二話
「やはり、凄まじいな。大気が震えている」
ん?
「何が?」
「自分で、自分の魔力を認識していないのか?」
そう言えば……。
魔力は無くなってないから、主神クラスなのか?
そう言えば、自分の魔力量ってよく分かんないな。
「世界の意思と、同等ぐらいなのかな?」
「それの数倍はあるだろうな」
えっ!?
そんなに!?
両手のなかに浮かぶ金属を、体の中へ戻す。
そして……。
「ふっ!」
灰色のオーラを、体の周辺へ定着させる。
う~ん。
分からん。
前より多い様な気もするけど、どれくらいか分からん。
俺の魔力は、ジジィが測定して教えてくれてたからな……。
「お前の魔力は、神のコアとは違う。その違いは分かるか?」
「いや……神のコアは、思念体からの知識で分かったけど、俺自身の力は特殊で分からなかったんだ」
俺の魂は、属性を持った異質な物。
敵の魔力を吸収できる。
この二つ以外は、俺しかない力らしいから、神様の知識でも完全には分からなかった。
あっ……。
そうだよ。
「知っているなら、教えてほしんですが……」
「では、食事をとりながら話すとしよう」
「あっ、お願いします」
「では、母屋に行こう」
****
顕聖の後について行くと、俺が寝ていた小屋の奥に少しだけ大きなレンガ造りの家がたっていた。
中に入ると、魔法の光で照らされた質素な内装が見える。
部屋の中央にある真っ赤なテーブルの椅子に、顕聖がすわる。
「さあ、そこに座りなさい」
「はぁ……」
俺が椅子に座ると同時に、奥の部屋から香桃が料理を運んでくる。
う~ん……。
あれ?
コアはない……。
無いけど……。
「気が付いたか」
「香桃って、人間ですか?」
「桃の木の精だ。人とは違う」
木の精?
そんなのがいるの!?
「植物にも思念があってな。それが、この世界の魔力により具現化したのだ。実体を持った思念体と言った所だな」
ああ……。
この世界限定なのか。
「さあ、冷めないうちに食べよう」
本当に、俺の事を見ていたようだ。
俺の前には、常人の何倍もの料理がならんでいた。
「これくらいは、必要だと思ってな」
「ありがとうございます。助かります」
食事を食べ始めた俺は……。
香桃に、視線を移す。
彼女はただ微笑みかけてくれる。
可愛いな……。
じゃなくて!
「ああ。香桃は、食事をとらないし喋る事も出来ないのだ」
なんだか、申し訳ないな。
うん、美味い。
美味いけど……。
こんなに静かだと、なんか味気ないな……。
はぁ~……。
情けない。
へこんでも、なんにもならないのに。
あいつ等に笑われちまう。
はぁ~。
やってらんね~……。
自分の弱さも、ちゃんと認めて糧にしないとな。
負けっぱなしだけど、勝つまで戦いたい。
今日を生き延びたなら……。
明日死んでも勝つ。
それが、俺の生き方だ。
いや、死にかたかな?
まあ、どっちでもいいや。
「さて、お前の魂についてだが……」
「はい」
「コアと魂の大きな違いは、属性の限定による最大容量にある」
メーヴェルさんも、そんな事言ってたな。
「そして、補充回復が可能な点も、神と人の大きな違いだ」
人間の自然回復って、身体自体が空気中から吸収する微量な魔力と、随時一定量が流れ出す魂からの魔力なんだよな……。
神の補充とは、根本的に違うんだよな。
「でも、俺と戦った仲間の神は、魔力の容量を増やしてましたよ?」
「それは、限界までコアを使いこなせていなかっただけだ。本当の限界容量は、コアを持つものである限り超える事は出来ない」
そう言う事か……。
「例として挙げるなら、世界一つ分の魔力……主神と呼ばれるもののコアの限界は、おおよそその五倍」
あ……。
悪意が限界を迎えててことに、関係してるのか?
「まあ、それだけの魔力をコントロールする、意思の力を持ち合わせる神は、ほぼ存在しないがな」
もしかして、神様の修行って……。
意思力を高めて、魔力をコントロールする事だったのかな?
「わしの知る限りそこまでの意思力は、お前の師と双子女神。そして、死神達の長だけが持ち合わせている」
そういえば……。
死神達って、来なかったな。
静観してたのか?
