3-XX 閑話 彼女の計画
「落ち着くべき所に落ち着きましたね……」
「うん?スルドナさん。何が落ち着いたの?」
少し漏らした私の声に、護衛のミリカさんが反応しました。
「いえこちらの話ですお気になさらず」
私は今"彼女の為に"動いた後始末をしに、街を奔走している。
ミリカさんには念を入れて、私の護衛をお願いしているのだが、特に問題は無いかな……彼女には詳しい事を伝えていないから、少し動きにくいってのはあるのだけれども。
そもそも妖狐、シズナさんが売られたという情報を得たのはかなり早い段階。
私は別段彼女がどうなろうと気にもしない。しかしうちのお嬢様がご熱心になられている。そこは仕えた弱みという奴です。
私がお嬢様のご実家にお仕え出来る様になったのは、お嬢様のお母様。カーリレル様のお蔭。
その時まだ彼女は結婚もしていなかったし、お金持ちでも無く。けれども彼女は、日々を生きるだけで精一杯のはずの彼女は、同じく苦しい境遇の私に良くしてくれた。
その時の恩は今でも忘れていません。
しかし、かの男と結婚すると知った時は、沸き立つ憎悪で身を焦がしそうになりました。
けれど、彼女の幸せそうな笑顔を見た後は、その気持ちも少しばかり落ち着きました。
そう、私は彼女を愛してます。
私と彼女。性別など関係がなく、彼女が年上でも良かった。でもそれも今は昔の話。
あの男は、結婚後はカーリレル様の為に人格すら変えたのかと思うほど変わりましたが、それまでの行いが許される訳では決してない。
私はあの男の為ではなくカーリレル様を守る為だけに、あの屋敷に仕え、いえ仕えさせて頂いています。
それはあの男との密約。彼女を幸せにしなかったら許さないけれど、幸せにするなら、あの男の後始末を手伝ってやると言う。
そのせいか大店の店主だったり、街中の有力な民人。そして各ギルド、傭兵や冒険者、魔術師ギルドとは深い中になって行きました。
私は商人に仕える家来として情報が欲しい。各々の組織は身軽な外部の人員が欲しい。当然利害の一致です。
彼女があの男と結婚して暫くは、そんな、裏の世界の話ばかりでしたが。カーリレル様の笑顔が見れるだけで、満ち足りていました。
「スルドナさん、貴女も家族の一員よ」
いつかのカーリレル様の言葉。
彼女は目の前で、生んだばかりの赤子を抱いたままにそう告げました。
その言葉は私が、元気なお嬢様ですね。仲の良い3人家族を見れて嬉しく思います、と告げた際の、カーリレル様の言葉です。
私には家族がおりません。その光景を羨んでいたのもあると思いますが、その言葉、その意味を理解した時、私はいっそう彼女の為に仕えようと思っていました。 そして、それは彼女の子供。アリエル様にも向ける様になったのです。
(この家族には幸せになって欲しい)
私が動く最大の理由です。
私はカーリレル様以外を、愛せないのでしょう。狂おしい程に。けれどもそれは秘めなければいけない思い。表には出しません。
お嬢様から色恋を問いかけられた事はありますが、上手くはぐらかせましたでしょうか。年上のヒューマン好き……特定の、と付きますけれど。
事実、私は彼女以外に目を惹かれる事がないのだから。
お嬢様も無事成長していき、仲の良い家族のまま。あの男も彼女のみを愛しているし、お嬢様にも愛情を向けている。中に問題は無いのです。
しかし、カーリレル様もお嬢様も、血のせいで外から問題を持ち込まれる事が多い。何しろ2人ともお美しい。色々な方からせっ突かれます。そこで私の出番。
ここ十数年で伝手はかなり出来ました。
それが彼女達を守る盾にも槍にもなっているのなら、こんなに嬉しい事は無いのです。
そして彼女達には、こんな仕事をさせられない。自分勝手な思いなのは分かりますが、それでも彼女たちの手を染めたくないのです。
ある時、あの男が倒れた。
それ自体は問題なく対応できましたが、今まで黙っていたあの男に恨みを持つ一派と、この商会の数名が動き出します。
どれほど人格が良くなろうと、お金を持っていれば狙われます。そんな奴らから彼女達を守るため、長く交友のあるイヴァラにも手伝って貰い、お嬢様の要望まで含めた護衛を集めました。
寡黙な虎種。
飄々な人狼。
そして、無垢そうな妖狐。
全員女性のみ、そして最後の1人はお嬢様のお友達候補。
