九話
完全に、時の狭間が崩壊した。
「なん……だよ……これ……」
何もない真っ暗な世界……。
そこには、本来あるはずのものが何もなかった。
「魔力も時間の流れも……ない!? そんな馬鹿な……」
本当に何もない世界。
なんで!?
俺は、敵を倒したよ?
なんだこれは?
次元の狭間じゃないのか?
なんだよこれは!?
本当は……。
本当は頭のどこかで推測はついていた……。
でも、それを理解することを拒否している自分がいる。
「くそっ……くそっ……」
わかってたんだ。
こうなるんじゃないかと思ってたんだ。
師匠達があの戦いに敗れた事で……。
わかってたんだ。
もう手遅れじゃないかって……。
でもさ……。
でも、こんなのないよ……。
こんなの……。
「ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
何もない暗闇に、俺は全力で叫んだ……。
反響すらしない。
本当に何もなくなってしまったんだ。
世界は、悪意にそのすべてをのまれた。
悪意を倒しても、もう何も手に入らない。
どうすることもできない。
すべてが手遅れだったんだ。
ユミルの魔力を感じた時から、そうじゃないかとは思っていた。
あいつは、魂の故郷ごとすべてを飲み込みやがったんだ。
最悪のバッドエンド……。
これが俺に用意されていたエンディング。
すべてが無駄だったんだ。
そう……。
俺のすべてが……。
何のために……。
師匠や、アリスさんや……皆は何のために……。
ちくしょう。
なんだよこれ。
もう、どうすることも出来ないじゃんか。
これが……。
ああ……くそ。
****
「えっ? あ……あれは……」
俺の心が絶望という闇に飲み込まれる寸前で、視界に小さな光が……。
あれ……。
あれって……。
俺は、考えるよりも先にその光へと走り出していた。
何かを求めて……。
只縋る様に、走り出していた。
そこに何か……何かあれば……。
何もない暗黒に浮かんでいたのは、光を放つ透明な球体。
その中には、俺の知っている場所があった。
山や小川に囲まれたのどかな風景の中に、神社が建っている。
ルーがいた場所だ。
「あれは……」
俺は、吸い込まれるようにその球体の中へと入っていく。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
階段部分に座り、茶をすすりながらルーがこちらに声をかけてきた。
笑顔で……。
「あなたは、もう理解していますね? 見ての通り、あなたを欠いた戦いで世界は終焉を迎えました」
ルーはまるで、簡単なゲームでも終わらせたような雰囲気で、それを俺に告げ……。
茶をすする。
「見ての通り、ここに残る私の魔力以外はユミルにのまれてしまいましたので……」
わかってる。
「俺が、吸収しちまったんだな」
「はい」
ルーは、ただ笑って答える。
これが、最善だったのか?
こんな事しか、選べない状態だったのか?
俺だけが生き残る未来なんて……。
なんだよ? これ?
いや……。
なんだ?
この違和感は……。
何が、こんなに引っかかってる?
「ユミルは、なんで時の狭間に?」
「それは、私を吸収したかったからですよ」
ルーを?
「貴方の師が戦いに敗れ、魂の故郷ごと創造主様が吸収されました」
それは、わかってる。
「それでも、あれの欲求は満たされませんでした。だから、ほかの全てを飲み込もうとした」
「それで、あんたを飲み込もうとした……。でも……」
「私は事前に時空魔法でも、容易には干渉できない結界をこの場所に展開していたんです」
そういう事か……。
「あれが、私を吸収するためには……」
「時間を超える必要があったって事か……」
顕聖は、過去を監視しているといっていた。
ユミルが過去への干渉するためには、あの世界を壊すか吸収するしかなかったって事か……。
でも……。
それだと、顕聖はルーを守るために?
恩人っていってたけど……。
「あの世界がなくなれば、過去も未来も私もすべて穢れにのまれるはずでした」
でも……。
「まあ、見ての通りの過去しか残っていませんが」
ルーは、笑顔のまま飲み終わった湯呑を傍らにそっと置いた。
過去を守った?
でも、過去って未来があってはじめて意味があるんじゃないのか?
これじゃあ……。
ルーは自分の上着にあるポケットに片手を突っ込み、一度俯いた後、再度こちらに笑顔を向ける。
なんだ?
世界を守れなくて、内心落ち込んでるとかか?
でも……何かが違う。
さっきから、俺に気持ちの悪い違和感が付き纏う。
俺は、何かを見落としてるのか?