それとも……。
「さて、ここからがお前の話だ」
おっと……。
「お前は、師を超えた意思力を持っている。そして、唯一の補充が可能な魂を持っている事は、分かっているな?」
「それは……」
「ここで、一番重要なのは魂に容量の限界が無いと言う事だ」
「えっ? でも、俺の魂は属性が……」
「神は属性を限定し容量の限界を設ける事で、大きな魔力を手にしている。それは、修行や長い時間をかけたわけではない。この意味が分かるな?」
あ……。
俺の魂は、時間をかけて……。
「変質した」
「そう、そこが重要なのだ。属性を限定するような、制限を強制的に設けたわけではなく、普通の魂が変質する事で属性が付加されたのだ。マイナスではなく、プラス。そのおかげで、融合と言う属性をさらに負荷出来たと言う事だな」
属性が限定されてるわけじゃなく、今使える属性が二つってだけか……。
「じゃあ……」
「お前の魔力は、意思力で制御可能な限り高まっていく。触れただけで、人間が死に至るほどの魔力を蓄えられるのだ」
えっ!?
ちょっと待って。
確かに、世界の意思から漏れ出す魔力で、俺も気絶したけど……。
「俺って、魔力出したまま人間に近づくと、相手を殺すって事?」
「いや、お前の魔力がお前の意思のもとで制御されている間は、お前が望まぬ限り他人に危害は及ぼさないだろう」
ふぅ~……。
もう、人と関わる事はないかもしれないけど……。
万が一があるからね。
そんなので死なれたら、洒落にならない。
「で? 一度仮眠をとるかね?」
え?
確かに、真っ暗だけど……。
「出来れば、すぐに力が欲しい」
俺は、自分の焦燥をそのまま口にした。
怪我で四時間は眠れたんだ。
俺は、それで一週間は戦える。
「そうか、ではすぐに始めよう。時間に余裕があるわけではないからな」
顕聖が、パチンと指を鳴らすと……。
明るくなった!?
えっ!?
これが、時空の魔法!?
時間を巻き戻したとか!?
「時間を……」
「いやいや、これは周りを昼間と同じ明るさに変えただけだ」
えっ?
「わしも人間なのでな。体内の時計を狂わせない様に、この世界を半日で暗くなるようにしているだけなのだ」
あ~……。
この世界って、顕聖の思うがままなのね。
びびった~……。
****
俺達は、家から外に出る。
「では、力量を見せてもらおう」
「分かった」
「今から、術で相手を用意する。もちろん、生きていない」
「それは、殺すつもりで良いってことですよね?」
「その通りだ。だが、少しは骨のある相手を用意しよう」
顕聖が長方形の紙を懐から取り出し、地面に投げる。
「制限として、魔力は使わない事だ。わしでは、お前の魔力を再現できない」
紙の貼りついた地面から、真っ黒い人型ムクリと立ち上がってきた。
「了解。魔力を使わなければいいんだな?」
「その通り」
この人型って……。
もしかして……。
「これは、お前と同じ力量を持った影だ」
やっぱりね。
あの髪型は俺だよな。
手強い相手ねぇ……。
「では、始め!」
顕聖の声で、影が身構え……様とする。
遅いんだよ。
ふん!
真っすぐ飛び掛かった俺は、全力で影を殴りつける。
両腕でガードされた。
想定範囲内だ。
「なっ……」
俺の行動に、顕聖は驚いていおるのかな?
魔力を使わない、人間レベルの戦いならはっきりと見えるだろうしな……。
俺に殴られた勢いで、影は背中から地面を後方へ滑っている。
俺は、その距離を詰め腹に跳び乗ると、右ひざを頭に目掛けて放った。
影は、後ろや横に回避するわけではなく、顔面を真っすぐ俺の膝に向けて進める。
そうだ。
俺ならそうする。
危険なのは分かっているが、相手の予測を超えることで死角に入り、反撃をするのが俺の戦い方。
俺の膝を避けられれば、急所である頭が、俺の攻撃範囲外に移動し尚且つ反撃も可能だろう。
でも……。
想定内なんだよ。
俺は、影の髪を掴み無理矢理膝をぶつけた。
そして、最初に殴りつけた力と、倒れ込む力を利用し影の頭を地面と膝で挟み込んだ。
影の頭部はぐしゃりとつぶれ、元の紙へと戻った。
さて……。
「これ程とはな……」
自分より強い相手と戦ってきたんだ。
手の内が分かる同じ力量の相手になんて、負けるわけがない。
まあ、影の体術もきちんと次元流の動きだったけどね。
「同等の敵であればと考えたが、お前を甘く見てしまったようだな。許せ」
「いや」
「しかし、あまりにも手際が良過ぎる様に感じたが?」
それはね~……。
「自分の弱点くらい認識してないと、勝てない相手が多かった……からかな?」
なんだ?