ま、まぁ最後の妖狐に関しては、まさかお嬢様の血が反応されるとは思っていなかったのですが。
それでも昔話した、私が女性好きと言う些細な言を覚えていらしたお嬢様。
幾度となく質問をされる内容に、昔の私を重ねてしまいました。
どうか、彼女と彼女が上手くいきますように……助言も上手く行きましたし、獣人の特殊な、かなり特殊な伝手を辿って手に入れた薬を、妖狐の娘に飲ませもしました。
お嬢様にお伝えしたような都合の良い花なんてあるはずもなく、さりとてお嬢様に裏方の仕事を見せる訳にはいきません……あの鼻でも利かない薬を探すのにはかなり苦労をしましたが。
あとはあの召喚獣とやら。
彼女?達は比較的簡単に攻略出来ました。主人の妖狐が抜けていると言うか、何か、浮いていると言うか。抜けている指示だったのでそれもつぶさに観察。
そして対処法をお嬢様にお教えしました。あの妖狐がどうなろうと構いませんが、お嬢様の物になってくれるのであれば良し。
カーリレル様とお嬢様には、かなり厄介な血の効力があります。
彼女達は、相手から好かれても特に問題はありません。種を残す立場としては、好かれる相手は多ければ多いほど良いのですから。
問題は、自身から相手に惚れてしまった場合。その時は、本能が相手を求めてしまうそうです。
カーリレル様にそのお話しを聞いた時が、私の失恋でもありました。
そう、彼女は私を思っている訳ではないと気付いたからです。それで想いが変わる訳でもなかった私の業も相当ですが。
『お母様に相談したのですが、スルドナさんと一緒に進めると良いですよと言われましたの。お知恵をお貸し下さいませんか?』
『そうですねお力になれる事でしたら喜んで協力致します』
今回のお嬢様が、まさにそれ。
お嬢様ご自身が妖狐に魅かれている。
この様な場合、想いを押さえつけると勢い余って爆発する危険もあるそうです。今回は何とか上手くお嬢様を誘導できました。
『スルドナさん。本当に良いのかしら?』
『問題ございません獣人は本能で動けます本当に嫌なら寝ていても飛び起きますので嫌われているかも確認できますよ』
『そうなんですの……ありがとうございます』
それは本当です。
先の薬を手に入れた特殊な伝手、まぁ言ってしまえば妖狐の集落なんですが、彼女達から聞きました。彼女達は1人で王都に居る妖狐の子に不信感も持っていたので、その情報と引き換えでしたが。
その後、作戦が成功した時のお嬢様の喜びようは、それはもう良かった……。
ついでに集落の狐に聞いた妖狐の特徴。友人、友達、家族、親しい者と一緒に居ると精神が安定して毛並が良くなるという特徴が、翌朝妖狐の娘に出ていた時は驚きました。
別にそのまま、お嬢様が素でお願いしても良かったのでは……とも思いましたね。
あの男が戻って来て護衛も無事終わり。
お嬢様は心底名残惜しそうですが、妖狐の彼女は去って行きました。しかしお嬢様は大げさに落ち込まれる事もなく自身に出来る事。知識を溜め込む事をお選びになられました。
妖狐の娘に触発されたのでしょう。欲しいモノ……どう考えても彼女ですよね。まぁ私も、今でもカーリレル様が欲しいとは思いますけれども。
それから暫く後、先の情報を得る事になります。彼女が何かの事件に巻き込まれて、売られた可能性有りと。
私は考えました。
お嬢様にとって一番良い着地点は何処か。
そこで練った作戦は単純明快。お嬢様に彼女を買わせる事。妖狐の娘には現在拒否権はありませんし、お嬢様にも少し現在の状況、そしてこれから起こりそうな問題をお伝えすればすぐでしょうし。
あの妖狐の娘に起こった事。それは村人と商人が結託して護衛を売る。と、言葉にすれば簡単な、それでいて実に効率的な金策だと思います。
もちろん、"バレなければ"でしょうが。
商人同士の横の繋がりを甘く見た、彼ら彼女らの浅はかさが滲み出ていますね。そもそもギルド程の組織が事の痕跡を見逃すはずがないでしょうに。
妖狐の彼女には気の毒ですが、まぁ運が悪かったと思って少し待っていて貰いましょう。最終的にお嬢様の為になれば良いのですから。
そこからはギルドの盟友イヴァラを利用し利用されながら、事態を動かしました。
イヴァラはギルドの面子に掛けて仕出かした相手に何らかの報復をしたい。いくら低ランクと言えど、まっとうな依頼に偽装した犯罪。
