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54 レミーナとラミラ

 



 尻もちをついてしまったレミーナにあわてたのはグレイだった。鳥が尻もちをつく姿を見た者がいるだろうか、いや、ない。


「レミーナちゃ、ど、どうした?!」


 あんぐりと黄色いくちばしを開けて鏡をみているレミーナは呆然ともいえる声を出した。


「ギ、ギフトが、物ではなくて……」

「うん、何か伝えてきたんだね、大丈夫、想定内。小難しいことだった?」

「いや、あの、殿下? と、陛下が衝突したときの対処法とか、なんとか」


 レミーナがとつとつと話すのに、グレイはがたたっと椅子を鳴らして立った。


「レミーナちゃんっ! それ重要かつ機密事項だから!! 耳かっぽじって一言も漏らさないように聴いて!」

「ひゃっ、ひゃいっ!」


 グレイの剣幕にレミーナも気を取り直してぴんと立つ。そんな二人をよそに鏡の中のラミラは、少し首を傾けながら、困ったことなのよねぇ、とぼやいていた。


『アルはほら、どちらかというと手順を踏んで一つ一つ丁寧にやりたい子じゃない? でもベルナルドは破天荒に気がついたことをどんどんやっちゃう人に見えてしまうの。だからアルが喧嘩腰になってしまって』


「さすがお母さん、殿下の性格、すごいわかってる」


 なんて言ってる? とグレイが身を乗り出しているので伝えると、昔から薬の瓶も元の場所に戻す子だったからなぁ、と腕を組んで大きく頷いていた。


「きっちりしてるのは昔からなんですね。でも、陛下のことを見えてしまうって……もしかして本来はちがうの?」


 レミーナから見た陛下は一度しか言葉を交わしてはいないけれど、冷ややかにこちらを見抜いていてかつ、有無を言わさず振り回していくような人に見えた。


 たぶん、殿下も同じように思っていると思う。狡猾だからっていってたもの。


 レミーナの問いに応えるように、鏡の中のラミラはこちらを真っ直ぐに見ながら微笑んだ。


『きっと貴女の前でもふんぞり返って上からものを言っているんじゃない? もしくは面白そうに笑いながら無理難題を突きつけているか。あれね、ポーズなのよ』


「ポーズ?! どういうことですか、ラミラさま!」

「レ、レミーナちゃん、よくわからないけれどラミラが話すまでまって。落ち着きな? ね?」


 ばさばさと羽を忙しなく動かすレミーナをグレイが手で押さえてくれる。無理に羽ばたかせるとハゲるよ、なんていうからレミーナもぴたりと動きを止めた。


『ほんと性格に難ありな人でごめんなさい。全てわかってやっているの。なんて言ったらいいかしら、こう、自分の言葉に対してどんな反応を返してくるかを見てる人なのよ。わかる? 性格わるいでしょ?』


 笑いながらこちらに同意を求めてくるラミラはなんだか楽しそう。もしかして、とレミーナはある疑問が頭の中に浮かんだ。


「ねぇグレイさん、ラミラさまは陛下のこと、好きだったのかな」

「さぁ、ラミラはここにいる間は何も言っていなかったけれど。ベルナルドも一度も顔を見せなかったしねぇ」

「そうですか……」


 レミーナは少しだけ首を傾けながらまた鏡に目を移すと、ラミラは美しい翠色の瞳を細めながらこちらを見ているようだった。


『あなたは我が国の御令嬢なのかしら、それとも別の国の王女さま? どちらにしてもこれを見ているならばアルフォンスの事で迷われているのよね』


 少しだけ身を乗り出して心配そうにこちらに目を向けてくれるラミラに、レミーナは目の前で対面しているような感覚になる。


『でも、大丈夫。自信をもって? あなたは今、私と対面できている。それにはまずあなたはアルに認められていないと叶わない。そして、グレイに認められないとこれは見られないの。そして最後に、私があなたを認めるわ。

 ラミラ・カペラ・ルイビスとして、アルの母親として』


 語られる言葉が力強い。ラミラはけして薄幸の人ではなかったんだ、とレミーナは肌で感じた。


 三十に届くか届かないかで亡くなったと聞いていた。知らず知らずに静かな大人しい方だという印象をイメージしていた。

 でも鏡の中のラミラは、穏やかだが理知的で、こうやって見ることもない人に向けて話すことができる人。

 アルフォンス殿下に似た、芯のある人だ、とレミーナはラミラのギフトを受け止める。


『アルの事で悩んでくれて、迷ってくれてありがとう。きっとどうしようもなくて、これを見てくれたのよね? それだけで、あなたはアルフォンスの素敵なお嫁さんよ。心配せずに、前へ進んで。あと、思う事があったら、遠慮せずアルフォンスに相談するのよ? きっと一緒に考えてくれるから。今のアルフォンスはまだ十四だけど、こちらが辟易するぐらい口うるさいし世話焼きなの。だから、成長したそちらのアルはもっと頼りになっていると思うわ。その姿を見られないのは残念だけど……』


 一瞬だけ口をつぐんだラミラは少しだけ目線を伏せたが、すぐにこちらを向いて口角を上げた。


『そんなことを言ってもね。じゃあ、また迷った時は声をかけてね。グレイに繰り返し見れるようにして頂いたから。元気で、私の未来の娘さん。また会いましょう』



 最後までにこやかに笑っていたラミラは、とても綺麗だった。美しくて明るくて、殿下に似た、強い、女性だった。




 ****




「レミーナちゃん、終わった?」


 しばらくじっと動かないでいたレミーナは、遠慮がちにかけてきたグレイの声にはっと羽を震わせた。


「あ、はい! おわりました。見させて頂いてありがとうございました」


 レミーナはすっと鏡から一歩引くと、グレイに向かってお辞儀をした。

 その足運びにグレイは目を細めると立ち上がり、鏡をベルベットの赤い布に包んだ。


「ラミラからのギフトはどうだった?」

「はい、とても! とても…………っ」


 レミーナはラミラのようにしっかりと受け答えようとしたけれど、やはり感情をおさえることができなかった。


 こぼれ落ちる雫をそのままに、でもしっかりとグレイをみてうなずく。


「ラミラさまが美しい姿を犠牲にしても残してくれたギフト、大事に受け取ります」

「綺麗だったよ、白髪になっても。アルは怒り狂ったけれどね」

「……そうだと思います」

「一度願った代償は取り戻すことはできない。あの子もわかっていたはずなのに、親子そろって馬鹿だなぁって思ったけれどね。似ているから仕方がない」

「グレイさん?」


 銀縁の美丈夫は軽く頭を振ってレミーナの声には応えず、布で包んだ鏡を木のケースに入れた。


「急速に老いたラミラをみたアルフォンスが何を願ったのかは本人から聞きなさいね。貴女はギフトを手に入れた。すぐに帰らなければ」


 そういわれながらグレイの手の平が目の前にくると、くっと押し出されるような感覚になった。とたんに視界がどんどんと狭くなる。


『まって、グレイさん!』


 いつの間にか来た時のように声もでなくなって、急速に自分が後ろへひっぱられるような感じになった。


 必死に目をこらし前に手を出そうとするのだが、さっきまであった羽の感覚がない。戸惑っていると、グレイさんが軽く手をふりながらこちらを見ている。

視界に入ったテーブルには若草色の小鳥の置き物、そしてケースにしまわれた鏡がみえた。


「鏡は後で送るから心配しないでいいよ。またなにかあったらハラシロに言ってね」


 そんな言葉が脳内に響いたかと思うと、レミーナはふっと意識を失った。







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