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51 レミーナ

 



 結局答えが出ないまま動けないレミーナを抱きしめ、待っていてくれたアルフォンス殿下だったけれど、現実は容赦なく扉の向こうからノックがかかる。


 殿下はすぐに行く、と返事をしつつもレミーナの侍女服を着替えさせ、ルスティカーナ家の屋敷へ向かう為の馬車を用意してくれた。


 でもレミーナは、馬車が来てもなかなか乗り込む気持ちになれなかった。陛下がレミーナに放った言葉が心に刺さっていたから。


 そんなレミーナを見た殿下は元気づけるためか、珍しく軽く笑いながら促すようにドアステップの前までエスコートしてくれる。


「普通に家に帰るだけだ。また仕切り直して明日出仕すればいいだけだが?」

「でも陛下は、覚悟がなければ出仕しなくていいって……」

「それを考えるために、今は帰る。違うか?」

「……帰りたくない」


 覚悟もなくて、まだ自分がどうしたいかも定まっていないのに。


 ここを離れたらもう戻ってこれなさそうでレミーナは心の内を小さくこぼす。

 項垂れて動かないレミーナの頭上に、深いため息がおとされた。レミーナはどきり、と身体を振るわせる。


 呆れた? 子供みたいにぐずぐずしてるから。

 だめ? 甘え? でも、今のままじゃ。


 ぶわぶわと視界が歪んでいくのを止められず、くしゃりと制服のリボンを掴むと、ぱしりとその手を取られた。


「クソ親父が言ったことなど気にせず出仕できる、という姿を見せるんだ、といっても、今は無理か」

「……っでんか……ごめ……」

「謝らなくていい、怒っている訳ではないんだ」

「でも……っためいき……っ」

「ああ、非常に面倒臭い状況にも関わらず貴女が心配で離れられない自分に呆れてため息が出ただけだ」

「……ひどいのか、ひどくないのか……わかりま、せん……」

「ははっ、これでもわからないんだな。かなり明確に言ったつもりだが」


 殿下は本当に面白そうに笑うと、ぽん、ぽん、とレミーナの両方の手をとりながら重ね、優しく大きな手で包んでくれる。


「こうしてみると、今まで私の周りには私の言動を読み取りながら動いてくれる者ばかりだったのだろうな」

「……でんか?」


 静かに語る殿下の声に思わず顔を上げると、苦笑いしながらも澄んだ明るい海空色の瞳がこちらを見ていた。


「貴女と向き合っていると同じ人間のはずだがここまで話が通じないのか、と思う時の方が多い」

「だってわからないものはわからないんです……!」

「そう、そう言ってくれる貴女だから私も気づく事ができる」


 はにかんだ殿下がこつりと額を合わせてきた。


「貴女がどんな答えを出したとしても、私は共に歩く。どんな道を選択したとしても、だ。この私の意思は、あなたの中に届くだろうか」

「でん、か」


 どういう意味? どんな答えを出しても?

 私が、王太子妃になる道を選ばなくても……?

