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離れに住む妻が手紙をくれた(上)

上中下 連続投稿です



 朝起きると、支度もしないうちから執事のジョンが手紙を持ってきた。ジョンは本名だ。だいたいの貴族は覚えるのが面倒くさくて襲名制度を使っている。だが、わがウィロースリーブ幽冥卿家では召抱えている者達を、執事から厩番に至るまできちんと個人として扱っている。彼等が私を個人として扱っているかは、少し疑わしいのだが。


 ジョンは済ました顔をして、ピカピカの銀盆を差し出した。


「ありがとう」


 ジョンは無言で頭を下げて、一旦部屋の外へ出る。


 表書きは、大きく伸び伸びと書かれている。差出人は見なくてもわかる。離れに住んでいる妻からの手紙だ。離れは門番館と呼ばれている。

 思わず口元がにやけてしまう。少々お行儀が悪いけれども、寝巻きのままで封を切る。




「大好きなわたくしのグレアムへ」


 ただの挨拶だが、心を込めて書かれている。


「お元気でお過ごしでしょうか」


 昨晩あったのに。もう心配なのか。可愛いな。


「わたくしは素敵な夢をみましたよ」


 うんうん。私でも出てきたかな。


「ヴァッサーゼーを覚えてらっしゃる?」


 ああ!あの日を夢に見たのか。私も見たいな。あの日の空はよく晴れて、君の瞳みたいに青く澄んでいた。


「チェスターとグレアムと、3人で出かけた」


 チェスターはまだ3歳だった。君とそっくりな青い目をキラキラと輝かせていたっけ。髪の毛はまだ薄かったけど、私と同じ黒く渦巻く髪質は、もうもじゃもじゃし始めていたなあ。


「あの日は乗らなかった船に夢では乗っておりましたわ」


 なんと!それは楽しそうだな。

 君の優しい栗毛が川風にそよぐ姿が目に浮かぶ。


 君が私の瞳に似ていると言った深緑色の、川に住む巻貝がいたな。あれは小さいがしっかりと詰まって弾力のある肝が美味しいんだ。バター焼きでもオイル蒸しでも、濃い味付けで煮込んでもいい。なんて名前だったか。食べたくなってきたな。そろそろシーズンだ。



「チェスターは泣いていやしませんか?」


 あいつも、もう15だ。そうそう泣かないさ。


「魔力発現熱をまた出したんじゃないかしら」


 いや、昨日のはただの風邪だ。小さな子供じゃあるまいし。心配しすぎだ。可愛いな。


「グレアムに似て魔力がとっても強いから」


 君と私の子供だからな。魔力エリートというやつさ。


「早く制御が上手くなるとよろしいのですけれど」


 いやいや、けっこう出来てるぞ?なにしろ西の竜巻卿ダスティカート家の君と、北の幽冥卿ウィロースリーブ家の歴史的縁組が生んだ天才児だからな!



「そういえばチェスターの作った魔法(せき)はご覧になって?」


 ああ、課題のやつだな?あれはもう一息だったな。


「魔力の硬め方がちょっと雑でしたね」


 そうだな。でもちゃんと石みたいに固形化するのはできてたぞ。変な形だったけど。


「思ったんですけども」


 なんだい?ベティ。


「魔法石を置いておけば、わたくしが門番をしなくても良いんじゃないかしら」


 なんと!それは名案だな!

 そうだよ。

 ベティの魔力に鍵の適正があるというだけだもんな!魔力を固めて置いとけば大丈夫かも知れないぞ?

 ベティ、天才!

 かわいい。

 さすが私のベティさん!


