その1<前編>「手、握ってもいいですか?」
「で、どこまで進展したの?」
新生活がはじまり、朱葉と夏美は通う学校こそ違うものの、近況をやりとりしているし、休みがあえばこうしてお茶もする。
待ち合わせしたコーヒーショップで腰を落ち着けるなり夏美が切り出した。
「進展……」
朱葉が目を泳がせる。
「ちょっと、ここで誰ととか何をとか言わせるんじゃないわよね? イベントでも会って、今度映画でデートだって言ってなかったっけ!?」
前のめりになる夏美に「どこまで……」と朱葉がもう一度呟き、イチゴのフラペチーノを両手で握ってぽつりと言った。
「抱かれた……」
「えっ!」
夏美が両手で口元をおさえる。その目は好奇心で輝いている。
「く、くわしく!」
「先生と……」
「うんうん!!」
「一緒に………」
「うん?????」
すん……と真顔になった夏美が椅子に座り直して言う。
「順を追って聞こうか?」
多分ろくな話じゃないだろうけど、とすでに諦め顔で。
卒業式の翌日、朱葉は合格発表を迎え、意気揚々と桐生に報告しにいった。
先生と、生徒、何か変わるのかなと思っていたけれど、学校で会う桐生は相変わらずだった。「おめでとう」の言葉をもらって朱葉は満面の笑顔になり、「それじゃ、これから昨日の黒板消してきますね!」と言ってめちゃくちゃに泣かれた。(消した)
「どうせスマホに写真とったんでしょ!?」
の問いかけには。
「秋尾を呼び戻して眼レフで撮らせた」
という返事。
秋尾さんはちょっと友人関係考え直した方がいいと思った。マジでマジで。
もう少しゆっくり話せるかなと思っていたけれど、他の生徒も続々とやってくる中では、大した話は出来なかった。
それからさみしさを感じる間もなく、新生活の準備から、ためていたアニメと雑誌の消化、加えて同人活動の復帰のため新刊の作成にとりかかった。
受験中ではあったけれど、『合格したら出るのだ』と自分へ活を入れるためにも申し込んでおいた、久々のイベント。オフ本はさすがに間に合わないけれど、薄いコピー本ならなんとか用意することが出来た。
そして、三月の終わり、イベント当日。
開場のすぐ後、朱葉のスペースの前に、ひとりの男性が現れた。
ボサボサの頭に、分厚い眼鏡と、肩掛け鞄、マジックテープの財布を握りしめて。
「新刊一冊下さい」
受け取った小銭は、握りしめていたからなのか、少し暖かかった。
コピー本を受け取った桐生は、差し入れの紙袋を差し出しながら言う。
「復帰待ってました。……お帰りなさい」
朱葉は少し照れくさそうに笑うと、「待っていてくださって、ありがとうございます。またお会い出来て嬉しいです」と伝えた。
「っっっっっっっっ」
「いや泣くなよ」
わからんでもないが、おかしいだろ。いやこちらとしても常套句でなく心からの言葉だけれど。
ガチで泣いてる桐生は、
「ほんとは、アフター、お誘いしたかったんですけど」
まだ、三月なので、ともごもご言う。
「あと、焼肉は、反省をして……今度は……なんとか……」
「はぁ」
別にいいんですけども。焼肉でも、と思いながら。
「大丈夫だったら、来月の……」
この日に、映画に、と言われた。
前売りのチケットは、もう受け取っていた。
「はい。……じゃあ、また、連絡します」
そう答えると、久々のジャンル仲間が現れたので、さささ、と桐生は去っていく。
ぽつぽつと来てくれる客の対応をしながら朱葉は思う。
(なんだか、気恥ずかしいんだよね)
先生と生徒ではなくなってしまったので、どんな顔をして会えばいいのかよくわからなくて。
でも、書き手と買い手の距離なら、まだ、何も変わっていなくてよくわかるから、安心する、と思った。
30分ほどして人の切れ間にもう一度桐生が顔を出し。両手の親指を突き出して言う。
「新刊最高でした」
「はい、どうも……」
ちなみにもうすぐ咲が入場してくるだろうからそのまえに帰るらしい。別に会ってもいいだろうに、と朱葉は思った。
