隷属
「で? なんでこうにゃるの?」
冒険者ギルド長、ホワイティーが眉根をよせて俺に聞くが、俺に言われてもなぁ。
襲われたいきさつは話したし、ハーヴェイが死んだのも自業自得だし。
でもオルファンさんの屋敷に向かうのはためらわれた。なにせこの件の首謀者が誰なのか? さっぱり分からないからだ。彼が裏で糸を引いていたとしても全然おかしくない。
しかし何故俺たちなんかを狙ったのか? そこが不可解だった。
しばらくすると、オルファンさんの代理の者が、冒険者ギルドにやって来た。ホワイティーが連絡を入れたらしい。彼らはすぐさま積荷の乗ったハーヴェイの馬車を調べだす。まあ疑われるのもいたしかたない状況か?
だが身の潔白を証明するために、積荷にはいっさい手を出していない。もちろん巨人の涙と呼ばれるあの石にも、袋にすら触れていなかった。
「確かに、積荷と遺体の確認は済みました。後は彼女達ですが」
気絶から覚め、事情を調べられたエナとサエは、ギルド地下にある牢獄に入れられている。
だがハーヴェイの客人として護衛任務を受けた時から、この街に来た時までの記憶はあったが、オルファンの館に来てからの記憶が無いという。
狐につままれたような感じといい、オーラを見た感じといい、嘘をついているようには感じない。それはウールルも同じで、
「もはや彼女達の中に不自然な気配は感じられません。もっとも人間の感情などは移ろいやすいもの、はっきりと言えるものではないですが」
とみたてた。ギルド長としても、これ以上彼女達を断罪するわけにもいかず、かといって無罪放免とするにも難がある。という訳で、オルファンさんの裁決を待とうとした訳だが……
「カミーノ様達も共に、我が主の館においでくださいませんか? この度のお詫びを、主人自ら謝りたいと申しております」
礼儀正しくお願いをされたが、断る選択肢は……無いんですね? ギルド長たるホワイティーがオルファンさんの代理人の後ろから、首をウンウンと振りまくっている。そこまでされなくても、
「分かりました。こちらの正当性をキチンと考慮していただけるのでしたら、こちらこそお願いしたいところです。こんな事になった原因もハッキリしたいですし。ところで保証人として、ギルド長もついて来てくれますよね?」
ティルンが強引にホワイティーを巻き込もうとした。うまい! 彼女が来れば、ギルド全体を巻き込める。そうすればそうそうヘタな事もできないはずだ。
「ちょっ! なにを勝手な事を言うんにゃ? 私は関係ないにゃ」
「いえ、この依頼はホワイティーさんから直接受けましたから、あなたにも責任が発生すると思います。それにこの件は一冒険者パーティーが受け持つには荷が過ぎると思いませんか?」
おお! ティルンちゃん、いやティルン姉さま、頼りになる〜! 俺は黙ってうんうんとうなずくだけ。だって下手なこと言ったらジャマしそうなんだもん。
オルファンさんの代理人も、
「それはそれは、主人も喜ぶと思います。今回の件では、ホワイティー様の顔もつぶしたと、たいそう気にかけてましたから」
と助け舟を出してくる。こうなっては……
「そうかにゃ? ではしかたない。少し準備するから待っていてほしいにゃ」
と奥に引っ込んでしまった。
やった! 彼女を巻き込んでしまえば、そうそう変な流れにはならないだろう。まあ相当な豪商らしいから、一ギルド長などなんの盾にもならないかも知れないが……
「待たせたにゃん」
と優雅に現れたホワイティーを見て、代理人を含めた、その場の皆が息を呑んだ。
全身を覆うぴったりとしたボディースーツには見事なプロポーションが映し出されている。所々甲殻で補強されたその姿は、正に黒猫といった風情だった。
頭にはゴーグルのようなガラス状の仮面を被っている。あれを下ろすと、顔の上半分が覆われそうだ。
黒手甲を上げたホワイティーが、
「それじゃぁいくにゃ」
と言うと、その後ろで黒に覆われたシッポがたゆんと揺れる。ホワイティー姉さん、あなた……ナイス・バディの持ち主だったんですね! あゝ、来てくれてこんなに嬉しい人もおるまい。神様、あ、この場合はこの世界に連れてきてくれた輪廻の女神様か……ありがとうございます!
黒ボディースーツに包まれた、ボン・キュッ・ボンッのワガママボディーを食い入るように見つめる俺に、
「何ジロジロ見てんのよ! やらしい!」
とティルンがたしなめると、
「ワンッ!」
とディアにも同調された。いや、代理人の方もついつい見事なヒップに見入ってますからね? 健康な男の子ならしょうがないんじゃないかな?