「確かにそうだろうがな……」
まあ、隠すほどの事でもないよな。
「イメージトレーニングで戦い続けたのが、自分自身と……」
「と?」
「俺の師匠なんだ」
「なるほどな。で?」
「ん?」
「ふふふっ、わしに隠し事は通じんよ」
人間って言ったのに神様みたいだな、この爺さん。
「以前不完全だったけど、俺の力をコピーした奴がいる。それから……師匠は、死神だと思ってたからな」
「なるほどな。師を超える事を常に意識したか」
いまだに、超えて無いとは思うけどね。
万が一、ラスボスが師匠とか洒落にならないからね。
「最後に聞かせてくれないか?」
「何を?」
「最後の決め手になった、髪を掴む動作だがそれを防がれた場合は、どうする?」
「直接絞め技で、首を絞めにかかる。もし、それが防がれても腕をきめる」
それが駄目でも、足をとりにいく。
「既に、何手も先を想定済みか」
次元流は、変幻自在じゃないといけないらしいから、それくらいは考えないと勝てないんだよ。
師匠が相手なら、力技でごり押ししても勝てる気がしないし……。
ちょっとは考えたりもするんだよ。
「すでに、人間として鍛えるべき所はわしでは見出す事が出来ないな」
えっ?
いや……。
力をくれるって言って無かった?
教える事が無いとかって……。
暴れるぞ?
こら?
「あまり時間も無い。わしから託せる力を受けとって貰おう」
顕聖が、掌を空に向けると光球が出現した。
なんだ? あれ?
魔力は感じるけど、なんなのかよく分からない。
力……。
顕聖を信じて……。
いや、信じるしかない。
殺すつもりなら、俺が力を取り戻す前に出来たはず。
万が一、俺を気に入らない事で利用……。
ここまで来て、ごちゃごちゃ考えても仕方ないな。
今は、出来る事をするだけだ。
「まず、この球体はわしの時空についての知識と、魔力がこめてある」
時空魔法……。
それがあれば、俺は戦えるのか。
少なくても、ユミルの時みたいな事は無くなるか。
ん?
あれ?
「時空の魔法とは、使おうと思って使えるものではない。念話は使えるな?」
えっ?
おっと……。
「ああ、使えます」
顕聖の顔色が……。
気のせいか?
「この光球を渡すと同時に、時空の渦にお前は巻き込まれる。その間のアドバイスを、わしが行う。いいか?」
じゃあ……。
(これでいいですか?)
(うむ。では、これを)
俺は、差し出された光の球を受け取る。
その光が、小さく分裂し俺の体の中へと取り込まれた。
これは……。
****
うおおお!?
視界が、真っ暗になり何も見えない。
これは!?
体が……。
あの時と同じ感覚!?
(その通りだ)
体が動かない……。
(流れに逆らうな。時空の流れに逆らえばどうなるかは、お前が一番知っておるだろう?)
やっぱりそうか。
ユミルに吹っ飛ばされた時と、同じ感覚。
何処までも落ちて行くような……。
(落ちてはおらん。感覚をしっかり保つのだ)
落ちて無い?
(お前は、誰よりもこの感覚を知っているはずだ)
俺が?
(思い出せ。そして……)
そして?
(感じるのだ。お前の全てを使って)
俺の全て?
思い出す?
何を?
俺は……。
何を知ってるんだ?
俺は……。
俺に出来る事?
足掻く事か?
でも、体は動かせ……。
いや。
流れに逆らうなと教えられただけだ。
流れ……。
何を感じればいい?
何を思い出せばいい?
【落ちついて下さい】
えっ?
あ……。
そうだ。
落ちついて考えるんだ。
俺が覚えている一番近い感覚は、ユミルの時空魔法。
あの時の俺は……。
冷静だったのか?
怒りと焦燥で、絶望に潰されかけていた?
そうだ。
焦るな。
考えるんだ。
このどうしようもない状態は……。
何処かで感じた事がある?
この世を構築しているのは、おおよそ……。
物理的か魔力的な物……。
そして、心。
そうか!
