side-A・オユウギ
「ポーン8体の初期配列くらいはわかるけど……ビショップ、ナイト、ルークの並び順って、どうだったか……キングとクイーンはどっちに置けばいいかとか、全然わかんなかったのよね」
8✕8のマス目が描かれたボード、丸い頭のポーンが白8つに黒8つ、王冠頭のキングは白黒1つ、派手な頭のクイーンも同じく白黒1つ、とんがり頭のビショップと馬面のナイトと四角いルークはそれぞれ白黒2つ――
野原六花が異世界で再現したチェスはそんな感じだった。
「並べ方がわからないって……ケアルンアドベンチャーの外伝的作品、ケアルンズパーティーにはチェスのミニゲームがあるよな? チェスどころか、将棋、オセロ、囲碁もある!」
適当に並べられたチェスのコマとボードをきちんと並べなおし、獅子戸大地は言う――
「ケアルンズパーティーじゃ最初から並べられているじゃない――そんなのいちいち覚えていないわ!」
六花はスマホで撮影――しようとしてスマホが起動しないとわかると、慌ててノートに並び順をメモする――
「さあ、異世界で流行らせて大儲けってのが異世界転生アニメの定番! チェス!! でも、流行らせるためにはちゃんとしたルールの把握ときちんとした実力が必要――ってことで、勝負よ! 大地!!」
「吾輩の方が年上というのを忘れてはいないか? まあいい――吾輩の専門がバトルヒューマノイドだけではないことを教えてやろう」
「チェックメ~~ト♪」
「!!!!!!?????」
男子高校生、女子中学生にチェスで敗北する―――――
「う、嘘だろ……? 確かに吾輩は対人戦は少ないかも知れない――が、ゲームでは結構勝てる方だ!! ケアルンズパーティーのチェスでも難易度BerryHardのバウザー戦にだって勝ったことがあるぞ!!」
「私、難易度Extraのライア姫にも勝ってるよ」
「――――難易度Extra!? そ、そんなものがあったのか!? ゲームでの解放条件は!?」
「ネットでググッた♪」
スマホを高々と掲げ誇らしげに宣言する六花。
そこへ、
「邪魔するぞ」
ヌッ! とデカい影がやってくる――
「ん? おお、チャトランガか……なかなか面白そうなことをやっておるな」
「わ、いきなりのぞき込まないでよ、おっさん!!」
「ナパーラさん!」
やってきたのはベリア王国王子ジータに仕える豪将ナパーラ。戦場では豪快にバトルアックスを振るう筋肉ムキムキのスキンヘッドのおっさんであり、ジータ王子を筆頭に、異世界人の獅子戸大地、宮廷魔術師のマジュリッツ、王子の世話係というメイドコンビキュキュとリュリュという、この年若いものが多いパーティで一番の年長者である――
「このチャトランガはどういったルールなのだ? 良ければ教えてもらえるか?」
「チャトランガ……って、このチェスの事? ええっと、これは自分と相手、黒白のコマを交互に動かしていくゲームで……」
六花がチェスのコマの動かし方の説明を一通り終えると、
「ウム、理解した――では一試合、相手してもらおうか――たしかさっきはそっちの嬢ちゃんの方が勝っておったの」
「……………」
ごつい笑顔を向けられ、コクコクと頷く六花――
大地は無言で席を立つ――
「フム……コマの動かし方を教えてもらえるかの?」
ゆったりとした動きで大地が立った席に座り、六花に対面するナパーラ――
そして、
「フム……次のコマで相手のキングを倒せるのであればこう宣言するのであったな――チェックメイト、と」
説明を一通り聞いただけのごついおっさんが、女子中学生を圧倒する―――――
「……ナパーラさん、なんか慣れてません?」
「ウムウム、昔わしがいた所じゃ皆が皆、マイチャトランガを持ち寄って勝負しておったからの! よほどの変わり種を出されても、それなりに戦えるぞ!」
ガハハと笑いながら異世界の男女の背中をバシバシ叩く――
「まあ、わしらの間じゃチャトランガはもっとも賢き者を決める方法じゃったからな!! 戦の作戦を決めるのは、チャトランガの勝利者と決まっておった――」
笑うのを止め、懐かしそうにチェスを見つめるナパーラ――
「ま、こんなコマの動きとかを、きちんと考えられた正統派のチャトランガを見たのはひさしぶりじゃがな――ひどいマイチャトランガじゃと、マイルール上等とか言って勝手に自分有利な決まりをどんどん作るヤカラもおったからの!!」
「そうなの?」
「まあボードゲームは地域差があるっていうからな……六花……主はチェスと将棋の大きな違いを、知っているか?」
ナパーラの豪快な言葉に、やや引き気味の六花に大地が言う――
「え? ええっと、チェスと将棋の違いは……コマの種類とか、マスの数とか? あ、コマが白黒分かれてるって違いがあるか!」
「違う――相手から奪ったコマを――自分の戦力にできるって所だ―――――チェスは白黒分かれているためにそれができない――」
「あ……」
「多分、数ある異世界転生や異世界転移系の物語で主人公がチェスを流行らそうとはする
が、将棋を流行らせようとはしないのは、そこが理解できないからだと言われている――」
「……? 私は、てっきりコマの裏の文字を誰も覚えてないからだと思ってた――私でも将棋のコマの裏は、歩兵のと~ぐらいしか覚えてないもん」