「今夜実験してみたいのです」


 早速か。素早いのも素敵だよ。


「今日、魔法石を作るから、ご覧くださる?」


 魔法石のチェックだな?お安い御用だよ。

 よし、今すぐ着替えてそちらに行こう。


「お会いできずに寂しいわ」


 昨夜会ったけどな。もう寂しいんだな。可愛いな。昨日の真夜中に離れの門番館から私が弾き出されて以来か。


「魔法石を置く実験が成功すれば、もう離れなくてすみますわね」


 真夜中から夜明け前の時間には、鍵として適正がある魔力の持ち主以外、門番館には入れないからな。毎夜寂しい思いをさせてすまない。


 それ以外の時間帯は、誰でも入れる。ただし、鍵のお役目がある者は離れに幽閉状態である。外にはでられない。こちらから訪ねて行くしかない。


「お義母(かあ)様から引き継いで、もう何年経ちますかしら」


 人ならざるものの世界に繋がる幽冥門を開けさせないように守る番人は、ウィロースリーブ家の役目なのに。血縁ではないベティに適正があるなんて不思議だよな。


 母は遠縁から本家に嫁いだから、血縁だった。その前は祖父が当主自ら門番の任についていた。歴代の門番は皆、ウィロースリーブ一族の血縁者だ。


「チェスターの適正を調べに行った離れで、まさかわたくしが選ばれるなんて」


 あの時は本当に驚いたな。血縁ではないから、門番館に近づくことさえ君には危険なのではないかと思っていたのに。


 母と君は、あの時までは手紙でしかやりとりがなかったね。母が、チェスターに付き添わなくても大丈夫だと、君が幽冥門に近づくことを心配していたのを覚えているよ。


「共通の性質はなんなのかしらね」


 それが解明されれば、1人に負担をかけなくてもよくなりそうだな。



 魔法石を作るのに使う魔力だって馬鹿にならない。もしも魔法石で鍵の役目が代用出来たとしても、それを作るのが1人だけの仕事なら、負担は変わらないんじゃないかな?


 共通の性質を持つ者たちが分担して魔法石を作れば負担は減る。魔力の持つ性質には適正があっても鍵として必要なだけの出力を出来ない人が、何人も見つかるかもしれない。その人たちに魔法石を作って貰って集めれば、ベティの持つ魔力量に届くだろう。


 魔法石での代用とは、たいした発想をするじゃあないか!やはり君はよく気がつく嫁だ。可愛いな。



「お義母様にも魔法石を作っていただこうかしら」


 そしたら魔力の性質を比べられるか。


「2人の作った魔法石を比べてみることはできるかしら?」


 できるぞ。

 おそらくな。

 よし、すぐに取り掛かろう。


「それじゃ、朝ごはんでね」


 うん。すぐ行くよ。


「大好きよ。あなたのエリザベス」


 私も大好きだよ。私のベティ。ああ、可愛い。




 普段着に着替えて、ベティからの手紙は大切に隠し(ポケット)にしまう。それから私は、先ずチェスターの様子を見に行った。昨日は熱を出していたが、今日は調子が良さそうだ。


「母上と朝食をとるかい?」

「いえ、まだ感染(うつ)してしまうかもしれませんから、やめておきます」

「そうか。じゃあ行ってくる」

「はい」

「消化に良いものを準備して貰うからね」

「父上、ありがとうございます」


 慎重だな。先代の血がでたか。私もベティもどちらかというと行動してから考えるクチだ。



 さて、門番館に着いた。今日はベティとふたりきりで朝食をとる。父母はチェスターと食べるそうだ。チェスターは風邪をうつすことを心配して辞退した。だが2人は押し切ったのだ。孫バカなので、1人の食事が忍びないのだろう。


 私たち夫婦は魔力が強すぎて、それに耐えられる子供以外は生まれることができない。今のところチェスターはひとりっ子だ。先代夫婦であるわが両親には、それが不憫に映るのである。