時空魔法だから、軸になっているのは魔法なんだ。
魔力の流れを感じ取るんだ。
師匠に見せて貰った世界を、イメージに変えるんだ。
魔力……。
全ての感覚を、感じとる事に向けた。
そして、歯車が回り出す。
視界は、徐々に尾をひいた無数の光をうつしだす。
それは、もともとそうあったもので、今更感じとる様な物ではない。
そうだ。
世界は魔力で満ちている。
原子も分子も、元をたどれば魔力にいきつく。
しかし、魔力だけではなんの作用も持たない。
仲間に補充したり、回復するにも魔力を物理的なエネルギーに変換していたんだ。
魔力は心……指示する力で初めて物質へと変換される。
そして、精神力は物質から発生する。
三つは、別の物であると同時に同じもの。
その三つは、単体でも存在できるが、三つそろわないと意味の無いもの。
意味を持ったそれは、生命そのもの。
俺の故郷は一つの生命体だった。
それも、それ単体では生きられないひ弱な集合生命体。
無数の兄妹と寄り添うように生きている。
まるで、生物の細胞みたいだ。
世界の心臓であり、脳は魂の故郷。
その核は創造主と言う存在。
この世界は、創造主の体なのか?
でも、何かが違うように思える。
まるで、創造主すら世界の一部みたいだ。
何か、大きな何かが分かりそうで分からない。
(第一段階は、合格だ。さあ、思い出せ)
思いだせ?
何を?
考えろ。
思い出す。
え?
ああ。
なんて事は無い。
人間は、今俺が見ている光景と同じで、そこにそうある事の理由を考える事を忘れてしまう。
気が付いた俺の視界は、さらに魔力を光としてうつし出す。
世界は、光で満ちている。
俺は、時空の渦に落ちる感覚を知っている。
少し違うが、この抗う事の出来ない感覚は、幾度も感じていた。
世界を移動する時の感じに、似ているんだ。
俺が、故郷を飛び出した理由も今なら分かる。
世界の……。
運命の影響を受けない異物。
今まで自分でも気が付いていたはずだった。
でも、それは分かっているつもりになっていただけなんだ。
運命から外れるって事は、こういう事か。
ありのままを受け入れ、理解すればよかっただけなんだ。
やっぱり、馬鹿だったんだな。
(よくぞ気が付いた。時空魔法とは、時間と空間……つまり、時間を含めた世界そのものへ干渉する魔法だ)
師匠達じゃなくて、俺が狙われたのはそのせいか。
(神々は多かれ少なかれ、この力を持っておる。抵抗も出来るのだ)
そう言えば、師匠達は別の世界への干渉にいろいろと手順を踏んでたな。
あれ?
なんだ?
何かが引っかかる。
俺は、何を見落としている?
(そうだ。それでいい)
『思い込みは、真実を隠してしまうものじゃ』
たく……。
いなくなってまで、お節介な奴らだ。
若造とジジィの声。
それは、俺の頭が作り出したものだとは理解している。
でも、やっぱり……。
俺の口角は自然にすこし上に向かう。
さあ!
感じとり、理解して、応用する。
俺は、頭が悪いから考えずに実行しちまうが……。
よく二人に諭されたよな。
念話なんて、本来普通の人間は使えない。
魔法を理解して、相手に魔力を同調させて、意思を伝える。
俺の魂についてる属性と相性がいいから、すぐに使えたんだ。
もしかしたら、ジジィは気が付いていたかも知れないな。
あいつ……。
大事な事でも、秘密にしやがったからな。
理解が進んだ事で、俺の視界にうつっていた光が大きな流れになり、渦を巻く。
鍵は時間。
世界は、魂の故郷を中心に魔力を循環させている。
世界一つ一つに意思がある。
その中で、人間を含めた動植物が生きる。
これが、この世界。
あるがままを受け入れるんだ。
理解しろ。
でも、全てを理解したなんて思うな。
奢りも思い込みも、真実を隠してしまう。
でも……。
少しだけ。
世界を飛び越えた俺が、理解できる事がある。
俺だから知っている事がある。
時間は過去から未来へ流れている。
そして、運命が生まれる。
それが、全て。
でも、時間ってなんだ?
時間が無ければ、何も変わらない。
世界の全てが不変だ。
若造……いや、あの偽神は何故時間へ干渉する魔法を知っていた?
