34 レミーナ
しばらく続いた爆笑からなんとか立ち直ったドン・ロペス室長が、とにかく座るかと場を取りなしてくれた。
二人がけの長椅子にぶぅ、とふくれっ面したレミーナとアルフォンス殿下が座り、二人の後ろに立つクレト。そして正面にドン室長がどっかりと座るのだが、やはり笑いを堪えているのでなんとも締まりが悪い。
「いや、すまねぇな。滅多にない来訪にびっくりしちまったよ」
「クレト、減俸」
「殿下、おうぼう!」
クレトさんが間髪いれずに後ろで叫んでいるが、今回に関してはレミーナも援護する気持ちにはなれない。
ドン室長が私を襲うだなんてウソついて! 殿下忙しいのに!
「そんでぇ? なんて聞かされてきたんです?」
ドン室長はにやにやしながら殿下に聞くのだが、本人は冷気をまといながらむすっとして黙っている。
レミーナも気になってドン室長と共にクレトさんに視線を向けると、鈍色の髪の近習は苦笑いをした。
「すこしやり過ぎましたね、すみません。
〝レミーナさまとお会いして金庫番の事を話すと走っていってしまった。食われる可能性有り、至急要保護を要請〟と伝えておいたのです」
「く、食われる⁇ ドン室長、人を食べるのです?!」
レミーナは思わずまじまじと向かいの大きな口をみると、ドン室長はぺろりと舌舐めずりをしたからたまらない。
「わ、私、美味しくないですっ!」
「それは食ってみないとわからな……っと冗談が通じねぇお人か、やりにくいったらありゃしねぇ」
にやりとしていたドン室長の顔がレミーナの隣をちらりと見たとたん急に青ざめて、興を削がれたように目をそらした。
それを見たクレトさんがさっと背後からテーブルの横まで出張ってくる。
「あー、あー、すみません。今回は自分の不徳のいたすところでして、殿下その辺で収めてくれませんかねー? レミーナさまのお話し合いも進みませんし?」
そう言っているクレトさんの顔色も悪い。殿下の顔を見ないようにしているみたい。
え、殿下、どんな顔してるの?
レミーナもそっと隣を見上げようとすると、殿下の右手が近くにきて目を塞がれてしまった。
「で、殿下、見えませんっ」
「見なくていい」
ぼそりと言われる声音が吹雪いていて寒かった。
えーん、殿下、まだ怒ってるよ、でもそろそろドン室長とお話ししないと……。今日はこの後、謎解きにも行かなきゃいけないし、忙しいんです!
レミーナは塞がれた右手にそっと両手を当てた。
「殿下、まだお話し合いもしていないのです。意見を言うときはお相手の目を見て話しなさいって、カスパル先生も言ってました。殿下もそう思うでしょう?」
キツいことも、温かい言葉も、アルフォンス殿下はどなたにもしっかりと目を向けて話される。そんな殿下だから、きっと分かっていらっしゃる。
殿下、機嫌をなおしてください。
そんな気持ちでそっと手をさすると、今度は殿下の右手がぴくりと揺れた。そして突然、自分の頭を抱えられた。
な、なに? 今度はなに??
殿下の右手はそのままに、たぶん左腕で頭を抱えられてるみたい。耳まで塞がれて様子がまったくわからないけれど、くぐもった声で手も口も塞ぎたい、とかなんとか聞こえてくる。
やだやだ、そんな事しないでくださいっ! と腕を強めに叩くとやっと解放してくれた。
「殿下、ひどいー!」
「……勘弁してくれ」
「はぁ、それはこっちの台詞だわ」
涙目で抗議すると、なぜか殿下はふいっと顔をそらす。
やってらんねぇ、との声に向かいに目を向けると天井を見上げドン室長がだらしなく背もたれにもたれて崩れているし、立ってるクレトさんはまた横を向いて肩を震わせているし。
なんですか、なんですかー! また私、わけわからず蚊帳の外になってますよぅ。
ぷくっと頬をふくらませて目線が合わない三人を見ていると、ドン室長が長いため息をつきながら、その太い首筋をバシバシと叩き身体を起こしてくれた。
「冬将軍に春の陽だまりってか、仕方ねぇなぁ」
「殿下と私たちには必要不可欠な陽だまりですので、一つよろしくお願い致します」
クレトさんも大きく頷いて、ぴしりと胸に手を当てて略礼している。
殿下だけはまだ気持ちが持ち直さないのか、肘掛けにうでをだらしなく乗せて脚を組んで、何故お前らに要るんだ、と文句をいった。
「殿下と関わらせて頂く精神衛生上の配慮と福利厚生も兼ねておりますので」
きりりと引き締まった顔をして真面目に応えているクレトさんをみて、ドン室長が肩をすくめた。
「寒波がよっぽどキツいんだとよ、殿下」
「それが仕事だ。これで倒れるようなやわな鍛え方はしていない」
「だとしても、寒すぎる、凍えそうで頭が働かないと私に突き上げがくるんですよー。陽だまりとお菓子の死守。これが現在私に課せられた最重要任務です」
びしりとカッコ良さげな事をいってるクレトさんだけど、なんだろう、この違和感。寒い所で働かされているの? だからお菓子を食べたいという事?