「おはよう、グレアム」

「ベティ!」


 きちんと結い上げた栗色の髪が、上品な紺のドレスに映えている。私の妻は世界一美しい。


「ベティ」


 とりあえずおはようのキスをする。


「おはよう」


 もう一度キスをする。


「昨日もお役目お疲れ様」


 妻の温かな身体を抱きしめて、生きていることを実感する。昨夜も妻は、この細い身体で無事夜の幽冥門を守り切ったのだ。


「うふふ、おはよう」


 妻も私にキスしてくれた。


「みんな変わりない?」

「昨日会っただろ?」


 私は妻の心配性に呆れる。


「そうだけど」


 不服そうな妻の小さな鼻をちょっと摘んでやる。妻は軽く私の胸を打ち抗議した。


「まあ」

「さあ、ご飯にしよう」

「そうね、早く食べましょう」


 妻の腰を抱き、玄関の扉をくぐる。淡い草色のカーペットを踏んで、食堂へ向かう。食堂の壁紙は水色と薄緑のストライプだ。所々に白い小花が散っている。真っ白なテーブルクロスには、地紋に入った唐草模様が微かに浮き出している。


「今朝はハムと卵かい」

「ええ、果物はグレープフルーツにクランベリーよ」


 狐色に焼き目を入れた真っ白なパンが、籠に盛られてほかほか湯気を立てている。


「試しに一個だけ作ってみたんだけど」


 席に着く前に、ベティが緑色の魔法石を渡してきた。


「そういえば、母上も緑系統の魔法石を作るね」

「私のは若草色で、お義母様のは濃い青緑ね」


 魔法石とその色については、まだわからないことが多い。わがウィロースリーブ一族には赤い石を作る魔力を持つものが殆どだ。しかし、一族に連なる母の魔力は、固めると濃い青緑になる。


祖父上(そふうえ)は芝生のような明るい緑だったっけ」

「得意な魔法はどうかしら?」


 妻が得意なのは、クリークという魔法だ。乾燥した場所に小川を出現させる。湿地や豊かな森では出現させられない。乾燥した土地だけに出現させる魔法だ。


 母が得意なのは、ヒーターという魔法だ。空気を適度に暖められる。空気だけを暖めることができる。食べ物や飲み物は暖かくならない。


 先々代当主であった祖父は、フレンドリーという魔法が得意だった。魚と仲良くなれる。特に役には立たなかった。


「傾向はないねえ」

「とりあえずは、緑の魔法石を集めてみる?」

「ベティの家には魔力が緑の石になる人いる?」

「うーん、どうだろ?」


 ベティの実家であるダスティカート家は、たしか殆どの人間が青い魔法石を作る。


「誰かいたような気もするけど」


 ベティが緑色の魔法石を作っても、今まで特に騒がれたことはないという。私も魔法石の色は全く気にしていなかった。子供の頃、祖父と母が赤くないのは不思議だった。だが、誰も何も言わなかったので、そういうものだと思うようになったのだ。



「ウィロースリーブ一族史を読んでみるかあ」

「ひとりで?」


 妻の目が丸くなる。ウィロースリーブとダスティカートは、起源不明の古い古い家柄だ。ウィロースリーブが代々伝える浄化の指輪と幽冥門、そしてダスティカートに歴代伝わる生命の腕輪と(とき)(いわ)。どちらも謎の存在だ。


 実は、何に使うのか全くわからない指輪と腕輪。人ならざる世界に繋がるという幽冥門。過去や未来の旅人が現れると言われている刻岩。どちらも未知の存在が現れるのを確認したものはいない。少なくとも記録が残されている範囲には。


 調べていくのは、とりあえずウィロースリーブ一族史だけだ。それでも専用の資料庫が別棟で建てられている程の量がある。最初期は手描きの巻物である。取り扱いにも注意が必要だ。



「それはおいおい調べていくとして」


 妻は資料庫を思い浮かべたのか、額に横皺を寄せてため息をつきながら提案する。食後の紅茶が用意され、相談もそろそろまとめに入る。


「今日はわたくしとお義母様ができる限り魔法石を作って、あちこちの部屋に置いてみましょうよ」


 人間1人が1日に放出する分量の魔力というと、相当な量なのではないだろうか。


「そんなに魔力を石にしてしまって大丈夫かい」

「それは多分大丈夫よ」


 妻よ、根拠はなんだい?


「お医者様を呼んでおこう」

「そうね」


 やはり根拠はないんだな。


お読みいただきありがとうございます。

続きもよろしくお願いします。

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