奴は、運命へ干渉する力を元々持っていたからだ。
未来を知り、書き換え、時間へ干渉する。
それが時空魔法。
(うん。見事……と言う事すら、お前にのたいして称賛は不足するほどだ)
これが……。
もしかして、これが時間の流れ?
俺は、ひときわ大きな魔力の流れを指差した。
俺が動けなかったのは、魔力の表層部分しか分かっていなかったから。
世界は、同じ場所だったとしても、幾重にも魔力の流れが重なっている。
今なら、流れに逆らう事無く動ける。
顕聖。
あの、青いのがそうか?
(青はお前のイメージだな。だが、それで間違いない)
顕聖には青く見えていないのか?
あれ?
俺の体が……。
(それが運命から外れた者の証だ)
魔力の流れのいくつかが、俺の体を素通りしている。
ああ! そうか!
(そうだ。お前自身や、オリハルコンは運命の影響を受けない)
だから、俺は生きているんだ。
でも、運命の輪の中にいたジジィ達は、もろにくらった。
(もちろん、お前自身も全く影響を受けないと言うわけではないがな)
じゃあ、世界を放浪してたのって……。
(逆に留まれたのは、お前の中にいた二人のお陰だろうな)
あ~……。
中途半端な俺らしい。
そこにいるのに、いない存在か。
(さあ、理解したならば応用だ)
ああ。
う……お!?
俺の中へ、顕聖の知識が流れ込んでくる。
お~……。
なんとも……。
やっぱ、俺って馬鹿だ。
(そう、悲観するな。理解無く、感性のみで応用すると言う事は、お前自身の才能だ)
でも……。
(確かに成長の妨げになる事もあるだろうが、戦場で感覚を磨けばこその力もある)
あ~あ。
俺は、なんて不器用なんだ。
もう少しだけ器用なら、マシな人生だったかも知れないのに。
(それを含めて、お前という事だ)
なら、愚痴るのも俺だけどね。
顕聖が時空の力を手に入れたのは、俺とは全く逆の手順だ。
多分、そっちが正解なんだろう。
人間として生まれた顕聖は、修行を積んだ。
心技体全てを鍛え、自身が不老不死へと向かおうとした。
それは決して間違えていない。
その手順で、神になった奴も少ないくないと思う。
世界の意思にさえ認められてしまえば、神になれるんだから。
しかし……。
顕聖は頭が良過ぎたんだ。
俺は、馬鹿だったせいだけど……。
今俺が見ている、世界の法則に人間で気が付いてしまった。
何者かによって、定められた時間と運命に。
何時しか目的が、顕聖の目的は己を神にする事ではなく、世界を全て理解することへと変わっていった。
人間の好奇心。
知的欲求は、罪なのだろうか?
欲が無ければ、人は生きられない。
でも、きっと過ぎた欲は罪になりえるんだろう。
顕聖は、鍛えた魔力で運命と時間を操作する。
小さな物から始まり、最終的には己自身に試してしまった。
その罪の代償は、世界からはじき出され、二度と干渉できない存在になる事。
(次元の狭間で、人間は三日ともたずに死ぬだろう。普通であれば)
えっ?
俺、結構生きてましたよ?
(お前は、特別だ)
また、それかよ。
(そこで、あの方に助けられたのだ。世界の半分を担う、真の神……)
ルーか。
しかし……。
この記憶だと……。
人間が変わってないか?
元の世界にいた顕聖は、ちょっと自信過剰で野望に燃えていると言う印象を受ける人間だった。
でも、ルーに助けられ回復すると、なにか毒気を抜かれたような。
(自分の行いを反省し改める事は、切っ掛けさえあれば何時でも可能と言う事だ)
狭間で地獄見て、改心したのか……。
そう言えば……。
俺って。
地獄を見まくったけど、なんもかわらなかったな。
(お前とわしとでは、何もかもが違っている)
馬鹿は死んでも治らない……ですか?
(いいや。確かに、動機や下心に少し考えるところはあるが……)
何でみんな同じ事言うのかな?
(お前は常に、人を助ける選択をしてきた。最初は、自身が優しくされたいと言う事だっただろう。だが……)
だが?
他に、何の駄目だし?
(選択を迫られた時、何の迷いも無く己を犠牲にする事を選んだ。これほど素晴らしい事は、無いと言っても良い。もう少し、胸をはってほしいものだ)
あれ?
もしかして、褒められた?
あれ~?
