるみたいな……音?
「逃げてぇぇぇぇぇぇぇ!」
えっ?
女の声が……。
森の奥から、人が飛び出してきた。
マルチナ!?
それに、もう一人いい女が……。
「馬鹿! 逃げなさい!」
はぁ?
なんだ? この馬鹿女は!
初対面の相手に!
礼儀も知らないのか?
馬鹿女は、馬鹿女としかパーティーを組めないのか?
これだから、馬鹿は嫌いなんだ。
あ……。
あいつも、遊んで捨ててやるかな。
へへへっ……。
あれ?
うちの馬鹿二人が、馬から降りて武器を?
はぁ?
わけが分からんのだが?
なんだ?
何すればいいんだ?
誰かはっきり言えよ!
馬鹿のくせに!
はっ?
俺の目の前には、何時のまにか……。
「マルコ! 避けろ!」
巨大で真っ黒な牙が……。
「う……うわあぁぁぁ!」
その牙は、俺の乗っていた馬の首を、食いちぎって行った。
なんだ!?
なんだこれ!?
真っ黒い巨大な昆虫!?
鋭い牙が見えている口からは、ドロドロの液体が零れ落ちている。
うぇ!
馬の顔がぐちゃぐちゃに……。
「マルコォォォォォォ!」
え?
「ちょ! うわ!」
乗っていた馬が倒れこみ……。
痛い! 痛い痛い!
ああああ!
足が!
足が、馬の胴体と地面に挟まれた!
痛い!
あああ!
「早く! 逃げて!」
俺に向かって来ていた昆虫に、馬鹿女二人が攻撃をしている。
痛い! 痛いよ!
あああ……。
俺の足が!
「マルコ! 今、助けるぞ!」
早くしろ! 筋肉馬鹿!
痛い!
俺の足が!
早く! 早くしろよ!
「ふん! 今だ!」
馬鹿が!
やっと、持ち上げた……。
ああ、くそ……。
痛い。
折れたんじゃないか?
くそ!
この馬鹿が遅いからだ!
くそ!
「歩ける? 逃げよう!」
はぁ?
痛くて歩けないんだよ!
このヘボ魔道士!
助けろよ!
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
え?
昆虫に吹っ飛ばされたマルチナが、ルカにぶつかった。
ルカは……。
気を失った!?
動かない。
「ぎゃん!」
くそ! 馬鹿女もダメか……。
どうにかしろよ!
俺は、足が痛くて動けないんだよ!
こ……こっちにくる!
最悪だ!
馬鹿達のせいで……。
なんで俺がこんな目に……。
「ぐおおおおぉぉ!」
筋肉馬鹿が、昆虫に斧を打ち込む。
駄目だ!
はじかれてる!
「立て! マルコ! このままじゃ、全滅だ!」
ふざけるなよ!
俺は、足を痛めたんだぞ!
どうにかしろよ! 馬鹿!
「ぐがぁぁ!」
斧と鎧を砕かれた筋肉馬鹿が、俺の前に転がってきた。
気を失った?
来る!
化け物がくる!
嫌だ!
「マルコ……もう、貴方しかいない……の。お願い」
マルチナ……。
マルチナが、息も絶え絶えに上半身だけをおこしている。
俺だけ?
俺……。
化け物が、ゆっくりと迫ってくる。
俺は……。
「うわああああ!」
嫌だ!
死にたくない!
「マル……コ……」
俺は、その場から走り出していた。
昆虫から逃げるために。
俺の判断は正しい。
俺さえ生き残ればいいんだ!
怖い!
逃げるんだ!
あの化け物から逃げるんだ!
「ぎゃあああ! 熱い! 熱い!」
背中が!
燃える!
あああああ!
転がりながら、目に飛び込んできたのは……。
気持ちの悪い液体を飛ばしてくる、化け物!
熱い!
背中が!
俺の背中が!
「ああああああ!」
燃える!
溶ける!
死ぬ!
嫌だ! 嫌だ!
****
「これは、またでかい虫じゃな」
「ははっ。固そうですねぇ」
「あ! ルナリスのみなさん。この方々の回復は任せていいですか?」
「はっ! お任せください!」
「さて……相手はAランクですね。賢者様。セシルさん」
「うむ」
「あの溶解液と、外皮が厄介ですよねぇ」
なんだ? こいつら?
痛みが……。
和らぐ……。
「じゃあ、囮は僕が受け持ちますよ。ライブさん」
「はい。気を付けてくださいね。セシルさん」
「わしが術式を組む間に、若造は……」
「はい! 陣を完成させます」
「では! 行くぞ! セシル! 若造!」
「「はい!」」
Aランクだろ!?
人間が三人で、勝てるわけがない!
馬鹿なのか? こいつら!
痛みが引いてきた……。
逃げ……。
なんだ……あれ。
「ふっ! はあああぁぁ!」
あんな化け物の牙を、剣で受け止めてる!?
嘘だろ……。
「おおおおおお!」
なんだ!?
地面に魔方陣を書いてるのか!? あいつ!?
残像!?
