■戦艦紀ノ
『こちらナーツァリ軍所属艦の紀ノ。私は艦長のオノヤマ・マコナです。お二方には投降をお勧めします。もし抵抗をするようであれば戦闘行為も辞しません』
抑揚のない声で降伏勧告が行われる。
『どうするんですか?』
軍艦には人機が複数体搭載可能になっている。戦闘になれば人機が複数出てくる可能性がある。この状態で戦闘にでもなれば勝ち目はまずないだろう。
しかしキリはレイアからティユイを逃がすように命令を受けていた。
「ティユイ、君はいま送った場所に向かってくれ。ここは俺が食い止める」
キリは位置情報をティユイに送る。もう間もなくこちらの旗艦である天神が向かっているはずだ。接触を少しでも早める必要があった。
『大丈夫なんですか?』
心配そうにティユイは訊ねてくる。
「正規軍が相手なんだ。死にはしないよ」
――だから行ってくれ。ティユイに呼びかけると渋々といった様子でキリに背を向けて目的地へ向かっていく。
「……本当に大丈夫なの?」
手足を縛られた状態のケイカは不安そうな表情を浮かべる。
「嘘は言っていない」
「軍隊は戦争をするための集団じゃない。人殺しだって命令だったらやるんでしょ」
「軍隊は人殺しの集団じゃない。コックピットを狙っただけ厳罰なんだ。それを海皇が承認した法の下等しく守っている」
――それに。とキリは付け加える。
「負けると決まったわけじゃないだろ」
そういうのは負けるヤツのセリフだろとケイカは白けた表情になるのだった。
――◇◇◇――
『こちら第一三独立部隊所属の人機隊パイロットのシキジョウ・キリだ。投降はしない。繰り返す――』
「勇ましいですねぇ」
――困りました。と言う割には眉一つ動く様子はない。左手は杖を持ち、右手人差し指を頬に当てている。
年齢で言えば一六歳ほどだろうか。赤い軍服をまとい、艦長の証である帽子を被っている。物静かで凜とした雰囲気をまとい何を考えているかを計り知ることは難しい。
「マコナ艦長、どうするんですか?」
白い軍服。長い髪の後ろを二つお団子にして結いあげた少女がマコナの横に立った状態で訊ねる。
「こちらも一機しか搭載していないのがバレたのでしょうか?」
佇まいや所作はゆったりながら気品を感じる。
「それはないと思いますが、どうします?」
「ホノエさんに対応してもらいましょう。戦艦では木っ端微塵にはできても捕らえることはできません」
――あまり好ましくはないですが。と画面に映る石汎機の姿を見つめながらマコナはつぶやく。
「どうしてです?」
「ホノエさんの実力は疑うべくもありません。相手が如何ほどの実力かはさておき一対一という同条件。となれば最終的には勝負の趨勢を最終的に決めるのは運」
「運に身を任せると?」
「仕方がありません。実は条件に差はないということです。では、我々はどうでしょうか?」
とは言えだ。これは言葉遊びのようなもの。おそらくホノエの腕ならば問題ないだろう。相手がよほどの実力を持っていない限りだ。彼は手心を加えるという高等技術が使えるのだ。
つまり相手に不快感を最小限に抑えて勝利を収めるができる。勝つにも技術が必要だ。ない者は制約に頼らなくてはならない。だが、世にはそれを必要としない者がいるのだ。
――◇◇◇――
「焔朱雀じゃないか……」
キリは愕然とする。深紅を基調とした機体の瞳には意思が宿っている。それは人神機の証でもある。
「何なの? 強いの?」
「もちろん強い……」
五つの国にはそれぞれ一機ずつ象徴となる機体が存在する。焔朱雀はナーツァリ国を象徴する機体となる。
その繰者が只者ではないことを疑いようがない。
「武器は川蝉――槍斧か」
焔朱雀は槍斧を構える。それでケイカは何かに気がついたようで口が動く。
「手強いよ」
「わかっているよ」
焔朱雀は盾を腰の後ろにマウントするとバックパックに装着してある斧を石汎機に向かって投げつけてくる。
石汎機は盾を前面に掲げると投げ斧の刃がガリガリと右斜めに切り傷をつけて、あさっての方向へ飛んでいく。
それから焔朱雀はずっしりとした槍斧を構える。石汎機を捕らえて放さないはずの穂先が時にゆらめく。
「……誘っているわ」
ケイカが息を呑む。打ちこんでこいと相手は言っているのだ。
「打ちこんでいったほうがいいかな?」
「それが理解できないなら逃げることを勧めるわ」
その言葉でキリはすべてを察する。
「……時間稼ぎをしないといけないんだ」
キリは何とか奮い立たせようと自身に言い聞かせる。ケイカは眉根を寄せて呆れている様子だった。
キリは覚悟を決めると石汎機を前進させて焔朱雀に斬りかかる。それを槍斧で受け止められ押し返される。
「手強い……!」
「ほら。言わんこっちゃない!」
焔朱雀が追撃をかけてくる。槍斧の早く細かい斬撃を繰りだしてくる。それを剣で何とか受け止めるも衝撃によって後方へよろめかされる。
「キリ、後ろ!」
「え?」
飛んでいったはずの斧が回転しながらこちらに向かってくる。盾で何とか受け止めるも気がつけば槍斧の先端がいつの間にか喉元に突きつけられていた。
『石汎機のパイロットに告げる。まだ抵抗するかい?』
「……いや。降参だ」
隣で「やっぱりね」とばかりケイカの嘆息が聞こえる。キリは「ほっといてくれ」と苦虫を噛み潰したような表情になるのだった。
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