しかも初犯で、対応を慎重にしないといけない案件。同じ事をこれからされると信用問題ですしね。
ギルドに弓引くとは愚かな行為をしたものです。
その段階でかなりの精度で情報は揃っていましたし、私の根回しもすでに終えていました。
売られたであろう奴隷商、彼女も顔見知りだったのです。まぁ言ってみれば同郷の士、なのですが。彼女の商売で利益を出しつつ、アリエル様に妖狐を買わせる。その事を目標にしていました。
一度奴隷が誰かに買われた場合、新たにお金を積んでも足元を見られる場合や、拒否される場合があります。その為に、知り合いだった奴隷商の彼女に頼みもしました。
お嬢様に妖狐を買わせる。
その為だけに奔走した約半年。
お嬢様の、妖狐を助け出した時のお嬢様の笑顔。
それだけで疲れも飛ぶ思いですね。
「久しぶりだねスルドナ」
「貴女もねリリオス」
そして先日計画は無事に終わり、後始末の為に奴隷商の彼女を訪れていました。ミリカさんには妖狐の奴隷問題の為と嘯いて、外に待たせていますが。
「今回は本当に助かりましたよ買う事が出来て良かった」
「あんたと私の誼って奴だね。こっちも色々儲けたし、言う事なしよ」
「それは有難いこうやって有のまま話せる者は少ないですしね」
「そうだね。しっかしあんた、喋り方変わんないな」
「これはもう変わりませんあの妖狐……シズナさんはどうでした?」
「ああ、言われた通りに接したよ。この商会自体、健全が売りなんだ。無茶はしないさ」
手をひらひらさせながら軽く答えられます。
彼女とは、同じ様な境遇で育ちました。
私はカーリレル様に仕える事を、彼女は少しでも身寄りの無い娘を助ける事を選んだ者。私は、そんなリリオスに頭が下がる思いです。自身の過去を振り返れば、黒く染まってもおかしくはないはずなのに。
私は色々薄暗い話ばかり商会で聞いていた為、彼女の眩しさに目を細めそうになります。
「いい機会ですから聞きますどうして貴女はそこまで見ず知らずの娘達を助けるのですか?」
「ん?あー、そうさなぁ。なんて言うか……自分が、満足……そう満足したいから、だね」
「満足?その意味は?」
「やっぱあんた気ぃ早すぎだ。少しは落ち着けって……アレだよ、ここに来るしかない娘を引っ張り上げれば、過去の私、今の私も少しは救われるんじゃないかってね」
「救われるとは?」
「……あの頃は力が無かったからね。最低の身分でも、それでも何かしら身に着けるだけで違うもんさ。後は本人次第だがね」
「……やはり貴女に頼んで良かった」
「嬉しい事言ってくれるじゃないか。今回もあんたに貰う物貰ったしね。次も頼むよ」
言葉少なに彼女と別れ、外に居たミリカさんを呼び出し宿に戻ります。
「スルドナさん、早かったけど。何話してたの?」
「ああシズナさんの今後について問題が無いかですよ奴隷とは面倒ですからね」
「ふーん。そっか」
このスクィールの女性は何かに気付いている節もありますが、問題ないでしょう。シズナさんが助かる事だけを望んでましたしね。
獣人と言うのは仲間意識や家族意識が高くて羨ましくもあり。
まあでも、私にも"家族"は居ますからね。
こうして私とイヴァラ、そしてリリオスの行動は"彼女達"に知られずに済みました。
後は握った情報を持っての後始末。私は商会の利益に繋がるように。イヴァラは……まぁあの妖狐が被害者だと証明出来れば、ギルドとしては良いのでしょうけれど。
後は妖狐の口から経緯を報告させて終わりだとはイヴァラの言ですし、お嬢様のお手を煩わせる程でもありませんね。
イヴァラを通してギルドに報告を済ませましたし、お嬢様に妖狐の奴隷を解いても良いとお伝えしてますので、ほぼ私の関わるべき事は終わりました。
奴隷云々についてはイヴァラが何とかしてくれるでしょう。今回はギルドの責任でもあるのですからね。
最後に私自身イヴァラ、つまりギルドが喧嘩を売った相手に"何を"するかは知りませんし、知りたくもありません。
関わると確実に、碌な事にならないでしょうし。
一応ここで事件は終わりの扱いとなり、この街では王都に戻る準備を残すのみです。
しかしお嬢様。頬を染めているお嬢様を見るのは癒されますね……。
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