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異世界生活の日常  作者: テンコ
第2章 彼の変化
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2-14

 油断……だったのだろう。

 自分がそこそこ強くなった気がしていたが、それは単に表示上のステータスが高いだけの事。それを使いこなせなければ意味が無いと、思ってはいたはずなのに。


 護衛の為と嘯いて召喚していたディアもソラも、頼みの綱の烏丸でさえ屋敷に残して来てしまった。


 動体視力と感知精度の高さ、それに自身のステータスを合わせた能力で、迫りくる()をなんとか見て取ることが出来る。

 が、私の両手は塞がっているし、ましてや自分から身体を割り込ませたのだ。周りを見回しても、助けになりそうな人はいない。一発逆転都合の良い策なども無い。


 どうして、こうなってしまったのか。





 旦那様が回復なされると聞いて、ちょっとだけ屋敷の雰囲気が明るくなってきた最初の休み。その日私は、前回ミリカさんに言われた通りにマクイルさんとメルカちゃんが泊まっている宿を訪れた。


 扉を開けたマクイルさんに何時もの通り挨拶を交わし、部屋の中へ。その宿は王都に来た当初の夜に泊まった所だった。


「ミリカから聞いたのか。すまんなシズちゃん」

「いえ。気が晴れる程度の事なら、むしろ喜んで」

「助かる。って事で、メルカ抱いて外出るから付き合ってくれるか?」

「構いませんけど……外に出る事は、危ないのでは?」


 メルカちゃんを危険から遠ざける為に泊まっている宿から出るのかな?


「ちょっとなぁ……メルカがぐずってな。普段と違う所なのか、昼間に啼いて夜に泣いてきついんだ」

「ああ、なるほど……」


 確かに環境の変化に敏感な子もいる。その事は出産をお手伝い頂いた近所のお婆様が、上品な仕草でメルカちゃんをあやしつつ講義して下さった。

 マクイルさんの話を聞きながら、メルカちゃんのベッドに腰掛ける。私が来たことが理解出来るのか、小刻みに手も動かしている彼女を見ると若干だが元気が無いように見える。


「俺1人じゃ危ないかもしれないけどな。シズちゃんが来てくれて助かったぜ」

「いつもお世話になっておりますし。これしきの事でしたら」


 確かギルドの近くに広場か公園があったはずだ。そこで散歩でもしようと2人で計画し、ベビースリング?合ってたかな……そんな感じの布を身体に巻きつけ、私がメルカちゃんを抱く。

 マクイルさんは念の為に警護だ。


「それにしてもシズちゃん、ちょっと見ない間に綺麗になったなぁ」

「それは、どうも?あまり実感が無いのですが……」

「はっはっは。知らぬは本人ばかりなり、ってか。大人びたってのもあるし」

「なんです?」

「いや、耳と尻尾の艶が増してる気がしてなぁ。妖狐だからか?」

「成長したのだと思いま……あ」


 原因に何となく心当たりがある。あの、夜の記憶が無くなった次の日。毛繕い中に不思議に思ったんだ。何でこんなに艶が増しているのかと。


 ……大丈夫、何も無かった。"確認"したら身体には(・・・・)何も無かったんだ。気にする事じゃあない。


「あ?なんか心当たりがあんのか?」

「いえ別に。準備も出来ましたので行きましょうか」

「お、おう」


 何も無かったのだから、私の身に何か起きているはずがない。

 と言う事は、あの夜は何も無かった。

 Q.E.D.


 マクイルさんとの会話を強引に打ち切り、宿を出る。前回泊まった時にミリカさんの存在は知られているし、子供がスクィール種だから変に勘違いされる事も無く。そのままギルドを横切って広場へ向かった。





「へぇ。では、王都襲撃時の最高ランクはB-の方だったんですか」

「そうだぜ。俺のDランクからは見上げる存在だな」

「あれ?確か私に試験をして下さった時は……」

「王都までの護衛と、ちょっと前の櫓の建設でランクが1個上に上がったのさ」

「これは知らずに申し訳ありません。おめでとうございます」

「改めて言われると照れるぜ。シズちゃんもその依頼が終わったら、ギルドで確認してみな。試験受けれるかもしれないから」


 そんな会話をしながら、メルカちゃんをあやす。広場に行くまでの屋台で購入した木の実をメルカちゃんに齧らせながら、私も適当に購入した串肉を頬張る。

 獣人亜人の子は生まれてからすぐは人と変わらず母乳だが、しばらくするとその種にあった好物を希望すると言う。


 スクィール種、つまりリスの場合は木の実だったり、果物だったりらしい。食欲旺盛に実を齧り終えたお嬢様は、けふぅと息を吐き出した。

 手伝うように背中を摩り、王都の散歩を楽しみながら、マクイルさんとゆっくり進む。





 はたしてそれは何時起こったのか。正確に言うと、私の身体は反応出来ていて、しかし何故このタイミングなのか理解が及ばない。


 到着した広場に入り、子供やその親が居る中草の上に座り込む。メルカちゃんを膝抱きにし、日々の疲れを癒すように、そして思い出したようにマクイルさんと会話を楽しんでいた時だった。


