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異世界生活の日常  作者: テンコ
第5章 彼女の帰郷
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5-07

 妖狐としての教えは続く。


 例えばスキルを使用しての獣化、では無い変化。

 つまり元来持っている、生態としての獣化。イヴァラさんには出来る事を伝えてなかったし、幸か不幸かアヅマさんに見張られている道中では獣化しなかった。


 なのでスキルはバレていないが、それでも基礎らしいので、教えを乞うている訳である。


「臍のすぐ下、その奥に本能を集める感じ」

「こう、でしょうか」

「そうそう、その調子で意識をそこに集めるのよ」


 私の身長はまだ成長期なのだろうか、そこまで高くは無い。アリエルさんと同程度かそれ以上の身長のアヅマさんが、立っている私の後ろに回り込んだ。

 そして腕を肩から回してお腹に沿わせ、該当する箇所であろう場所を柔らかく撫でて来る。


「んっ」


 あまりのくすぐったさに思わず鼻に掛かった息を吐いてしまった。


「集中なさい。ここよ、ここ」

「は、はい」


 アヅマさんが顔を近づけてくる。

 背後に立っているので、私が横向くとすぐに彼女の美貌が視界に入る状態だ。そしてその様な姿勢で彼女は10指をゆるゆると動かしてきた。


「ちょ、これは、違う気が」

「我慢なさい。ケモノに近くなると言うことは、言わば本能と理性のバランスを崩す事なの。これくらいで動揺してはダメよ」


 尤もらしい言葉を吐き出しながら、アヅマさんの指は這い回る。

 暫くは服の上から押し込んだり、触れるか触れないかの位置で円を描いたりしていた。


 "いつもの事"と割り切って目を閉じ、意識を集中させようと息を整える。そしていざ気合いを入れて獣化を試みようとした矢先――


「ひゃぃッ」


 突然の刺激に変な声を出してしまった。


「こら、集中集中」

「え、いや、だって……え、うひゃ、ひぃ」


 何時の間にか服の合わせに右手を入れてきた彼女。

 その指が変に敏感な胸郭を這い、そのまま腹部にまで達した。その動きは指に意識を集中させるかの様にひどく滑らかで、それでいて中に入るのを気付かせなかった程に手早い。


 地肌を撫でまわる指の動きに集中を阻害され、私の口からは声が溢れてしまっていた。


「んぁ、まっ、やめっ……ひぃ!」

「気にしちゃだめよ」


 言葉にならない単語を吐いているうち、彼女の右手の人差し指だろう1指が窪みに嵌った。


「そこはッ!あぁ、くぅっ」

「だから集中よ集中。これくらいで理性が負けてちゃ本能に勝てないわよ」

「そんらこと、いったっへぇ……」


 そう、臍に指を入れ込まれたのである。

 自分でも触れる事はないその部分を、事も有ろうに母と呼んでくれと言った人が指を突き入れた。

 変になりそうな頭を振ってなんとか逃れようとする。しかし彼女の身体に抑え込まれているのか、抵抗らしい抵抗が出来ない。


 何だろう、力尽くで跳ね除けようとしても流されてしまう感じだ。

 剛を制されている。


「いぃッ!?」


 ――入れ込んだままだった指を、彼女は動かし始めた。





「酷い目に遭いました」

「だらしないわねぇ、若いんだからもっとよもっと」


 何がもっとなのだろう。

 けれど取っ掛かりは掴むことが出来た。意識を集中する場所を見つける事が出来た、と言い換えるべきか。


「……方法はアレでしたけれど」

「でも分かったでしょ?」


 強く出れないと思いながら、爪が伸びた自身の手を見つめた。


 先程変な刺激を受けたからなのか。そうとは思いたくないが、少しばかり獣化が制御できるようになったのだ。

 "半"獣化と言えばいいのか。


 ヒトガタのまま、全身に金色の毛並みを出す事に成功したのだ。心なしか体つきも変わっている気がする。

