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異世界生活の日常  作者: テンコ
第6章 彼女の日常
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6-01

 甲斐性とは。

 ――決めた事を完遂する根気等。多くは生活面、経済面で異性などを支える能力の事を指す場合が多い。


 前の私(・・・)じゃあその言葉を使う必要性も無かったと思う。


 いや今の自分にも甲斐性が無いのは分かっているけれど。まさか、第2の人生で必要になってくるとは考えもしなかったのである。


(よし、第2の人生だからこそしっかり考えようかな)


 ――そう思っていたのはどうやら私だけだったようだ。


「甲斐、性ですか?いえシズナさんはそのままで宜しいかと」


 薄桃色の髪の、最近頓に対外的な美しさを得たお嬢様に聞いてみると、そんな返答が返ってきた。曰く、一緒にいられるだけで良いのだとか。


「なんじゃそれは。どっちかってぇとわしの方が面倒みちょる側じゃろう」


 エメラルドに輝く瞳を薄らと細め、妖艶な笑みを浮かべながら姉さまが答えた。確かにこれまでもお世話になったし、これからもお世話になるだろう。


「シズねぇはそのままで良いんだよ!あたしも色々勉強してきたし、頑張るから!」


 別れていた長さを感じさせる程伸ばした髪を、後ろで軽く縛っているスクィールの娘さんが抱き付きながら発言した。11歳とは思えない利発さである。


「ま、まぁ私も知らないことが多いと思うし、い、一緒に学んであげなくもないわ」


 他の3人を見回して面食らいながらも、嬉しい事を言ってくれる同じ狐っ娘。耳と尻尾が若干逆立っているから、緊張しているのだと思う。


 と、こんな感じでむしろ私が養われているような感じになる面子なのである……男としての~とか言うつもりは無いけれど、私の中の何かが粉々に砕け散った気がしたのは、はたして気のせいだろうか。





 事の発端は、数刻前まで遡る。


 足かけ3年近い依頼を終えて王都の家に戻ってみると、そこにはまさかの3人がリビングで向かい合わせの状態でお茶をしていた。アリエルさん、リーン姉さま、メルカちゃんは私に声をかけると、一緒に家へ入ってきていたモエを一瞥。ゆっくりと目線で空いている椅子に座るように指示をして、私を2階にある自室に追い遣った。