なんだ?
考えろ。
「では、今後について……あなたはどうしたいですか?」
「えっ?」
俺が?
「このまま何もせず消えていくか、私とともに新たな世界を創造する。……もしくは元通りの世界で、死ぬまで幸せに暮らす」
はっ!?
なんだ!? その選択肢は!?
「元通りって……」
「時の狭間である蓬莱は、時のルールを定めた創造主様が作った場所です」
もしかして!
「今この世界には、私しかいません。つまり、この世界を捨てさえすれば、元の時間流へと一度だけ戻る事ができるでしょう」
そんなの! 聞くまでもなく……。
いや。
待て。
俺は、選択肢を間違える。
この選択肢だけは、間違えちゃいけない。
何より、この違和感……。
大事な何かが、足りてない。
そんな奇跡みたいな事が……。
ん?
そうだよ!
「もとに戻るを選んだ時の代償は?」
くすくすと、ルーが笑う。
「あら? 気が付きましたか?」
こいつのこの態度……。
「心配しなくても、すべての代償は私が払います。あなたは、ただ元の時間へと帰り……幸せを手に入れれば済む話です」
そんな都合のいい……。
「ただ、三つほど仕事はしていただきます。もちろん、あなたなら容易に完遂できることですよ」
笑顔の奥に、少しだけ何かをめぐらせている……。
そんな返事だった。
何もなく、手に入るものなんてない……。
わかってるよ。
命懸けでも構わない。
しかし……。
「三つの仕事ってのは?」
「あの戦いに勝利して、創造主様をお救いする事です」
「過去で、もう一度ユミルを倒せと?」
「ええ。まず、死神達を殺し、ユミルを殺します。そして……」
そして?
「魂の故郷を守っている結界に、あなたの力で穴をあけてもらいます」
「結界を? 俺が?」
「今のあなたには、この三つは難しいことではありません」
「そうかもしれないが……。何故、結界を?」
「不正がないように、創造主様は神では通れない結界を張っています。ですから、それを少しだけ切り裂いてください」
人間なら、通れるのか?
確かに、魂の故郷に死ねば魂は還るが……。
「それは、答えになってないんじゃないか?」
「あら? 気が付きましたか? 答えは簡単です。疲弊されているであろう、創造主様に私が魔力をお送りする。ただ、それだけです」
ルーから、悪意は感じない。
でも、どうもしっくりこない。
納得が出来ない事だらけだ。
「その選択を……。何故、あんたが決めない? 何故、俺に託す?」
判断できないって、顔じゃない。
「あなたは、それだけの権利があるんですよ。もし、ないと言うのであれば私がそれを与えます」
なんだよそれ……。
俺は、どうすればいい?
わからない……。
「迷うのは当然かもしれませんが、あなたの思うままに」
俺の表情から、ルーは……あれ?
前は、心がよめた……よな?
おい? 読めないのか?
返事が……ないな。
あれ~?
「確か……」
「はい?」
「俺の心ってよめたんじゃあ……」
「読もうと思えば可能です。ですが、今は必要ないと考えています」
俺を信頼している?
それとも、俺が出す答えはわかってるって事か?
なら、心を読んでいないのも嘘って可能性が……。
う~ん……。
ダメだ。
思考の迷宮に迷い込みそうだ。
どうする?
どうすればいい?
「あなたは今まで頑張りました。何もしたくないというのであれば、この世界をともに終わらせましょう」
笑顔で、とんでもないこと言うな……。
「でも、もとの世界に戻って……幸せが欲しいんじゃ……ありませんか?」
幸せ……。
俺自身の幸せ?
「あなたは、ずっとそれが欲しかったんじゃないですか? その為に、頑張ったんじゃないですか?」
そうだけど、でも……。
「ここには私と貴方しかいません。見栄や偽善なんて、下手な嘘は必要ありませんよ?」
わかってるよ!
そんなこと今更いうつもりはない。
でも……。
「師や友……愛する人の人生を、すべて無駄にするんですか? 貴方自身の努力までも……」
挑発。
明らかに煽られている。
「貴方は、所詮愚かな人間だったのですか?」
なんだ?
俺は、何に気付く必要がある?
もしかして、ルーが敵で黒幕?
わかんね~……。
選択肢に隠された、本当の意味はなんだ!?
「考える事なんて、無いと思うのですがね……」
ミスっていい状況じゃないだろうが……。
「それとも……」
それとも?
