73 レミーナ
本日、朝、昼、夕方、と三話連続で投稿いたします。
ラミラが未来の、アルフォンスの王太子妃なる者に残した言葉をレミーナが語る。ラミラの想いが自分だけでなく、これから家族になる人たちに伝わる事に心底ほっとしながら告げた。
「ラミラさまはやんちゃと狡猾さが混ざり合った陛下と真面目で冷徹な殿下は性格的に合わないからぶつかった時の対処法を教えてくださったり、陛下が無理難題を突きつけてきた時もあんまり真に受けずに気にしないでって教えてくださったり」
「あのすっとぼけめっ」
聞き耳を立てていた陛下が低く唸るが、レミーナは教え通り気にせずにアルフォンスに向けて話す。
「ご自分の出自の事で迷惑がかかるかもしれないけれど、王太子妃となっても継承第二位の妻となっても陛下が殿下を手元から離すことはないから心配しなくていい、ともおっしゃってて」
「どちらにしても馬車馬のように働かせるつもりだろうからな」
「当たり前だ、出来る奴に仕事を振らないでどうする」
殿下に対してすぐ呼応する陛下に、レミーナはくすくすと笑ってしまう。
「そこら辺の考え方はとても似ていますよね、お二人とも」
にこりと話しかけるのだが、二人はだまって苦いものを食べたような顔をした。
「ということです、イルミ妃殿下。ご心配なさらずとも私たちは王家を支えます。きっと、ずっと隠れていらして大変でしたよね」
くりかえしお腹をなでながら話を聞いていた妃殿下にレミーナが語りかける。
「ありがとう、れみーたん」
妃殿下はふぅ、と息をはいて王妃として保っていた姿勢をくずすと、ニコライが差し出したクッションを背にあててソファに深く身を任せた。
少しだけ宙をみつめて浅く呼吸をくり返す妃殿下に陛下がすぐ動いた。白い額に厚さのある手を当てている。薄紫の瞳が陛下の方を向くと、そっと柔らかく微笑んだ。
「イルミさま、もし身体がおつらいのだったら」
体調が悪化したのかと立ち上がろうとするレミーナに、妃殿下は軽く手を挙げて大丈夫、という。
「ときどきね、お腹が大きくなる感覚があって。なんていったらいいのか内側から押されるというか。そんなとき、ドキドキしてしまうのよね。赤ちゃんは大丈夫なのかと」
でも大体、少し時間を置くとおさまるから、と挙げた手をゆっくりおろしてお腹をなでる姿に、レミーナは愛しくて切ない気持ちになった。
お母さんって、まだ生まれる前からこんなに赤ちゃんのこと、心配するんだ……。
アルフォンス殿下に、届いているかな。
お父さんがお母さんを気づかって、お母さんが安心して身体を委ねている目の前の光景はきっと殿下の時にもあったはず。
込み上げてくる湿り気のある息をなんとか堪えながらレミーナがそっと隣を見上げると、海空色の瞳は春の空のような色となっていた。
殿下の左手が腰に回ったので、レミーナは少しだけ体を寄せ、身をあずける。
貴方は愛されていた。ラミラさまに。
そして変わらずに愛されている、ベルナルド陛下からも。
どうかその事が届きますように。
言葉にできない想いを胸にレミーナは殿下の服の端を掴むと、そんなレミーナの手を右手の殿下が軽く叩いて包んでくれた。
「ふふ、心配するほどでもなかったみたいね」
陛下に支えられて身体を起こした妃殿下は、緩やかにほほえみながら頷いていた。
「いろんな事情があるけれど、一番はアルが心配だったの。ずっと婚約者を定めないで執務ばかりしてたし」
背後のクレトがうんうんと頷いている気配がするので軽く振り向くと、頭上の殿下がぎろりと睨んで止めている。
相変わらず二人は仲良しね、と妃殿下は軽く笑うとアルフォンスの方をみて、仕方がない人だ、というように困った顔をした。
「私からみればたとえこちらに子ができたとしてもアルが王太子に相応しいことは周知の事実。さっさと結婚して有無を言わさず自分の周りを盤石なものにしたらいいのに、せっかく出会えたれみーたんにはぐいぐい行かないし」
「待ってくれ、義母上。関係のない彼女を巻き込まずに落ち着いたら帰す予定だったと」
「あら、アルが気に入った時点でれみーたんは関係者よ。貴方、囲って初日から気に入っていたじゃない」
ぐっ、と喉につまったような声を出した殿下にレミーナは初日?! ほんとう? と覗き込む。すると殿下はレミーナの額に唇を寄せながら小声で答える。
「本当かどうか私にはわからない。でもこの右手の様子を見るにおそらく真実だな」
「あ……」
そうだった、今の殿下は私と出会った頃の記憶はないんだった、と思い直しながら右手の殿下をみると、手を握ったり開いたりして忙しない。
「殿下、うれしいです……!」
レミーナが思わず右手の殿下に向けていうと、私に言ってくれ、と小さな不満が頭上から聞こえた。
そ、それは……!
この言葉を吸い込まれそうな海空色の瞳に面と向かっていうのは恥ずかしくて無理、と思ったら顔が赤くなってきた。
そうこうしていると向かいから、おーい、いちゃいちゃは帰ってからにしてくれー、と呆れたような声がかかる。
「では陛下もお認め頂けますか」
間髪入れずに問うたアルフォンス殿下に、この国の王は軽く鼻をならしながら肩をすくめる。
「認めるもないもここに居る者の総意だろう。そなたの隣に立つのはレミーナより他にあるまい。ルミナス王家二人の国母の後ろ盾を持った高位女性を今から探せと言われてもさすがの私も無理だ。それに文官としてもな」
陛下は手に持った二枚目の報告書に目を落としながら顎をかすかに引いた。
ずっとたずさわってきたポステーラ養護院を含むルミナス王国の全部の養護院の人員の推移の報告と求める人員の数と確保案を盛り込んだ陳情書だ。
「極秘資料の下に忍ばせてくるあたりカスパル老の悪知恵だろうが、効果としては最適だ。必ず目を通す、そして前の資料の圧の強さよ。気弱な貴族どもはこのやり方で黙るだろう。覚えておけ」
「はい、ありがとうございますっ!」
レミーナは思わずがばっと膝に額がつくまで身体を折った。レミーナ、と隣の殿下が苦笑して身体を起こさせてくれる。陛下も苦笑いをして、妃教育が急務だな、とぼやいた。
「二ヶ月後の新年祭の時だな。王太子、王太子妃の婚約と式日程まで国民に告知する。また同時にイルミ妃の懐妊の知らせも出す。その場で王位継承権は変更しない事も明言するぞ、異論はないか」
「ありません」
承知の後にアルフォンスからの謝辞がないことに陛下は片眉をあげた。
「不満か?」
「いえ。……少し、北の辺境も視野に入れていましたので」
「はは! お前をあんな所まで飛ばすものか! 手元に置いて酢いも甘いも仕込んでからだ。それまでせいぜい働いてもらうよ、アル」
「わかりました」
ふっと息を吐き、瞬き一つした後の殿下はもう前を、未来を見据えて思考しているようだった。
後ろで大きく頷いているクレトにレミーナは振り向いてにこりと笑う。
クレトもパチンと片目を閉じて応えてくれたのだった。