「……ま、それもあるか……言われてみれば我妻も将棋のコマの裏に何が書かれていたかなんて覚えてはいないな」
大地はチェス元の位置に戻しながら言う――
「負けっぱなしは寝覚めが悪いから、ジータ王子たちを呼んできて皆で勝負しようか?」
「その前に、大地殿――あの負傷者が指さした方角に向かわせたそなたのビューティードールからまだ連絡はないのか?」
「何かを見つけたって報告はまだない――」
大地はスマホを取り出す――日本どころか地球ですらない場所では電波なんてあるはずないが――大地のスマホは彼の心をわけあたえられた美少女アンドロイド・リクと、ある程度の距離までなら通信可能なのである――
「そのヒューマノイドと通信するアプリ、私のスマホにもダウンロードできない? 離れた場所にいるケアルンと通信できるんでしょ?」
六花が離れた場所で六花の試合結果で一喜一憂していたケアルンと、この世界で充電も切れて真っ黒の面しか映さなくなったスマホを指さして言う――
「充電くらいなら吾輩の持つ太陽光充電器でできるが――というか、そのヒューマノイドを手買った時についていたたコードで通信アプリをダウンロードしなかったのか?」
「――え? ヒューマノイドを買った時にそんなコードがついてきてたの!?」
「六花――お前はヒューマノイドを玩具の延長上の存在だとでも思っていたのか? まあ、キャラクターヒューマノイドを買っているならそうなるのかもしれないが――違うぞ――――――!」
大地は大仰なしぐさで朗々と語りだす!!
「ヒューマノイドとは、吾輩たち人間にとって友人であり、良き隣人であり、パートナーであり―――――」
「ああ、ああ、ハイハイ、長々とした解説はいいからいいから! ――今、現在は私のケアルンとの通信アプリはダウンロードできないって事でOK、ね!――あ、でも、その充電器は貸してくれる?」
長くなりそうな大地の言葉を途中で遮り、流れで出てきた太陽光充電器をかっさらうい、六花は城の外へ飛び出していく――充電器には太陽光が必要なのだ――
「異世界でもあってよかった太陽チャン♪ ケアルン、ついてきて!」
「わかったよ六花――」
ケアルンもケアルンアドベンチャーに出現するバタリーという空飛ぶモンスターに乗ってついていく……
バタリーには一般的に大量出現する灰色個体と、上位個体たる藍色の個体がいる――
ま、六花はどちらも一体づつしか作っていなかったが――藍色の上位個体を貸してくれたのは六花なりのやさしさ、か……?
「というか、バタリーの色による個体差って……飛行速度じゃなくて耐久性だったと思うんだけどね……」
藍色バタリーに乗って山間を飛行中の美少女アンドロイド、リクはそう思う……
ジータ王子たちが保護した男――この地域の村々とベリア王国王都を定期的に回っている行商人付きの護衛――その一人で、荷馬車が倒れ散乱した積荷の中にいたため、さらわれなかったという。
かろうじて意識をつないだその男は空飛ぶ魔族たちが行商人と仲間の護衛たちを山奥に連れ去っていくのを見ていた。
それは、大陸唯一人間の国であるベリア王国と魔族たちの勢力圏の境目にある険しい山々がある方角であった。
(元々我々の国ベリアは大陸の南東にあります。そして、ここから北西諸島――聖帝国の呼び方になりますが――を渡れば、すぐに聖帝国が支配する中央大陸に着きます)
マジュリッツがなぜベリア王国が大陸唯一の人間の国なのか、大地にしていた説明を思い出す。
(聖帝国の支配者・聖女帝リーザは大陸開放、魔族撲滅を名目に、勇者グレイドを中心とした勇者の軍を組織させ、大魔王レオンガルデの魔王軍と戦わせました。ベリア王国は当初、勇者の軍の本拠地として利用されました)
かつて、大地と共にマジュリッツの話を聞いてはいたが、リクはさほど興味がなかった。
(最終決戦で勇者の軍、そして魔王軍が共倒れになり3年――ベリア王国は、大陸唯一の人間の国として聖帝国と生き残った魔王軍との交渉を続けてきました――)
回想、というものはあまりするべきではないと思う――が、バタリーの速度は思いのほか遅く、眼下に物珍しさがなくなってきているのだから仕方がない。
マスターである大地には逐一目に内蔵されているカメラで情報は送っているので問題ない――通信が切れる所まで行って何もありませんでした~~で帰っても問題ないだろう―――――
「なんなんだぁ!? お前らはぁ!?」
「――――――!?」
バタリーの上で物思いにふけっていたリクは突然声をかけられ困惑する。
「ワタシは今、空を飛んでいるはず!!」
ジャラ―――――
自由に動く鎖を足場にした巨漢が、空を飛ぶバタリーと同じ高さまで上がってきていた――
もちろん、ブロードである!!
「人間かぁ? なわけない!! ――こんなちっこいヤツ、いるはずねぇ!! ……しかも、奇抜な格好だが、どこか作り物めいた美しさがあるぞぉ!!」
ブロードはじっくりねっとり隅々までリクを観察する。
「乗ってる乗り物も見た事がない―――――するってぇと……もしかして、お前は噂に名高いビューティードールってやつなのかぁ!?」




