27 レミーナ
第8回ネット小説大賞 一次通過しました!
螺旋階段を登った先にある二階の片隅に、ぺらり、ぺらりと書面をめくる音が響く。
上の方がアーチ型に広くとられている窓から春の日差しが柔らかく栗色の髪を照らしているのに、若草色の瞳は気づくことなくこめかみに手を当てながらうんうんとうなっている。
レミーナはいま、必死に目を凝らして王宮図書館の広い机に積み上げた何冊もある王国白書を紐解いていた。
「ううー、養護院が十八もあるだなんて知らなかった。えっと、それぞれの人数とお世話する人を把握して、予算を計算する……うう、お世話してる人の人数が書いてないー」
アルフォンス殿下に言われた養護院の食料改善の為の立案をカスパル先生に相談したところ、役人を納得させる具体的な数字が必要だといわれたからだ。
白書には子供達だけの人数しか載っていなかった。しかし実際には養護院の運営で動いている人達はたくさんいる。
管理者、食事の世話をする人、掃除をする人、ポステーラにはいなかったけれど、馬舎を管理する人だっているかもしれない。
「それぞれの養護院に問い合わせなくちゃいけない。これは大変だわ……」
レミーナは予算がつくかどうかもわからない案件のことで、どう養護院に説明したらいいのか悩んでいた。
ぷしゅーとあたまから湯気がでそうになってしまって、ちょっと休憩っ、と身体をおこす。すると、前方に座っている文官たちが顔を上げて次々と立ち上がって略礼していく姿がみえた。
アルフォンス殿下だ。
窓の光を受け、文官たちに頷きながら歩く殿下はまるで王子さまだ。
いやいや、王子さまなの、しかも王太子殿下。なんか最近はすっかり身近に感じてうっかり忘れちゃう。
いけない、いけないと思いながらレミーナも立ち上がり、右手を整え胸に当てて頭を下げた。
「貴女がここに居るのは珍しいな、レミーナ嬢」
声をかけられてから頭をあげ、はい、とレミーナは静かに頷く。
「こちらでしか閲覧できない書物がありましたので」
文官としてのレミーナの応答に殿下は片眉を上げて頷くと、ちらりと机の上をみた。
「養護院?」
「はい、養護院全体の食事事情の改善を求める議案を作成しています」
ふぅん、と気があるのかないのか分からない相づちを打った殿下。
他の文官と同じように頷いてその場を去ろうとされたのだが、殿下の右手がすっと動き、机に広げてある本の一箇所を指した。
「現在の総予算の数字?」
レミーナが思わずつぶやくと、頭上ではぁとため息が聞こえた。
「殿下?」
「まったく、この右手は貴女に甘いな。……現在の総予算の中から食料に当てられている予算を出すのだ。そこから日数で割り、一人当たりの予算額を提示。王都に住まう平民の平均額も合わせて提示し比較させる」
「そうか、平均額で養護院の方が下がっていると説得力がありますね! ありがとうございます、殿下っ」
「私じゃないよ」
「え?」
嬉しくてぱぁっと顔がほころびお礼をいうと、アルフォンス殿下は肩をすくめて右手を軽く叩いた。
「右手が指摘しなければ助言はしない」
「ああ、そういう……でもとても分かりやすくて助かりました」
レミーナは冷たくもみえる海空色の眼と右手にかわるがわるありがとうございます、と改めて頭を下げた。
レミーナの中ではどちらも同じ殿下。
どう書類を作成したらいいのか悩んでいた自分への道しるべ。
なんだかんだいって変わらず優しく接してくれているように思えて、自然と口元がゆるむ。
「殿下は? なにかお探しですか?」
カスパル先生の用事で王立図書館には週に一度、かならず訪れている。どこに何の分野があるかは把握しているので、レミーナはよかったら本を探すのを手伝おうと声をかけた。
「いや、クレトに執務室を追い出されたので散歩がてら見回っているだけだ」
「あー、また仕事ばっかりになっちゃったんですね。じゃあ後ほど執務室におやつを届けましょう。約束通りちゃんと作ってきましたよ?」
「約束?」
いぶかしげに殿下が首を傾けるので、そうでした、とレミーナも思い出す。
「ええっと、前の、右手の殿下と約束をしたのです。お菓子を作ってお届けするって。え? ちがうのです?」
殿下の右手がすっと上がって左右に振ると、もう一つ、とばかり人差し指を一本立てた。
「なんだろ、お届けする、は合ってるみたいですね」
たくさん作ったから大丈夫ですよ? ちがう。
執務室ではなく別の場所にお届け? ちがう。
レミーナは殿下の右手の動きを確認しながら質問していると、殿下がまたまた大きなため息をついた。
「んん? 殿下は分かるのです?」
「まぁな、しかし教えてはやらん」
「相変わらずいじわるですねー」
ぷっと頬をふくらませてレミーナが見上げると、海空色の瞳はふいっと目をそらした。
「相変わらずと言われてもね」
「あ……すみません」
ついレミーナは以前の殿下と変わりなく接してしまう。今の殿下はレミーナと出会って日が浅いのだ。
知らない人から、自分のことを知っているように言われると居心地が悪いよね。
気をつけなきゃ、と口をつぐむ。
そうすると二人の間にはしばらくしんと沈黙が落ちた。
その様子を知ってから知らずか、殿下の右手がすっとレミーナの左手を持った。
「殿下?」
右手の殿下はレミーナの声かけには応えずに、くんっとレミーナをアルフォンスの身体に寄せて自分の腕に沿わせた。
「あ、一緒に、っていう、そういう、こと」
レミーナは思わず空いている右手で口元を隠した。
「……背筋がかゆくなる甘さだ。退散する」
殿下はくしゃりと前髪を搔き上げるとすぐさま早足で歩き出す。
「まって、殿下! 机の上、広げたままっ」
「本棚の陰で聞き耳を立てているクレトがやる。いくぞ」
大股で歩く殿下に小走りで合わせながら、レミーナはうつむいてほてる頬に右手で風を送る。
そんな姿を生暖かい目で見守っていたアルフォンス殿下の近習クレトは、同じ目で眺める文官たちに大きく頷くと手早くレミーナが広げた書物を片付けて二人の後を追った。
こんにちは。昨日はビックニュースでおろおろしていました。
数ある小説の中で一次を通過するとは思ってもよらず、ただただおどろきました。
読んでくださった方、レビューをくださった方、ポイントをつけてくださった方のおかげです。ありがとうございます!
また、感想が私にとって継続して書く大きな力となっていました。
仕事からへろへろで帰ってきた夜、なかなかレミーナたちの世界に入れないときでも支えとなって頂きました。
この場を借りてお礼申し上げます。
物語はまだまだ続きます。
完結までよかったらご一緒にレミーナやアルフォンスと歩いていってくださいますように。
なななん