(自信を持ちなさい。慢心する事は、良くないが……お前は、常に正しい道を歩んだのだ)
自信。
正しい道。
(私の様に、邪な欲で世界から追い出された者とは違う。多くの命を支える為に、己自身を投げ出した事。それを、善行と言うのだ)
ははっ……。
俺の人生間違いだらけ……間違いしかないと思ってるけど……。
(神でさえ、全てを救う事は出来ない。しかし、この世で最も多くの命を救った人間は、お前なのだ)
自信か……。
無理だって。
今更、自信なんてもてね~よ。
(しかし……)
でも、俺が出来る事ならやるよ。
死んでもやり遂げて見せる。
そう、誓ったから。
(ふむ……)
あんたが、これからまた戦う俺を勇気付けようとしてくれた事は分かってる。
その気持ちは、確かに受け取った。
(どこまでも、強き心だ。無粋な事をしてしまったな)
いや。
で!
話を元に戻すけど、ルーに時間の管理を任されてここを作って……。
不老でも不死でもないよね?
なんで?
(それが、わしの報酬だ。人として分相応に死ぬことこそ、人間にはふさわしいのだ)
時間の流れだけを歪めて、ある期間まで時間を見守り補修する仕事。
分相応か……。
(どうかな?)
ん?
ああ。
知識は貰ったから、いけると思う。
時空魔法。
運命への強制介入は、影響なくってのは無理だけど……。
(あれは、人間では不可能だ。演算処理だけで、膨大な時間が必要だからな)
若造の術式があるから、時間への多少の介入なら出来るか……。
(そして、敵の時空魔法もある程度までは防げるはずだ)
で?
俺は何をすればいい?
これだけの事を教えて、自信までもたせようとするんだ。
もちろん……。
(さらなる地獄と、選択)
予想通りだ!
よし! こい!
(お前は……)
あんたの記憶にも、言葉にも嘘は無かったし、見守った人間を本当に大事に思ってるのも分かった。
地獄なんて……。
いつもの事だ!
さあ!
教えてくれ!
俺の進む道を!
(お前自身の目で、世界の始まりを……全てを見るのだ)
え?
あの……。
よく分からない。
(本来は不可能だが、ルー様が過去への道を繋げている)
過去への道?
(頭上の流れが見えるか?)
見上げると、他の流れに逆らって一本だけ変な流れが……。
(今のお前ならば、あれに乗る事が出来る。その流れが導くままに……)
分かった。
あれに乗ればいいんだな。
過去か……。
****
ん?
俺の視界が、時空の渦から引き戻された。
大きな音が蓬莱の隅々にまで響き渡る。
えっ!?
地面?
いや……。
この世界自体が、揺れている。
地震か!?
「すまないな。もう、そちらへまわす魔力の余裕が無くなってしまった」
両手を空に掲げた顕聖が、必死に魔力を放っている。
なんだ?
何が?
バギバキと音を立て空に発生した亀裂から、忘れられない顔が中を覗き込む。
ユミル!
「今のお前では、奴には勝てん」
くそ!
前よりも、魔力が大きくなってやがる。
何がどうなってるんだ!?
「ここで、わしが時間を稼ぐ! さあ、いけ!」
「顕聖……」
それって……。
「ぬうう!」
顕聖が、両手に魔力を込めると亀裂が閉じて行く。
時空魔法同士の戦いなのか!?
そして、俺が乗らないといけない流れに合わせて世界に穴が開く。
「そう長くはもたん!」
くっそ!
香桃が、顕聖の背中から魔力を送り込んでいる。
それでも、ユミルの強い力により、亀裂は再び開く。
くっそ!
「真に守るべき物を間違えるな!いけ!」
くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
俺は、流れに乗る為に全身にフィールドを張る。
え!?
亀裂から、真っ黒なドロドロの液体がボトリ、ボトリと落ちてくる。
そして、それは人の形へと……。
「追手だ! いけ!」
ええい!
くそ!
くそ! くそ! くそ!
俺は、流れに向かって跳ぶ。
「任せたぞ……」
****
俺は濁流に飲み込まれる様に、時間をさかのぼる。
「ぐっ! が……」
想像以上にきつい……。
俺は、顕聖達のいる方向へ振り返ることすら出来ずに、流れに体を持って行かれる。
また……。
また、守れなかった。
急げば間に合う……。
なんて希望は……。
くっそ!
またかよ。
勘弁してくれよ。
あ~あ……。
やってらんね~……。