先生と生徒は、やっぱり難しい。
それから半月が過ぎた。大学生活はぎこちなく、それでも何もかも新鮮にはじまった。友達はまだ出来ないけれど、挨拶をするくらいの人は出来た。連絡先の交換も、ぼちぼち。まだサークルは決めかねているし、様子を見て、バイトだってはじめたい。
何よりそういうことを、夏美もそうだけれど、桐生に相談にのってほしい、と朱葉は思っていた。
(大学の、先輩だし)
もう十年くらい、前だけれど。
そんなことを思いながら、夕方六時前に、朱葉は映画館の前に佇んでいた。どちらかといえば大学に近い、高校からは遠い映画館。
発券機の前、先に並んで待っていると、エレベーターを降りて小走りでやってくる背の高い影が見えた。姿はきちんとしていたけれど、眼鏡をかけていたし、髪をくしゃくしゃと乱して朱葉の隣に立った。
「ごめん、待たせた?」
「いえ、結構並んでるし……はやめにきてよかったです」
「座席の予約は済んでるから……」
会話が、ぎこちない。お互いに。イベント会場でもないから、言葉の使い方もわからなくて。
長く人気のアニメ映画、その最新作だった。今日は公開日だ。本来なら朝一で見たかっただろうが、仕事があるので桐生にもどだい無理な話。
隣に立つ桐生を見上げながら朱葉が言う。
「眼鏡」
「うん?」
「学校でも、かけてるんですか?」
「ああ……」
押し上げる仕草をして。
「なんとなく……。社会人コスを重視してきたけど、教師コスとしては悪くないかなと……」
「ふうん……」
「変だと思う?」
「いえ……」
たまに、眼鏡ないのに眼鏡おしあげるの、気になってたからいいと思いますよ、と朱葉。
「マジか」
「マジです」
そんな会話のあとは、あたりさわりのない会話。
「夕飯は食べた?」
「食べてないですけど、大学の子と軽く甘いもの食べてきました」
「まぁこんな時間だしな」
終わったら何か食べよう、と自然に桐生が言う。
「はい」
軽く、緊張する。それが前評判も高い映画由来のものなのか、別のものなのかは朱葉にもわからない。
チケットを引き換えて、座席に座る。後ろの方の端席だった。
「悪い、ついくせで、端で」
「いいですよ」
宣伝がはじまる前に座る。朱葉の方が、端に座った。いつかとは逆だった。
「ネタバレ見た? 俺は自衛して今日はひとつもSNS見てないけど」
「ちょっとだけ見ました。でも、何言ってるかわからなかった」
エンディングの歌がすごいことしか。あとはまったくわからなくて、とにかくすごい、としか。
「すごい緊張するな……」
と桐生も、朱葉と似たようなことを言った。
予告映画を見ながら、映画泥棒が過ぎたあたりで朱葉が言う。
「あのー」
ドリンクも食事も持ち込まないのが、桐生の映画の作法らしい。それを確認しながら、少しおさえた声で。
「映画中、すごく萌えたら、声あげられないんで。
顔色を、伺いながら。
「手、握ってもいいですか」
そんな朱葉の言葉に、桐生は少し不意をつかれたように眉をあげて。
「…………」
ゆっくりと暗くなる中で、わりと強めに、朱葉の手を握った。
いきなりだったから、少しびっくりした。小さく桐生が言う。
「君に萌えた」
映画がはじまる。
その映画の最中、二人がどうなったかというと…………。
あまりに萌えすぎて、手が壊れるかと思った。マジで。お互いに。
「え????」
「え????????」
ラストのラスト、エンディングのあとまで見終わってから、握った手も離さずに、目を合わせる。
「やばくない?」
「やば、やば?????」
「これはやばいのでは?????」
「え、俺達」
「もしかして、私達」
抱かれてるーーーーーー!!!!!!!(映画の中のキャラに)
がたつかせる身体をなんとか押し出すように、映画館を出て、唐突に、桐生が言う。
「寿司に行こう」
もう時事ネタに触れないっていったな。
あれは嘘だ。
チャオ! ただいま! またよろしくな!