「ここで、私と新しい世界を作りますか? 新世界の王として」
あれ?
「私は創造主様から、多くの力をいただいています。前よりは小規模ですが、ちゃんと新世界を作れますよ?」
ポケットに入れた手に力が入った?
腕の筋が浮かんでいる……。
何故、力を込めた?
これを選ばれると、まずいって事か?
いや……。
何かが違う。
俺の答えを無視すればいいだけだ。
俺の力を恐れて……。
それも違うな……。
新世界の王に自分がなりたいとか……。
創造主が邪魔で、ユミルに倒させて……。
いやいや、結局俺が倒すなら一緒だ。
もともと、最高神だったんだ。
不自由があるとは思えない。
それに、創造主に対する尊敬の言葉に嘘は感じない。
なんだ!?
どこに答えがある?
俺は、何か重要な事に……。
「どうしました? 世界は、あなたの手の中ですよ?」
また、煽って……。
ん?
煽って?
何故、そんなことを?
考えろ! 考えるんだ!
人を挑発する理由……。
相手を嫌いで、喧嘩をしたい?
焦らせて、間違いを誘発させたい?
自分をかまってほしい?
自分の存在を、相手に分かってほしい?
何故!?
あ……。
ちくしょう……。
俺は、最高の馬鹿野郎だ……。
くそ……。
「一つ質問があります」
「はい? なんでしょう?」
「幸せな未来とやらを選択したとして……。あなたが払う代償は?」
「それは……」
「出来れば……真実を。ここには、二人しかいないんですから」
そう、ここには二人だけ。
少しだけ俯いた後、彼女は先ほどまでとは違いたどたどしく説明してくれた。
「過去への大規模な介入は……私の全ての魔力が必要でしょう……」
自分の全てをかけて、俺の過去へと送ると?
「あ! もちろん、私は神ですから過去と未来は同じ存在です」
言いたい事って、たぶん……。
「今のこのあなたが消えても、同じ記憶を持った過去の自分がいれば問題ないと?」
「そっ! そうです。ただ、この未来をなかったことにするだけです」
ふ~……。
「で?」
「え?」
「前に言いませんでしたか? 俺に、嘘は通じませんよ?」
「……」
「まだ決定的なものが足りない。これじゃあ、点が線にならない……」
彼女のポケットから、少しだけ見えている物……。
俺は、それを知っている。
「レイ……」
忘れるもんか……。
だって、あの時俺が買って彼女に渡した物なのだから……。
「俺を信じて、真実をください」
彼女が必死に握りしてていたものは……。
「梓さん」
彼女の可愛い耳を隠すために、俺が買った帽子。
すでに、彼女の顔はゆがんでいた。
「あ……あああ!」
梓さんは、言葉にならない声をあげ抱きついてきた。
ああ……。
梓さんだ。
必死に我慢してくれたんですよね?
俺のために……。
俺は、馬鹿だからここまで来ないと気付けなかった。
本当に馬鹿だよ……。
俺は……。
「お前は! お前は! ああ……お……まえは……」
俺は、謝罪を口にする。
なぜかって?
「遅くなって、ごめんなさい」
許してほしいからさ。
この愛する神様に……。
「わしは覚悟を決めておった! なのに……お前というやつは……」
女を泣かす奴は殺すって言ってる自分が、なかせちゃ洒落にならないじゃん。
気付いてほしい……。
でも、気付かせちゃいけないですか?
「梓さんは、相変わらず意地っ張りだ」
わざわざ姿と口調も変えてくれてたんですよね?
顔も耳も尻尾も……。
俺の知っている梓さんになっていた。
何もない世界に流れ着いた存在……。
それは、未来から流れ着いた梓さんの破片だったんだ。
俺達は相手を傷つけないように、相手を強く抱きしめる。
どれぐらいそうしていただろう……。
時間を止まれ?
