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■冬から春へ

 カーテンの隙間から陽射しが一閃となって伸びていく。カーテンを開けてベランダに出ると思わず体が震えあがる。右腕にはリルハが両腕を絡ませて体重を預けてくる。


 キリは優しくリルハの頭を撫でるとこそばゆそうに表情をほころばせる。リルハの胸のあたりにできた黒い斑点は彼女から“声”を奪った。


 黒い炎の呪いがキリだけではなく王女たちを確実に蝕んでいた。時間は確実になくなっている。


「早いわね。もう起きていたんだ。朝食ができているから」

 アズミの妻――チオルがドアのノック音の後に顔だけを覗かせて、それだけ伝えると閉めてしまう。


「行こうか」

 リルハは首を縦に振る。

 今日はキリがフユクラードを出発する日だった。


   ――◇◇◇――


 キリを乗せた天神が海の中へゆっくり沈んでいく。次の再会はいつ頃だろうか?

 いまにも雪が降り出しそうな港をリルハは時が止まった状態で見つめている。

「リルハ、港は冷える。そろそろ家に帰ろう」


 アズミがリルハの右肩に優しく手を置かれると、リルハは振り返り小さく頷いた。

 話ができないことがこうももどかしいとは思わなかった。

 

 キリは記憶が引き継がれないことにずっと悩んでいたようにあった。彼と同等とは思わないが、きっと孤独を感じていたに違いない。


 それと似たような体験をしているのかもしれない。


 待っていたであろう車に乗ると外がいかに寒かったかを理解する。

「寒かったでしょう?」

 チオルが顔が真っ赤になっているであろう二人を見比べながら笑顔を浮かべている。


「ああ」

「大人げないんですから。あの場で再戦を求めるなんて」


 アズミは少し顔を引きつらせる。それから口がもごもご動くが、敢えて言葉にはしなかった。


「負けず嫌いなお兄ちゃんねぇ」

 チオルがリルハに笑いかけた。困った兄だと。

 アズミが再戦を申し込むなどよほど悔しかったのだろう。


「次の再会までに祈りを捧げなければならないのでしょう?」

「天玉照の復活のためだな。あの岩が重要なパーツだとは思えなかったが」

 ずっと鎮座していた――その存在と理由はこれから明かされるはずだった。


   ――◇◇◇――


 対峙する欠月と蒼天龍の二機。

 欠月は右腕を覆っていた衣を剥ぎ取り、天へと高らかに放り投げる。布は風に揺られながら天空を泳いでいく。


 それが戦いの合図となった。

 蒼天龍は光振刀を宙に放り投げて両手に持った鉄扇――旋風を広げて、くるりと舞いながら迫ってくる。


 右から左へ振り抜けられる旋風を横転で躱し、回りこもうとするも旋風の一閃が追撃してくるのを体を下げてやり過ごす。


 欠月は右足を摺り足で踏みこみながら光振刀を下から上へ振り抜く。そこからいつの間にか旋風を光振刀――霞に持ち替えて振りかぶってくる。


 それを互いに体を反らして機体をすり抜けさせながら、欠月はもう片方の光振刀で追撃をかけると、旋風の軌道は変わって視界から隠していた霞の刃が煌めく。


 その刃が右斜めより袈裟切りを入れてくるのを左足を踏みこみながら軸にして右方向へ逆時計回りにターンを入れて斬撃を躱す。


 双方はそんな動きを絶え間なく続けるのであった。


   ――◇◇◇――


「踊っているみたい……」

 欠月と蒼天龍の戦いを見てうっとりとした様子で誰かが呟く。


「キリは四国の人神機と戦う趣旨を理解したようね」

 レイアは戦いの行く末を見守っているとシンクが問いかけてくる。


「戦って勝つ。単純なものじゃないのか?」

「戦争が興行化したのは戦火を抑えて被害を小さくするためでしょ。そうなると一定の制約は必要になる。これは履修でもあるのよ」


「だが、ルディの剣舞を破る必要はあるんだろう?」

「その通りよ。やり方は二つ。相手の動きを止めるか、あるいはどちらも止めないか」

 いまのところは後者のほうで推移している。


「どちらにしても終わるわよ、もうじきね」


   ――◇◇◇――


 蒼天龍の一撃を欠月が光振刀で受け止めると刃がかち合って青白い火花が飛び散っていく。

 その瞬間に右腕を振りあげてもう一本の光振刀を宙へ放りあげる。


 そこから右腕を振りおろすと欠月の首を狙って後方から飛んできている旋風に刃を突き立てて落とす。


 霞の横一閃を欠月は光振刀で右手を添えて両手で受け止めて、刃を根元のほうまで滑らせる。するとその力を受け流す形で霞の刃をくるりと返して、刃の腹で弾き飛ばそうとするのを欠月のほうも刃を返して腹の部分でかち合わせる。


 そこから互いに刃を引いて蒼天龍は旋回しながらもう片方の手にある旋風で斬撃を繰り出す。それを欠月は光振刀の腹で一瞬受け止めて、斜め右方向へ受け流す。


 蒼天龍の左脇がわずかに空き、そこへ欠月は光振刀を手放して一歩踏みこむ。さらに霞を握った右腕が迫ってくるのを右手で手首の部分を掴んで引き寄せつつ、空いた左手を手刀にして蒼天龍の手の甲に当てると霞が手から落ちる。


 そこから欠月は両手で手首を掴み、くるりと背中を向けて左足を踏みこむとあとは両手を引くだけで蒼天龍は浮きあがり宙を舞う。


 そして背中を地面に叩きつけられたのだった。

 勝敗の決した瞬間である。

お読みいただきありがとうございます。

引き続きよろしくお願いします。

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