 偶々見える範囲にはヒューマンの親子しかおらず、遠くに見える獣人は、ある程度自衛できそうな種族が身体を休めていた。だからだろう、私達、もっと言うとメルカちゃんが敵に狙われたのは。


「ッ!」


 言葉も無く、いきなり矢が射られたのだ。


 マクイルさんも私も獣人。

 基本性能と言えばいいのか、その程度すぐに対処する。しかし流石に2人だと限度がある。助けを呼ぶ前に、さらに合計して、5本の矢が射られてしまった。

 マクイルさんは立ち上がり、飛んできた2本を叩き落とす。


 私はメルカちゃんを抱えているから激しい動きは出来ないが、それでも1本を避けて1本を手で払い落とす。残りの1本はマクイルさんが、不安定な姿勢ながらも頑張って蹴り落とし。しかし、いくら身体能力が高くそれを発揮できても、2人しかいないのだ。


 隙を突かれてかなりの速度で私、メルカちゃんに向かって知らない男が突っ込んでくる。太陽の光を少し反射しているのは、手に持った短剣だろう、しかし鈍く黒塗りになっている事から分かる、確実に人を殺める為の仕様だ。


 先程無理な体勢で矢を叩き落としたツケが回っていたのか、マクイルさんも私も迎撃するための余力が残っておらず、男の疾走を止める術もなかった。魔術の発動も間に合わない。召喚にも意識が回らなかった。


 後で思い起こせば、命の危機に陥ったのは今回を含めて2回目。後の仕事は命をチップにしていると言っても、安全マージンをかなり取っていた。だからだろう、咄嗟に召喚という助けを呼べなかった。

 いや、選択肢そのものが欠如していた。


 アリエル様や奥様などは、助けを呼ぶ訓練を定期的に屋敷内で行う。守る側も鍛錬が必要だが、守られる側もその理解が必要だからである。


 しかし私はそれを、どこか遠くの事としてしか感じていなかったのか。


 ……現状打つ手が無く、しかし不逞の輩は尚もメルカちゃんを狙って目の前へ。


 私はメルカちゃんを後ろに下げるように腕で押し出し、そこに自身の身体を滑り込ませた。


 刃が、服を貫通し、腹部に、当たる。

 黒髪が舞い広がり、真っ赤な血が、白い肌を彩るように、白日の元へ――





 流れていなかった。

 あっるぇぇ?


 流石の動体視力で疑問に思いながらも、目の前で短剣を突き出したままの男を張り倒す。

 隣りのマクイルさんは経験豊富なのか顔は驚いているが、それでも倒れた男を拘束。両手足を叩き壊し、動けなくした。回復魔術があるので復活は見込めるからである。


 弓を射っていたのは、5人。思い出したようにシロクロを召喚し、その輩を文字通り叩き伏せた。犬パンチならぬ狼パンチは見る者、主に広場に居た他の人達の目に焼き付いた事だろう。


 忠犬の如く戻って来たシロクロを労いながら、後始末を始める。


 まずはギルドに連絡だ。ギルドカードに指定の魔術を行使し、応援を呼んだ。カードにはそんな効果もあり、更にどんどん後付で便利な仕様に変わっていくのだとか。

 やっぱ魔術すげえな……。


 6人の不逞の輩は全員意識が無く、それでも自殺出来ないように拘束。マクイルさんが口内や手首、足首を調べて対処する。自殺用の薬やら武器やらがある場合がある為だ。その間私は無言。シロクロは周囲の警戒。


 暫くしてやって来たギルドの職員さんと護衛だろう、たぶん高ランクの傭兵か冒険者の人たちの言を聞き、思わず顔を顰めてしった。


「では今この時、王都で同じ事が起こってしまったと?」

「その様ですね。この場に駆けつける前に3件程、この件も合わせて4件目。増えない事を祈……今5件目になったそうですけれどね」


 通信機?だろうか。耳のピアスらしきモノを触りながら男性職員さんが答える。


「この者達に心当たりはないのですね?」

「誓って、無い。匂いも姿も覚えがない者達だ」


 硬い声でマクイルさんが職員さんに答える。私も覚えが無いので、軽く首を振って意思表示とした。


「そうですか……分かりました。この件は私だけでは確実に手に余りますので、ギルドとして預からせて頂きます。3人、おっと失礼。お2方は後日ギルドに呼び出しを掛けますので、悪しからず」


 マクイルさんと顔を見合わせ、別段困る事でも無いので了承と返す。そしてその日は用心しつつ宿に戻り、私はミリカさんに事の次第を伝えて屋敷に戻った。これが後に、王都を震撼させる事件に……別段ならなかったのだが。

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