もう、時間もない世界だから意味がないよね。
「梓さん……」
「……」
「教えてくれますか? すべてを」
「あまり……気分のいいものではないぞ?」
「どんと来い……ですよ」
俺は、ただ笑って要求したんだ。
少しの間目を閉じていた梓さんが目を開くと、俺に情報が流れ込んでくる。
……。
なんてこった……。
これが、真実って奴か……。
くそったれ。
「梓さん……俺は……」
「レイ?」
悪意……。
悪意は、この世界ができると同時に存在した。
理由は簡単。
この世界は、悪意に浸食された梓さんをもとに作られた世界だから。
心身ともに深く傷ついた梓さんを、創造主は自分の半身を使っていやした。
それと同時に、眠りから覚めない梓さんの記憶から最初の世界ってやつを作る。
同時に、時間や魔力なんかの法則もこの時にできたものらしい。
「生まれてから、ずっと選択肢を間違えてきました……」
最初の世界。
師匠がいた……終わりとなった世界。
俺が、遮那と出会ったあの世界だ。
眠っていても、力を分け与えられた梓さんには神様の情報が伝わっていたのか……。
過去でみた風景に、足りていなかったもの……。
神様の気持ちだ。
神は全知全能なんて言ったのは、誰だよ。
人間が大事と、思ってくれていたんだな……。
必死に、世界と人間を守ろうとしてくれていた。
馬鹿だけどやさしい神様か……。
ケツ……蹴り上げるとまずそうだ。
最初の世界で、人類が生き残るために賢者が作ったもの。
それが、世界の位相をずらす装置。
魔法科学を使って、人間より魔力の強い生物を異世界へと分離してしまった。
頭のいい奴は、どこにでもいるもんだな……。
異空間にある、全く同じ星。
一つは、怪物がうごめく魔界という言葉が似合いそうな星。
もう一つが、師匠を生んだ人間の星。
位相がずれているだけの全く同じ星……。
そこで初めて、俺がいた多重世界が出来上がった。
その装置をヒントをもらって、世界を作ったのかよ……神様……。
かわいい自分の子供……人間が思う通り生きる世界。
世界ってのは、弱い俺たちの為に用意されたゆりかごだったのか。
過保護だね~……。
さらに、俺なみに残念なお頭の神様は、悪意に翻弄される人間を不憫に思い悪意を自身の力を使って浄化する。
でも、これじゃあ……。
やさしすぎるよ、神様。
すでに生まれ生きている人間を、消すことのできない神様が選んだ浄化方法。
それこそが、魂の故郷。
死んだ生き物の命を集め、悪意を浄化して新たな命に変える。
でも、それは悪意を内包した命になる。
悪循環じゃんか……。
梓さんが目覚め、神様を止めた。
その結果は、神様にも、時空の力をもった梓さんにもわかっていたから。
やがて浄化できない悪意が、神様を飲み込み……。
今俺がいる世界になる。
あの時、ユミルが行動を起こした理由。
それは、神様の浄化能力が限界だったから……。
だから、神を飲み込めると確信をもって行動をおこしたんだ。
ユミルを倒しても、神様を浸食しつくした悪意が魂の故郷から出てくることは変わりなかったんだ。
ユミルがいるとそれが少しだけ早まるだけ……。
未来は、真っ暗闇……。
それが分かっていても……。
やさしくて馬鹿な神様は、人間のために自身に結界を張り、梓さんを遠ざけて浄化を続けた。
これが、この世界の本当に知らなければいけないことか。
この状況で、梓さんが俺に幸せな未来?
ああ……。
大体の見当はついたよ……。
「もう、俺は間違えない」
「選択肢?」
全部分かった上で……。
流されるんじゃなく、選び出すんだ。
俺の納得がいく答えを!
「悪意の浄化……」
「レイ?」
そんな不安そうな顔をしないで下さいよ。
俺は、俺の意思で選択しますから。
大丈夫だから。
「俺が、悪意の浄化をするってことで!」
なんだ……。
わかってたんですね?
彼女の顔が、すべてを物語っている。
俺が、この答えを出すって。
だから、正体を隠してあんな選択を迫った。
今の梓さんは、すべてを使い過去へと俺を戻す。
過去の梓さんは、ユミルを倒し神様の結界に穴をあけたところで、神様にその力を返還する。
そうすれば、力を増した神様のおかげで世界は延命する。
でも、それは所詮時間稼ぎ。
再び浄化能力が限界に来るまでの……。
確かに俺が死ぬまでは、滅びないだろうけどね……。
梓さんを犠牲にして……。
俺にその選択肢はないですよ。
あれ?
「過去の梓さんは、この選択を?」
「わしには、過去も未来も関係なく記憶を共有する力があるといったであろう?」
チートでしたね。
ん?
「なんですか?」
「お前が……お前さえ望めば! 元の世界で幸せに!」
はははっ……。
うける。
「忘れてやしませんか? 意地っ張りの神様?」
貴女は誰よりも知ってるんじゃないですか?
