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帝都メルヒェン探偵録  作者: 黒崎リク
第四話 雪子姫は三度死ぬ
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(11)


「私に話とは、いったい何ですか?」


 離れの客間に姿を見せた叶恵は、開口一番尋ねてきた。彼女の鋭い目線に身体は竦むが、由紀子は平静を装ってテーブルに置いた茶器を示す。


「あの、せっかくですから、お茶を一緒にいかがですか。薬草園の香草を摘んできましたの」

「まだ薬草園に出入りなさっているのですか。いい加減おやめなさいと言ったでしょう」

「……申し訳ございません」


 眉を顰める叶恵に、由紀子はぐっと顎を引く。

 叶恵は、由紀子が薬草園の世話をするのも快く思わなかった。由紀子の出入りを窘め、代わりに庭師に世話をするよう言いつけたくらいだ。

 続くかと思った小言であったが、意外にもそれだけで終わる。ため息をついた叶恵が、テーブルに座って由紀子を見上げた。


「お茶を用意するなら、早くなさい。話をしたいのでしょう?」

「は、はい……」


 話を聞く姿勢の叶恵に、由紀子は戸惑う。叶恵を呼び出したのは自分だが、もしかしたら彼女の説教を聞くだけで終わるかもしれないと思っていたのだ。


「……」


 由紀子は小さく震える手を一度ぎゅっと握って、テーブルのポットを取る。

 舶来品のティーカップに注がれるのは、透明な薄黄色の液体だ。ふわりと、りんごのような甘い香りが立ちのぼる。


「……カミツレ、かしら。そういえば薬草園に植えてあったわね」

「え、ええ、そうですわ」


 言い当てた叶恵に、由紀子は内心で驚いた。

 カミツレは西洋から輸入された香草の一種で、一般には出回っていない珍しいものだ。薬草園の主だった先代が、普通の薬草や漢方薬だけでなく、西洋の香草にも興味を抱いて種を手に入れていた。先代が亡くなってから数年は、由紀子が種を蒔いて育てたものだ。

 咲いたカミツレの花を摘んで、四日ほど乾燥させておいた。りんごの香りがするカミツレを使った方がいいと言ったのは、志麻だった。


『雑誌でも書かれているでしょう?雪子姫の話を利用するんですよ。りんごの代わりに、カミツレのお茶で』


 志麻は、お茶に意識を失う薬を入れて由紀子が飲むことで、被害者であることを印象付け、疑いを晴らそうと提案した。

 さらに、叶恵を呼び出して同席させることで、彼女に疑いを向けられると言う。


『家を追い出されて、結婚するのは嫌なのでしょう?だったら、奥様を追い出すしかありませんよ』


 志麻の計画を由紀子は最初こそ断ったが、父に告げ口されてもいいのかと言われて承諾するしかなかった。


 大丈夫、少し眠るだけですよ。眠っている間に、終わりますから。雪子姫のように、周りのみんなが助けてくれますから……


「……」


 志麻の台詞を思い出しながら、由紀子は自分のカップを見下ろした。

 カップには志麻からもらった、即効性のある強い睡眠薬を入れている。すっかりお茶に混ざっていることだろう。

 由紀子が意を決してカップに手を触れたとき、廊下から複数の足音が聞こえてきた。「あなた達、ちょっと何を……!」と志麻の声もする。

 そうして障子を開いて姿を現したのは、栗色の髪の背の高い青年。


「やあ、間に合ったようだ」


 口元に安堵の笑みをのせた千崎だった。




***




 叶恵から電話が入ったのは、二時間前のことであった。


『話があると、あの子から言われました』


 一応お伝えいたします、と淡々とした声の電話は切れた。理人とカホルは支度をし、タクシーを拾って白石邸までやって来たのだ。

 以前通されたことのある離れに向かい、志麻の制止を受けながらも客間の障子を勢いよく開けば、中には由紀子と叶恵がいた。テーブルにはカップが並ぶが、まだ口を付けてはいないようだ。