「ええっと、皆さん、身体が温まるお菓子が食べたいってことですか?」
レミーナが小首を傾けて問うと、クレトさんはうれしそうに大きく頷いた。
「はい、もう、それで十分です。あ、ごく普通のお菓子で、レミーナさまが作りたいもので結構ですので……って、殿下にらまないで下さいよ。我々には極寒の地で働くための福利厚生が必要なんです」
「ふん、そんなに上手いのならこっちにも寄こせよな」
「ええぇ?! 金庫番の皆さんにもですか?!」
ボールが二つにバターが足りないからとりよせないと小麦粉ちょっと心配だな卵は屋敷のシェフから貰えるからいいけど……オーブン二回転で……できるけど、できるけどさ。
「材料費で今月のお給金飛んじゃう……」
「「「こちらが出す」」」
思わず肩を落として呟くと、三方から同時に声をかけられて逆にひゃいっと飛び上がった。
「あれか? 王宮シェフに掛け合って高級材料もってこりゃいいのか?」
「いや、ドン室長。レミーナさまが使う材料の素朴な味が美味しくてですね。材料はレミーナさまに任せた方がよろしいかと」
「レミーナ、別にたくさん作らなくていい。少しでいいぞ」
うわ、殿下独り占めする気だっ、ひでぇな、とクレトさんとドン室長が顔をつき合わせている中でアルフォンス殿下は、ひどくはないだろ、そもそも私に作るといっているものだ、とすまして応えている。
レミーナもそんな毎回は作れないと思い、じゃあ、と妥協案を提示した。
「材料の調達があるので、用意できたらクレトさんたちとドン室長さんたちにも作りますね。毎回は大変なので、月に一、二回程度になってしまいますけれど。殿下には、私が作りたい時に出来たものをおすそ分けする、で大丈夫ですか?」
「「異議なし」」
「いいだろう」
クレトさんとドン室長が声を揃えて応えてくれ、それをみた殿下がよし、と頷いて立ち上がった。
「これで話はついたな。養護院の件も含めて頼むぞ」
「ああ、どこぞの偉いご貴族さまやお役人さまを丸め込ませれる数字を叩き出してやるよ。後でカスパル老の所にまとめて送ってやらぁ」
「レミーナさま、よかったですね。これで起案ができますよ」
ざざっとレミーナ以外が立ち上がって部屋を出る感じだ。
「え? え? あの、お話し合いを……」
「終えたぞ?」
「面白いもんが見れたしな」
「レミーナさまのおかげです」
男の人三人は頷きあってるけれど、ぜんっぜん分からない!
お菓子でいいの? お菓子で釣れるの?! 〝鋼鉄〟の金庫番さんは甘いもの好きのスイーツ男子でしたっていっちゃうよ??
目を白黒させてご丁寧にドン室長に見送られて金庫番の皆さんがいる部屋に入ると、喧騒がぴたりととまって、全員が立ち上がり目をキラキラさせていた。
「あのっ、おおお菓子を作って頂けるとか!」
「盗み聞、ゲフンゲフン、待機していた者からききました、ありがとうございますっ」
「「「ありがとうございますっっ」」」
レミーナはあわてて、そんな大したものじゃないので、と手を横に振る。
「緊張の中でもたらされるひと匙の甘味!」
「冷たくても温かくてもサクサクでも……想像するだけで今日一日が元気に過ごせます」
「怒涛のハイプレッシャーにも耐えられますっ、ぜひっ」
「「「よろしくお願いしまっすっっ」」」
ざっと頭を揃えて下げられてしまったので、は、はい、がんばります、近いうちに、と思わず約束して金庫番の部屋を出てきた。
なんか、なんだか疲れた……とげっそりしていると、後ろでぼそぼそとクレトさんと殿下が話している。
「存外と外交でもいけそうですね」
「素朴な味でまずは相手を掴むか。いいな」
「なんですか、私は近しい人にしかお菓子は作らないですよ? そんな誰もかれもなんて身がもたな、ねぇ、聞いてます?」
特別、限られた者、プレミア、いいな、なんて話してる。
もー、知らない! 今日はありがとうございました!
レミーナはぺこりと頭を下げるとぷりぷりと怒りながら勝手の知らない廊下をずんずんと歩きだした。
こんにちは、少しずつ日常が戻りつつあります。でもまだまだ気をつけながら過ごしていきたいですね。
熱中症にお気をつけて。
さて、レミーナ、一人で歩き始めたけど大丈夫?( *´艸`) 次回もお楽しみに!
なん




