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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第五話 浅草ハーメルン
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(11)


 その後は、あっという間に片が付いた。


 警察官である一谷はもとい、伸樹も相当に腕が立つようである。

 真っ先に飛び出た彼は、エルゼにズボンを噛まれて動きのとれぬ男に飛び掛かった。腹に蹴りを食らわせ、前のめりになったところで首に強烈な肘撃ちを叩き込む。

 虫も殺さぬ好青年のような彼の修羅ぶりに、理人も一谷も呆気にとられたものだ。しかしすぐに、一谷もおくれを取るまいと動いた。

 その大柄な身体に似合わぬ速さで、殴りかかってきた男の拳を避けると、相手の胸倉を掴んで思いきり足を払う。見事な払い投げの後、容赦なく男の肩を外して動きを封じるところを見ると、一谷の怒りも相当である。

 理人の方も、学生時代に一谷に鍛えられた喧嘩の腕を存分に振るった。剣術の方が得意ではあるが、徒手の一対一であれば、まあ負けはしない。高身長と長い手足は、こういう時に何かと役に立つ。


 部屋の中には、誘拐犯と思われる男たちが全部で六人いた。

 一谷が三人、理人が二人と倒している間に、伸樹が部屋の隅に拘束されていた子供に駆け寄る。ハンスとエルゼの協力もあって、子供を人質に取られることはなかった。

 手足を拘束された子供達を解放、保護し、犯人達を拘束した後、一谷が警察に連絡して――


 事件はひとまずの終息を迎えたのだった。




***




 理人が一谷に呼び出されたのは、それから三日後のことだった。


 時刻は午後五時、場所は浅草公園の雷門である。

 前回同様、市電から降りれば、雷門近くで仁王立ちしている一谷が目に飛び込んだ。連日の暑さもあってか、上着を脱いで腕にかけている。


「やあ」

「おお」


 挨拶代わりの一言の後、肩を並べて向かったのは有名な神谷バーである。

 吾妻橋に程近い、石造りの大きなビルの一階。明治13年創業の、日本帝国で最初に本格的なバーとなった店だ。

 名物と言えばやはり『電気ブラン』であろう。ブランデーをベースにしており(だから『ブラン』と付くのである)、ジンやワイン、薬草を混ぜて作られた、帝国初のカクテルとも言われている。

 あたたかな琥珀色に、ほのかな甘みと独特の薬草の香りがする電気ブランの度数は、四十五度。舌に痺れるほどのアルコールの強さは、名の通り、電気で痺れるかのごとくである。

 一杯十銭のそれを一、二杯と飲めば、すっかり酔っていい気分になれる。神谷バーに寄って電気ブランをひっかけるのは、浅草帰りの庶民の楽しみでもあった。


 そういうわけで、平日の今日もなかなかの賑わいを見せている。

 洋風のモダンな内装の中、すでに酔って騒ぐ集団の隣を過ぎて、理人と一谷は空いた席に着いた。

 頼むのは電気ブラン……ではなく、普通の麦酒ビールである。二人とも酒には滅法強いが、最初から電気ブランを呷るわけにもいかない。

 つまみの煮込みとカニコロッケを待つ間、一谷は喉を潤すように麦酒を飲む。

 一息つく彼は、いつもより草臥れて見えた。髭は剃り残しがあるし、髪もぼさぼさだ。


「お疲れ様。大変だったようだね」

「まあな。だが、しっかり吐かせてやった。おかげで子供達の行方がわかったぞ」



 ――浅草區付近で起きた、子供達の行方不明事件。


 犯人は、浅草六区でサアカスの活動写真を流していた、活動小屋の支配人達だった。


 子供達を攫った方法は、カホルの推測通りであった。

 流す活動写真に、ある仕掛けをしていたという。

 活動写真の映像の中には、細切れにした別の映像の写真が入っていた。その写真には、まだら模様の服を着た男と、浅草公園の風景が映っていたそうだ。

 まだら男が躍りながら笛を吹き、浅草公園の中を行ったり来たりする写真。

 最終的にひょうたん池の祠、あるいは、望雲閣を囲む林にある小屋から、地下通路を通って、例の地下室――望雲閣の地下室であった――に誘導するようになっていた。

 もっとも、この写真は『見ている』と本人が認識できるものではない。

 ほんの一瞬の映像であり、映し出される白黒の活動写真のノイズにしか見えないものだ。だが、映像を見たことで、意識には残るようである。


「専門家の話じゃ、意識と潜在意識の間の……何とか領域より下を刺激……とか、さぶ、さぶりみなる……?とか何とか言っていたな。まあ、確かに催眠術で暗示をかけるのと似たようなものらしいが」


 よくはわからん、と一谷はざっくり説明を省いた。

 とかく、映像を見て、無意識に人は記憶するらしい。集中して見れば記憶はより強く残り、刺激に弱い子供であれば尚更だという。

 また、活動写真を流す間、超音波に近い高音を流すことで、大人よりも高音が聞こえる子供にはより刺激が与えられた。

 高音と映像を同時に無意識に擦り込むことにより、高音を流して刺激を与えれば、脳の中でも映像が再生する――という反射行動が起こるそうだ。

 これにより、夕刻に浅草公園内に高音を流すことで、刺激を受けた子供達は“まだら男”の幻を見る。

 稀に、映像が強く残り、音が流れなくとも脳の中で勝手に再生されることもあるようだ。ひょうたん池で一谷が二回も出会った少年の症状が、まさにそうであったという。


 こうして、子供達を誘い出し、地下室に辿り着いたところで捕まえて、夜になって連れ出していた。

 攫った子供達は、サアカスや遊郭に売ったり、他県で農夫や人夫、女工や女中として働かせたりしていたそうだ。


 この三日間、一谷含む刑事達は、犯人を徹底的に締め上げて、行方不明になった子供達の消息を聞き出した。

 すでに八割方の行方が分かり、今後は各都市の警察署と協力しながら、子供達を保護していくそうだ。


「それはよかった。みんな、早く家族の所へ帰れるとよいね」

「うむ。……だが、犯人を全て捕まえられていないのが無念だ」


 事件の犯人のほとんどが、かつて活動弁士をしていた者達であった。


 昨今の音声入りのトーキーの普及、また、国内でのトーキーの制作が本格化する中、浅草六区では活動弁士の仕事が少なくなっているそうだ。

 興行主達から強制的に解雇された彼らは、恨みを抱いていた。活動小屋を襲ってやろうと酒場で計画していたところで、ある人物に声を掛けられたという。


 その者こそ、子供達を攫う方法を提案した黒幕である。


 二十代から三十代の、どこにでもいそうな特徴のない男は『先生ドクトル』と呼ばれていた。

 犯人達は彼から暗示をかける方法を詳しく教わり、加工した活動写真と、共に流す高音のレコードももらったそうだ。また、地下通路の存在も彼から聞いたという。

 だが、彼が何者か、名前や年齢すらも知らない。

 そしていざ、顔を思い出して似顔絵を作ろうにも、思い出せないと口を揃えて言うそうだ。

 実行犯となった彼らもまた、まるで催眠術にかかっているようだと、聴取に立ち会った専門家は表現したという――


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