 そうしたら、殿下は。


 レミーナは額を離して、ふるふると頭を横に振る。


「だめ、それはだめです」

「まぁ、反対されるだろうから待たせるだろうけれどな」

「ダメ、ほんと、ダメ! 貴方の代わりはいない」

「いや、あの親父なら廃嫡したとしてもなんとかするさ。そこら辺の狡賢さは信用している」

「だめなのっ! 殿下は殿下だから殿下なのっ!!」

「ははっ! そんな貴女の意味の分からない言動も面白くていい。よく、考えてくれ」


 にやりと笑いながらアルフォンス殿下はレミーナの手を取り、今度こそステップを上がって馬車の中に座らせる。


「ちょっと、ずるい!」

「そもそも私はこういう男だ。知っていたんじゃないのか? 以前の私もこうだっただろう?」


 すました顔が出会った頃の殿下と重なる。

 いつの間にか部屋が用意され、訳がわからないまま一緒に朝食を取っていたあの頃と。


 思わずぷうっと膨らんだ頬をみてふっと口元を緩めた殿下が素早く近づいて、くちびるに触れていった。


「あ、え?」

「じゃあ、また明日」


 そう声がしたかと思うとドアが閉められた。


 すぐに御者に合図がされたのか、呆然としたレミーナを乗せて馬車が動いていく。


「まって、うそ」


 震える手で唇を触る。

 ほんの一瞬でなにが起きたのか分からない。

 でも自分とはちがう柔らかなものが触れていったのだけは唇が覚えていた。


「これ、まさか、わたし、ふぁ、ふぁーすと……うそっ!」


 レミーナはずるずると座席に上半身を横たえて、小さく叫んだ。




 ****





 あれから数時間後、レミーナはルスティカーナ家の自室にある窓際の文机に座って上半身を突っ伏していた。


 もちろんベッドにも伏せてみたのだが、枕に唇が触れるたびに思い出してゴロゴロしていまうのでひとまず机に向かう体で冷静さを保とうと試みているのだが。


「ううう、だめだ、衝撃的すぎて頭が回らない」

『ナニガショウゲキテキ?』

「うわっぷ!!」


 甲高いカタコト言葉が窓際から聞こえてレミーナはがばりと身体を起こす。

 窓側を見ると、茶色い木枠の格子窓からコツコツ、とくちばしでノックしている灰色の羽と真っ白な腹を持つ鳥がいた。


「ハラシロさん」


 レミーナは立ち上がり窓を空けると、冬のひやりとする空気と共にハラシロは室内に入ってきた。灰色の羽を細やかに羽ばたかせ、天井近くをくるりと円をかくように飛ぶと文机の椅子の背に留まる。


『ヒサシブリー ヒサシブリー』

「こんばんは、ハラシロさん。お勤め、ご苦労さま」


 ハラシロさんはグレイさんから送られた小鳥で、一週間に一回、必ずレミーナの元に訪れる。

 言葉を覚える小鳥にしてはすごくおしゃべりで、まるで人間と会話しているように思えるが、グレイさん曰くただの鳥だとのこと。


 でもあまりにも会話が成り立つので、レミーナにとっては気兼ねなく話せる友人みたいな存在だ。


 レミーナは文机の奥にある小さなお皿に穀物をいれると、ハラシロさんの足元に出した。するとハラシロさんはすぐに一つ口に含み、くるっと首を真横に傾けた。


『ナゼー パサパサー? イツモノハー?』

「ごめんなさい、お菓子を作れなくて」


 レミーナの返事を聞いた瞬間、ハラシロはバサバサバサッと羽を羽ばたかせて天井をくるくると回った。


『タイヘンダー! タイヘンダー! グレイサマヨブヨ!!』

「まって、ハラシロさんまで! みんな私がお菓子を作らない事はそんなにまずい事なの?」

『ユユシキジタイ、コノヨノオワリ』

「ハラシロさん、それは流石にいいすぎ……」


 大げさなハラシロにレミーナは肩をすくめるのだが、ハラシロはレミーナの顔の周りを飛びながらグレイサマヨブとくり返している。


「わかった、わかったわ。落ち着いたらグレイさんの顔を見にいってみるから」

「チガウー! イマヨブー! レミーナ、ネル!」

「ん? いま? ねるの?」


 レミーナは若草色の大きな目をぱちぱちさせながらハラシロをみた。すると彼は丸いくちばしでレミーナの髪の毛を一房つまみ、おもむろにベッドの方へひっぱるのだ。


「いたたっ! ハラシロさんいたい! ひっぱらないでっ」

「ネル! レミーナ、ネル! グレイサマ、ヨブ!」

「わかった、ねる、ねるからっ」


 レミーナは髪の毛がこれ以上ひっぱられないよう片手でガードしながらベッドに身体を横たえ、これでいいの? と問いかけながら仰向けになる。

 ハラシロはイイー、イイー、とけたたましく鳴きながらベッドヘッドにとまって身体をゆらゆらと揺らしはじめた。


「オマメガ イッピキー オマメガ ニヒキー」

「ぶふっ、ハラシロさん、お豆はひとつだよ」

「オマメガ サンビキー ハヤクネル!」

「笑えてねられないってば」

「オマメガ ヨンヒキー ネルネルネー」

「直さないのね」


 かたくなにお豆を匹で数えるハラシロが面白くて眺めていると、ハラシロの白いのお腹がゆらりゆらりと玉のように見えてきた。


「ハラシロさんのお腹、まっしろだね……」

「オマメガ ナナヒキー ダカラハラシロー」

「そう、なん……あれ……なんだか」

「オマメガ ハッピキ、キュウヒキ、ジュッピキマデニ、ユメノナカー ユメノナカー」


 ユメノナカーとこだまする声をききながら、レミーナはいつの間にか目をつむっていた。














大変お待たせして申し訳ありません! なんとか年内に出せてほっとしています。皆さまお変わりないですか?^_^


レミーナの心は大いにゆれていますね。そんな時にはグレイさんです! 次回久々の登場! 私も楽しみです( *´艸`)


では皆さまよい年末をお過ごしください^_^

年始、早めにお届けできるようがんばりますね!


なななん

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