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65 レミーナ

 



 息が荒くなるのは心が不安に満たされるからだ、と書いてあったのは、なんの冒険譚だっただろう。


 レミーナは壁を伝って歩きながらそんな事を考えていた。まさか自分がそんな本の中みたいな出来事を体感することになるなんて。


「地下がこんなに寒いなんて知らなかった。王宮内なのに息が白くなるだなんてありえないよ……ずっと日光が届いていないのかな」


 今、王都は初冬にさしかかったばかり。レミーナももちろん冬服の制服を着ているので生地は厚いのだけれど、室内なのでこんな寒い場所にくるとは想定していない服装なのだ。


「外套が欲しいくらい。とにかく身体を動かそう。少し走った方がよさそうだよね」


 殿下の声に力をもらって階段を降りていくと、しばらくして緩やかな下り坂になっていた。

 翠の光線はあるけれどそれでもまだくらいし、ゆっくり歩きながら最初の二股の別れ道を教えてもらった通りに右へ歩いてきた。


 最初はこわごわ進んできたけれど、おばけも出ないし虫が出るわけでもない。ちゃんとならされた道で比較的安心できると自分では思うのに、心がきゅっとなってしまうのは暗いのと、やっぱり一人だから。


「ひっとっり! やっだっな! ひっとっり! さみしいよっ」


 壁をぽんぽんと叩いて調子をとりながら軽く走る。右へ、また右へ。そうやって進んでいっていたら、コツリと小石というには少し大きめの拳大の石につまずいた。


「あっ……ぶないー。暗いからわからなかったよ。端によけておこう」


 少し重みのある石を壁に寄せてまた伝っていくと、また、同じような石につまずいた。


「むぅ、石多いなー」


 つま先痛くなるじゃない、とぶちぶち文句を言いながら少し走ると、また。


「…………また石? しかも同じぐらいの大きさで?」


 レミーナはぽつんと立ち止まった。


「なんか……同じ間隔で石につまずくっておかしくない? ……迷った、かな」


 レミーナは上がってきた息を整えながら、しゃがんで石をなでる。


「どうしよう、えーっと、迷った時は地図をみる。だけど、カスパル先生から頂いたものは地下通路のものではないからダメだよね」


 つるつるとした石なのでもしかしたら壁から欠けたものなのかも、と思いながらさみしさゆえについつい話しかけてしまう。


「石さん、石さん、おたずねします。あなたはさっきと同じ石なの?」


 ハラシロさんみたいにチガウヨという声を想像しながら待ってみたけれど、そんな事にはならず辺りはシンと静まったままだ。


「うう、殿下……早くきてほしいって思っちゃ、だめかなぁ……」


 レミーナはしょぼんと石の指先でつんつんと触りながら、小さくため息を吐いた。ちらっと横をみても同じような通路、反対側も翠の線が均等に伸びているだけ。まてどくらせど暗闇でも目立ちそうな金色の柔らかな髪は見えない。


 レミーナは二度目のため息を飲み込んでパチンと頬を叩いたら、傷に触れてしまった。


「あつっ、、ったた……忘れてた、すりむいてたんだっけ」


 淡い翠の光源に近づけて手のひらを見るけれど、血はついてなさそうだった。


「ん。止まっているなら大丈夫。よし、前へ進まなきゃ。背中押してもらえたんだもの、自分で考えて動かないと鬼教官に叱られちゃうよ。それに」


 レミーナは胸元にある小さなポケットに手を当て、かさりと音を立てている書類を確かめながら小さく頷く。


「この先にいる方にあの時の謎を解いて認めてもらわないと。その為には、ここを抜け出さないと」


 よし、いこう! と気合を入れてレミーナはもう一度同じ道を歩きだした。


「ここを右に折れて、その先を……右に。もう少しあるくと……うん、ここも右。もう一回右に折れて……うん、やっぱり同じ位置に石がある」


 先ほどと変わらない位置に同じ形の石があるのを確認したレミーナは、腰に手をあてて大きく頷いた。


「間違いなく同じ道に戻ってきてるわ! 確実!」


 ぱちぱちぱち、と手を叩いて喜んでみるものの、そのままはぁ、と首を落とした。


「ということは右に行くだけじゃダメってことだよ。どうしよう……」


 石がある壁から数歩すすめば、先程は右へ折れた十字路があった。


「今までは右、右って進んでいたから、今度は真っ直ぐ?」


 前を向くが変わりなく永遠と続きそうな暗闇が続いている。壁の両脇にある翠の線はだんだんと細くなり幅も中央に寄って狭く見えているから、きっとだいぶ奥まで真っ直ぐ行かなきゃいけない。はっきりいって怖い。


「吸い込まれそうに続いているの、怖いよ……左にいってみる?」


 左を向くと、わりと近くで左右に折れる二股の道が見えていた。今までずっと先へ先へと道が続いていたのでレミーナは壁の存在に少しほっとする。


「二股に分かれているってことは、その先に何か部屋があるのかも。すこし休めるかな……」


 というか、休みたい。


 感覚的に小一時間ぐらい歩いている気がする。レミーナの足はだんだんと重くなっていた。もし部屋みたいなものがあるのならば、少しだけでも足を伸ばして休憩したい。


 レミーナはふらりと自分の心のままに左の道を歩いていく。

 しばらく歩けば突き当たりの壁がみえて、今度は殿下のいわれた通りに右へと身体を向けた。


 そして別れ道のない長い廊下を歩いていくと、レミーナの想像したように壁の左側に扉らしきものが出てきた。道はその先も続いていて、まさに休憩しなよ、といっているような。


「あ、王宮の扉と同じみたい。よかった、やっぱり部屋はあったのね! ちょっと、ううん、だいぶ古そうだけど」


 比較的大きな取っ手を握ると少しざらっとした感触があった。


「しばらく誰も触ってないのかも。じゃあ風を通さないとね、お部屋がわるくなっちゃう」


 そう言いながらレミーナは思いの外、気軽な気持ちで扉を開けて入っていった。


 ぱたりと閉じた扉の上部に「騎士の回廊」と刻まれている事に気づかずに。


 入った瞬間、回廊の奥からミシリと音がしたことに気づかずに。








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