「遅いですよ」


 離れの客間に足を踏み入れた途端、しかめ面の叶恵に小言を言われた。理人は苦笑を返し、テーブルに近づいた。

 向かう先は、カップを手にした由紀子だ。彼女は突然現れた理人に驚いているようで、茫然と見上げてくる。


「どうして探偵さんが……」

「由紀子さん、そのお茶を飲んではなりません。毒が入っているのですから」

「っ!」


 由紀子の頬が強張るのが見て取れる。繊細なティーカップに触れた指先が震えていた。


「……何を、仰っているのですか。そんな、毒なんて……」

「では、これは僕がいただきましょう」

「え……」


 理人は由紀子手から、さっとカップを取り上げる。顔に近づければ、りんごのような香りがした。


 ……これが『毒りんご』の代わりか。本当に童話に縁があるものだ。


 理人は頭の片隅で呑気に考えながら、薄いカップの縁に唇をつけ――


「千崎さん!」

「だめ!!」


 カホルの珍しく焦るような声とほぼ同時に、由紀子が叫ぶ。立ち上がった由紀子は、理人の持つカップをすんでのところで払い落とした。

 落ちたティーカップは畳の上で一度跳ねて、床の間の柱に当たって華奢な音を立てて割れた。

 しん、と室内が静まり返る。カップの中のお茶のほとんどは零れて、畳にじわじわと吸われていった。やがて、由紀子はその場に崩れ落ちて畳に膝をつく。整った顔がくしゃりと歪んだ。


「ごめんなさい……ごめんなさい、叶恵様……!全部、私のせいなんです……っ」


 由紀子は泣きながら、全てを告白した。

 最初の帯紐の事件は自殺未遂だったこと、それをごまかすために志麻が協力してくれて、第二の櫛の事件を起こしたこと。

 そして、第三の事件として、お茶に意識を失わせる薬を入れていて、自分が被害者になろうとしたこと……。

 ほとんど、理人たちが予想していた通りの内容であった。


「知られるのが怖くて、叶恵様に罪を被せようとして……本当に、ごめんなさい……」

「あなたって子は……」


 泣いて謝る由紀子に、叶恵は眉間に皺を寄せて嘆息する。理人は由紀子の傍らに屈み、ハンカチーフを差し出した。


「ちゃんと話してくれてありがとうございます、由紀子さん。ですが、己を殺めることはやめて下さい。あなたが毒入りのお茶を飲まなくて、本当に良かった」

「……いえ、毒ではありません。入れたのは眠り薬で……」

「その薬は、どうやって手に入れましたか?」

「あ……あの、どうして、そんなことを聞くのですか……?」


 由紀子は涙で潤む目を瞬かせる。答えに迷う彼女に、理人の方から問いかけた。


「志麻さんから、もらったんですね?」

「っ……」


 無言ながらも、息を呑んだ由紀子の表情で答えは知れる。

 理人は廊下にいる志麻を見やった。理人だけでなく、皆の視線を受けた志麻は一瞬たじろいだものの、きっとこちらを睨む。


「いきなり何なんです?あたしは何もしていません」

「では、由紀子さんに渡した薬と同じものを出してもらえるかな?警察に知り合いがいるから、眠り薬かどうか鑑定してもらおう」

「あっ……あたしはただ、お嬢様の力になりたかっただけで……」

「志麻」


 そこで口を開いたのは、叶恵だった。


「あなた、由紀子さんが医学に夢中で縁談も乗り気でない、破談にしようとしている……そう私に言ってきたわね」

「え……」


 由紀子が目を見開き、志麻と叶恵を交互に見やる。叶恵の言っていることが本当であるとわかると、理人が渡したハンカチーフをぎゅっと握りしめた。


「どういうことなの?志麻……」

「あたしは……お嬢様のためを思っただけで……」


 志麻は言いながら、じりじりと後ろに下がろうとする。だが、そこにはカホルが待機している。


「お待ちください、志麻さん……いえ、美千代みちよさん、とお呼びした方がいいですか?」

「なっ……」


 志麻はぎょっと身を引いた。静かな笑みを浮かべたカホルを、何か不気味なものでも見るように恐れる。

 理人がカホルの言葉を引き継いだ。


「志麻さん、あなたのことを調べさせてもらいました。牛込區の神楽町にあるカフェー・クインメリーに勤めていらっしゃいましたね。美千代という名前で」



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