 そこから何があったのかは知らない。

 小一時間ほどでアリエルさんが私を呼びに来た。戦々恐々たる思いで後に続きリビングに入ると、そこはいやに笑みを浮かべた3人が和気藹々と談笑しているのだ。

 これには首を傾げつつ、まずはアリエルさんに一言ただいまと告げ、次に仕事が終わった事を話した。


「――という訳で妖狐の集落で暫く過ごした後は、そちらのモエと一緒に戻ってきた次第です」


 簡潔に説明をすると、もう皆に挨拶をし終わっていたのかモエが小さく手を振った。それに頷き返し、皆の反応を待つ。


「ではモエさんも、こちらに滞在という事で宜しかったですの?」


 一番手は実質この家を仕切ってらっしゃるアリエルさん。その質問にお願いしますと答える。

 しょうがないですわねと苦笑をされ、そのままアリエルさんは台所に向かった。湯呑みが4つ出ていたのでお茶をしていたのだろう、多分私の分を用意しに行かれたのだと思う。


 さて、問題は残った人が話し始めてから一様に口を噤んでいる事だ。

 姉さまはテーブルに肘をつき、その小さな顎を支えている。反対の手で湯呑みの縁をなぞっている姿勢は何処か物憂げな感じだ。

 メルカちゃんはまだ椅子の方が大きいのだろう、宙に浮いた脚をぷらぷらとさせつつ、鼻歌でも歌いそうな表情でこちらを伺っている。

 モエはここからでも見える台所に視線を向け、ふわふわと何時みても綺麗な薄桃色の髪の毛をその視界に入れているようだ。


 関係ないけれど、実際桃色の髪って可愛いよね。


 そんな事を考えているうちに、お茶を入れた湯呑みをお盆に乗せ件の彼女が戻って来た。

 差し出された事にお礼を言って少し口に含みつつ、視界の隅でアリエルさんが座るのを確認。ゆっくりと息を吐き、さて唐突に切り出した。


「姉さま、いらっしゃいませ。長い旅、お疲れ様でした」

「うむ」


 ちいさく頷きながら返答をした姉さまは、役目は終わったとばかりに両手を組んで成り行きを見守る姿勢に入った。それを見届けつつ、次に移る。


「メルカちゃん、お帰りなさい。何時戻って来たんですか?」

「ただいま!えとね、1ヶ月前くらいに、私だけ戻ってきちゃった!」

「え、ご夫妻はどうされたんですか?まさか……お怪我とか」

「ううん。私だけ商隊に紛れて戻ってきたの。あ、これ母さんからシズねぇに手紙」


 受け取った封筒を開け、軽く眺める。そこには娘が10歳を超えたし、せっかくだから王都の学校という所に入れて見る事にすると書いてあった。

 その間良かったら家に置いてくれないかと言う事と、後は必要なりそうな金額を口座に振り込んでおくと簡単に記入してあった。


「なるほど……念の為確認なんですけれど、今のこの家でも宜しいですか」


 私の年齢の半分くらいの子に聞く事じゃないかもしれないけれど、獣人の子は頭も良いし理解出来るだろう。

 何となくだけれど、この1人でも宿とかで生活できそうである利発な子を、この家に置いて良いのか不安になったのだ。そんな私のちっさな不安を吹き飛ばすように、メルカちゃんは明るく答える。


「うん!メイワクじゃなかったら、ココで一緒に居たいんだけど。シズねぇはイヤ?」

「嫌だなんてそんな、問題は何もないですよ。ごめんなさいね、変な事を聞いてしまって」


 最後は少し不安そうな顔をしたメルカちゃんに、ちくっと罪悪感を刺激されてしまった。手紙にも彼女の方から此処に来たいと言った、と書いてあったし決意は固いのだろう事は予想出来た。こんな小さな子が決意した事を何度も聞くのは悪かったな。

 誤魔化すようにその大きな耳と、伸ばしているのか背の中程まで垂らして後ろで縛っている髪を軽く撫でる。

 気持ちよさそうに目を細めたメルカちゃんを見て、私も落ち着くのを感じた。やっぱり妹分って良いよなぁ。

 孤児院でも癒されてたし、でも前に街へ戻った時はもう当時の子はいなかったので遠目から眺めるだけだったけれど。


「モエはココでも大丈夫ですか?そんなに悪い所じゃあないと思うのですけれど」


 最後に確認の為、妖狐の子に軽く聞いてみる。肌に合う合わないってあると思うしね。


「も、問題無いわね。こんなに人が居るって聞いてなかったけれど、まぁそこも勉強になると思うし」

「そう、良かった。仲良くお願いしますね」

「分かったわよ……所で、何時まで撫でてるのかしら?」


 快く返事をしてくれたモエが、怪訝な表情で私の左手を見つめる。畏れ多くも家長として上座に座っていた私の左側。メルカちゃんと席が近かったし、その撫で易そうな位置にあるさらさらな髪をさっきから弄っていたのだ。

 髪だけじゃない、何時の間にかスクィール特有のピンと上に伸びている耳。そのコリコリとした感触の耳を弄りまわしていた。それはもう弄りまわしていた。


 ……ふと見るとメルカちゃんが、顔を赤くして俯いている。しくった。


「ご、ごめんなさいメルカちゃん」

「あっ」


 急に手を引っ込めた時、ちらっとスクィールの娘さんは何故か残念そうな声を上げた気がした。年頃の娘さんにこんな事したらダメだよねと自重しつつ、こほんと息を吐いて皆を眺める。

 そういえば姉さまは下座に座ってるけれど、何か変な感じだ。後で席を変えて貰えるか聞いてみよう。


「さて。先程4人で何を話されてたんですか?」


 唐突に話を振ってみた。


「ええ、ちょっと自己紹介などを簡単に済ませましたの」

「ほんにな。まぁワシもおんしがここまでオナゴを住まわせちょるとも思わんかったしの」


 アリエルさんと姉さまが口を揃えてそんな事を仰る。アリエルさんは当然として、姉さまはけれど発言とちがって笑みを浮かべつつ言ってのけた。


「うん、シズねぇも隅に置けないね!」

「そうねー。私もちょっと……いえかなり驚いたわ」


 残った2人も一様に笑みを浮かべ、そこには明るい雰囲気の団欒があった。


「そうですか。仲良くなっていたみたいで、良かったです」

「ええ、皆さん思うところは一つですので」

「ん?そうなんですか。まぁ暗い雰囲気にならなかったので問題ないですかね」


 その後は軽く談笑を続けた。私や姉さまの旅の事とか、アリエルさんとの出会いとか、メルカちゃんの商隊後での日々とか。

 気が付けば日が落ちそうになるくらい、楽しくお喋りをしていたようだ。女三人寄れば姦しいと聞くけれど、それは5人でも変わらないみたい。


 アリエルさんが準備して下さったご飯に感謝して、その日から長い付き合いになる家族の夕飯が始まった。





 ちなみに冒頭の会話は、談笑の中で私が奮起して生活の為に頑張ります、と言った時の皆の反応である。

 

 ……やっぱりもうちょっと頑張ろう。

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