「俺は、どこまで行っても俺なんだよ」
「レイ……」
どちらからともなく、俺は……俺たちは唇を重ねた。
俺は、この人が大好きだ。
うん!
この気持ちに偽りは、みじんもない。
同じだけ、オリビアが好きなのは……。
勘弁してもらおう。
それも含めて俺なんだから……。
「レイ……わしならかまわないんだぞ?」
まだ言うか!
この……かわいい人! ちくしょう!
「だって、ざまぁぁ! って……感じじゃないですか。悪意から生まれた俺が、奴らを滅ぼすって」
全ては、つながった一つの出来事。
これが因果って事なのか?
師匠の世界で、破壊神や賢者にとりつき滅ぼしたのは悪意。
その結果、正しい心を持った最強の破壊神が誕生した。
自分たちが使うために、強い生物を作る世界。
生態系まで狂わせたその世界で、悪意により暴走する神様気取りのポンコツに生み出されたのが俺。
悪意から生まれた力。
それが、奴らを滅ぼすなんて……因果応報だな。
「レイ! わしは、お前の為ならば……」
「もう十分ですよ」
「レイ……」
「悪運……そういってきましたが、足掻いてもどうにもならない時が何度もあった。魂が尽きるほどのことが……」
その沈黙は……。
返答と同じです。
「次元の狭間で、暖かな光に何度か包まれました。ありがとうございました」
俺がいなければ、この未来はなかった。
でも、あの暖かさが今ならわかるんですよ。
あ……。
「あ! ダメじゃ……」
たぶん、梓さんがせき止めていたであろう情報が流れ込んでくる。
気が緩みましたか?
運命への介入は、容易にできることではない。
特に俺のいた世界は、馬鹿の偽神がいたせいで……。
それでも、俺がジジィと会った時には父さんの思念体と魂を具現化したり……。
俺の大事な人の魂を保護し……。
狭間を漂う俺に、魂の力を補給してくれた。
ちょっと照れるな……。
意識のない俺を、やさしく抱きしめてくれている。
本当に愛おしそうに。
世界を旅したのは、全部この人のおかげだったんだ。
狭間で生き続けることのできない俺に、一時的な避難所を用意してくれていた。
俺は、顕聖のように世界からはじき出されたのではなく、自分が切り裂いて出現した次元の狭間に飲み込まれた。
元の世界ならば、ずっと居ることが出来たんだ。
情けない俺は、そんなことも知らなかった。
せっかく梓さんが、元の世界に近づくように誘導してくれたのに……。
悪意を倒そうと、離れていっていたようだ。
俺って、馬鹿……。
だから……。
「もう、大丈夫です」
「今……今以上に辛いこともあるんだぞ?」
ほほ~う。
「だから?」
どんな顔をしても、結果は同じです。
ちょっとだけ……。
ちょっとだけなら、恰好をつけてもいいよね?
許してくれるよね?
「俺は、逃げない! 何があっても……梓! お前を守って見せる! 絶対にだ!」
これくらいは、見逃してよね……神様。
「何をするかは……もう、わかっておるんじゃな?」
「全部じゃないですけどね。最後にどうすればいいか、までは」
それが、どんな結果になるかも。
「大好きじゃ……レイ……」
「俺もです」
最後の抱擁。
俺には十分すぎる。
俺の胸で、必死に涙をこらえるこの人が愛おしい。
俺には、十分すぎるんだ。
後悔なんてしない。
してたまるかよ、くそったれ。
「さて……」
そのまま動けなくなりそうな俺は、彼女の両肩をつかみ距離をとる。
「行くのか?」
「はい」
この世界の梓さんが消えても、彼女には些末なことらしい……。
今のこの場にいる梓さんも、過去にいる梓さんも同じもの。
わかってるけど……。
でも、少しだけ胸がズキンと痛みが……。
だからって、もう迷ってる場合じゃない。
俺には、やらないといけないことがあるんだから……。
さあ! 進むんだ!
「いってらっしゃい……レイ」
一度微笑んだ梓さんは、周りの世界とともに光に代わった。
光の扉……か。
俺は、それに向かって走り出す。
俺がやらなきゃいけないことは、三つ。
一つ目をさっさと片付けよう。
大仕事が待ってるんだ。
光のトンネルを、俺はただ走る。
目的は、殺すこと。
俺ができるのはそれだけだから。
だから、俺が行くんだ。