 何ていうか、半ルー・ガルー状態と言うべきなのか。身体は女だけれど。


 ケモノ度は数値で表すと2、と言った所。

 低いと見るか高いと見るかは分からないが、毛並みは手足までしか覆っていない。胴体や顔は元のままだ。


「そうやって少しづつ慣れていくのよ」


 彼女は説明を始めた。

 獣人はヒトが主でケモノが従で、それを本能に任せて半々。それかケモノに傾けるのが獣化らしい。

 結果的にケモノに近づける訳だから、本能に刻まれている衝動他に呑まれないよう段々と慣らしていくのが基本だと言う。


「この状態は一時的な物なのですね」

「間違ってはいないわね。それでもヒトガタそのものよりは肉体的な方面に偏っているはずよ」


 けれど、と続ける。


「訓練しないままにケモノになると、あれなのよ……本能に負けちゃうのよね」

「本能……ですか。食欲とか?」

「そそ。他には性欲ね」

「……」


 包んで放った言葉を真正面から返された。直撃である。


「負けると、どうなるのですか?」

「前に若い女の子が食欲方面に負けちゃってね。しかも本能にも勝てなかったから、冬眠だと思って脂肪を溜め込んだわ」

「お、恐ろしいですね」

「まぁね」


 それは何というか……酷いな。


「普通は親が子に教えるのよ。貴女の場合は仕方ないと思うけれど、これからしっかり覚えるのよ」

「はい、宜しくお願い致します」


 真剣な表情のアヅマさんに、こちらも真剣に返答をした。





「と、言ってもスキルで出来るんですけれどね」


 獣化の訓練のあった夜、娘さんの物だったらしい部屋のベッドで横になりながらひとりごちた。

 夜のお供はタマに任せて、その暖かさで暖を取っている状態。彼女はすでに眠りの中だ。


 スキルで言う獣化。

 もちろん使い勝手は良い。けれど今日のような半獣化は出来なかった。0か10か、なのである。


 半ばまでケモノに近くなったヒトガタは、色々出来る事が分かった。

 跳躍力が高くなったり、五感が鋭くなったり、動きが少しばかり早くなったりしたのだ。

 これには思わず感嘆の声を漏らしたほど。視界が広くなった気がしたから。


 けれど、かなり疲れる。

 今は日も落ちて夕食を取り、何時もなら他の妖狐の方にお話しを伺ったいる時間帯なのだが、それが出来ない。


 ベッドから起き上がれないのだ。


 何でも、ケモノの状態だから出来る動きと、ヒトガタの神経とが鬩ぎ合って互いに倒れたから、らしい。

 簡単に言うと、慣れない動作に身体がついて行けなかっただけである。


 スキルもそれ以外も、一長一短だ。


「……何時まで此処にいるんでしょう」


 そして疲れ切った身体を横たえたまま、そんな事を口走っていた。

 妖狐の集落に来てはや1ヶ月。


 ここに着いた翌日、アヅマさんに説明を受けた後でイヴァラさんに通信をした。その時の説明では、


『その集落とは前から連絡を取っていまして。こちらの利益とその集落の安寧の為に、貴女は予定されていた期間そこに居て下さい』

『はあ……仕事でしたら、仕方ないですね』


 何時も通り彼女にやり込められて、でも給金はかなり良いのでそのまま依頼は続行した。

 依頼、と言っても集落が私を一人前に近づけると明記された曖昧なモノだが。


 何でも妖狐の習性らしく、妖狐は子供を放っておけない。その一言に起因するそうだ。


「子供……か」


 父も母も若い頃に亡くし、親族も居ない中必死に工業高で技術を学んだ。

 そして都会に出て挫折を何度も経験し、やっと受かった仕事では同期や若手に追い抜かれ追い越され。

 数年窓際部署に配属されていた。


 今の生活とまったく違う。

 そして、死んだ両親以外から子供と言われたのは久方ぶりだ。

 自分から甘えに行くのは苦手だが、今の状況は、そんなに悪い物じゃないと思えてきた。


 平穏な日々が続く。


 ――"彼女"が戻って来るまでは。

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