動きが……目で追えない。
「完成じゃ! 若造!」
「はい! こちらもOKです!」
「ぬおおお!」
魔法で作った光の球体を、爺さんが地面に叩きつけると……。
なんだよこれ……。
結界なのか?
魔方陣から飛び出した魔法の鎖が、化け物を縛り付けている。
「ぬううう! 魔力を地脈に逃がすぞ!」
「セシルさん! 私が動きを止めます!」
なんだ!?
化け物の首を、三重の真っ白い障壁が縛り付けた!?
「流石、ライブさん! じゃあ! 外皮の隙間から! はああぁぁぁ!」
光る剣を持った男が、化け物を切り刻んでいく……。
なんだ!?
こいつら……。
俺が眺めている中で、化け物は塵へと変わった。
「ふう……」
「賢者様も、セシルさんもお疲れ様でした」
「いや~……。Aランクは、楽をさせてくれないですねぇ。はははっ」
なんだ!? この三人!?
化け物か!?
「まあ、仕方あるまい。あの馬鹿は……」
「折角、子供が生まれたばかりですからね」
「マリーンさんもライブさんも、うれしそうですね~」
「うるさい! クソ勇者!」
「あら?」
「賢者様……お馬鹿さんの口癖うつってますよ?」
「うぬう!」
化け物と戦って……笑っている?
こいつら人間じゃない。
「紛れ込んだのは……。確か後、三匹ですかね?」
「あ! 先程リリスさんから、一匹撃破の連絡をもらってます」
「ふむ。では、後二匹か」
「ですね~」
****
怖い。
逃げないと……。
逃げ……ああ!
なんでだよ!
俺は、ついてない……。
最悪だ。
「おっと……」
「二匹同時か!」
「これは、ちょっときついですね」
目の前に、さっきの化け物が二匹……。
死にたくない……。
もう、嫌だ。
誰か、助けて……。
はっ?
えっ?!
目の前の化け物は、空が光った瞬間に塵にかわっていた。
うそ……。
なんだ!? これ!?
何が、おこったんだ?
もしかして……。
俺は、本当に勇者ですごい力が目覚めたのか!?
「三日月状の衝撃波……。ははっ!」
「全く、くそガキが余計な事を……」
「まあ、いいじゃないですか、賢者様」
それとも、勇者の俺を神が助けたのか!?
あ……ああ!
まさか、この三人に認められて……。
えっ?
あれ?
デビッド? ルカ?
なんで、怒ってるんだ?
はぁ?
訳が分からない!
俺は、頑張ったのに!
****
カキンと刃のつばが鳴る。
「終わりましたか? あなた?」
「ああ」
「衝撃波を電離層で、反射させて大陸横断か……。お前は、本当に心配性じゃな?」
「まあ、ジジィ達でも大丈夫だとは思うけどね~……」
「異世界から迷い込んだモンスターじゃからな」
「そういう事! さて……」
「ふふふっ……。お父さんは親バカですね~」
「だって! かわいいもの! 娘! 俺の娘! かわいいもの! 見てよこれ!」
「それより、名前は考えたのか?」
「ああ! 俺と梓の名前をとって……アイ!」
「いい名前ですね」
「ああっと! お前の名前も、ちゃんと考えてあるからな!」
「忙しいお父さんじゃ。アイのベビーベッドと、オリビアの腹に耳をあてる事の往復……音速をこえるな。馬鹿者!」
「だって! アイちゃん見たい! レオの音聞きたい!」
「あら? 私との名前でレオですか?」
「あ……言っちゃった……」
「ほれ! 落ち着かんか! 残像を残すな!」
「だって~! お前も、元気に生まれてくるんだぞぉぉ! いいかぁぁぁ!」
「そんなに何回も耳を押し当てても、急には変わりませんよ」
「あ~! 早く顔がみたいな~!」
「後、三か月じゃったか?」
「はい」
「ああ……アイちゃん……かわいいな~……」
「わし等の旦那は、子供を甘やかしそうじゃな」
「ふふふっ、そうですね。その分、私たちが叱らないと」
「全く……」
「早く出てこ~い! レオく~ん!」
****
ああ……。
くそ……。
なんだよ……。
「女を見捨てて逃げるのは、容認できん!」
「残念だよ……マルコ」
そんな目で……。
俺を見るなよ! 馬鹿どもが!
「灰色の髪? ライブさん……もしかして……」
「多分、信徒にも選ばれなかったんでしょうね」
「顔も……三十点かのぅ?」
「十五点!」
「二十点くらいかな~? それにしても、ライブさんは辛いですね」
「弟にも、よくそう言われました。しかし、これでよく分かりますね」
「そうじゃな。あの馬鹿は、あの馬鹿だからこそ、最強になったんじゃ」
「そう言えば、信徒はみんな同等の資質があるんでしたか?」
「その通りです、セシルさん」
「はははっ……。仲間に見捨てられちゃったね、彼」
くそ!
くそ……。
俺は頑張ったのに……。
何時もこうだ……。
俺は何も悪くない……。
ちくしょう……。