「お前達、私のいない間をしっかり頼むにゃん」
と言うと、目をハート型にした男性職員達が、
「はいっ! いってらっしゃいませホワイティー様!」
と声を合わせて送り出した。そうか、このギルドは彼女の好みに合わせて作られた組織だったんだな? 黒ボンテージにかしずく角刈りマッチョ達、鞭こそ装備していなかったが、女王様という言葉がこれほどしっくりとはまるシチュエーションはないと思う。
代理人に連れられて、再度訪れたオルファン邸、その応接間には、すでにオルファン当人が待っていた。
「この度はとんだ事になってしまい、申し訳ありません」
まずは着席をうながされると、あらためて最初からのいきさつを聞かれた。
正直に全てを話すティルン、所々で証拠となるハーヴェイの遺体の状態や、エナとサエの証言を加える。
うなずきながら聞くオルファンさんは、
「それはそれは、大変危ない目にあわせてしまい、申し訳ありませんでした。こうして商品は無事回収できましたし、あなた方のおっしゃる通りの状況証拠もございます。なによりハーヴェイ氏の体に残る魔法陣、ただ今当家に滞在されている呪術師に見させていますが、何やら邪悪な魔力の痕が見えるとの事。呪いを受けていたようですな。あの女達も、それに連動した呪いがかけられていたようです」
なんでも奴隷なども商う関係上、刻印の呪いを扱う呪術師を雇っているらしい。側に寄ってきた使用人のささやきを聞いたオルファンさんは、
「当人達の証言が得られました。こちらにお呼びします」
と言うと、手を打ち鳴らした。現れたのは、エナとサエ、そして後ろに控えているのは、真っ黒なローブに身を包んだ老人(?)だった。フードの影で顔は見えないが、曲がった背なかからかなりの年配だと思われる。
「この子らの呪いは完全に解かれておる、その方がこれをなしたのか?」
しわがれた声で聞かれた俺が首を縦にふると、
「このような複雑、かつ強力な呪いを解いてしまうとは、どのような能力か、詳しく教えてくれまいか?」
と俺に近づいてきた。段々と声のトーンが高くなり、興奮しているのが分かる。そのうむを言わせぬ物言いについ、
「私は能力によって、私の頑健さを相手に分け与える事ができるのです。どんな呪いや病気もすぐに治すことができます」
と答えてしまった。それに構わず俺の腕や顔を手に取って、食い入るように調べだす老人。真っ白な肌に血走る目が気持ち悪い。
それを聞いて目を光らせたのはオルファンさん。
「どんな呪いや病気でも? 本当ですか?」
と食いついてきた。首を縦にふる俺を見据えて、何事かを考えたオルファンさんは、
「素晴らしい、素晴らしいですよ! この出会いに感謝して、お詫びの酒宴を開かせて下さい。もちろんハーヴェイ氏の件はこちらに一任して下さい。報酬も全額、いや慰謝料込みで支払わせていただきます。さあ皆さんを宴の間にご案内差し上げて」
ポンポンと手を打つと、ビックリするくらいの使用人達が現れて、あれよあれよという間に、宴の間と呼ばれた巨大なホールに通された。
いやいや、話がついたらもう帰りたいんですけど? でもむげに断れる相手でもないし、目の前にはドンドン運ばれてくる、見た事もないご馳走の山。
湯気を上げるそれらの香ばしい匂いに逆らえるほど、人間できていない。
隣を見ると、ヨダレを垂らしたホワイティーが、待ちきれないとばかりに目を輝かせている。あゝ、この人に頼っちゃダメだ。直感的にそう思った。ここは頼れる姉貴に、と思ってティルンを見ると、気前の良いオルファンさんに、惚れ惚れとした表情を見せている。
こっちは金と権力かい! と思うが諦めた。こうなったら……
「この度はお疲れ様でした、でも同時に得た良縁に、カンパーイ!」
オルファンさんの掛け声とともに、封印を解かれた俺たちは、獣のように食べ、飲み、さらに食べて、喋った。
酒は全く効かないが、給仕してくれるお姉さま方は美人だし、ちょっとくらいお尻に触れても文句一つ言わない。オルファンさんの話も上手く、のせられた俺は、今までの経緯を全て話してしまった。
もちろん異世界からの転生した話はしなかったけどね? 変な人だと思われたら嫌だからね。
朝まで続いた宴会がお開きになる頃には、その場で最後まで食べ続ける俺とディア、そしてホストとして最後まで残ったオルファンさんと、片隅にひざまずくエナとサエだけが取り残された。
「さて、彼女達をどうなされますかな?」
オルファンさんに聞かれて、
「フェ?」
と間抜けな声をあげてしまう。何せ何百本目かのこのチキンレッグ、いくら食べても美味いんだもの。大きな塊を飲み込みながら、
「どうするって、どうします?」
とばかな質問を返すと、
「このような場合、身元のハッキリしない彼女達は、犯罪者として罰せられてもおかしくありません。幸い当家では奴隷商いもしておりますから、犯罪奴隷としてお引き受けする事もできますが」
オルファンさんの言葉を聞いて、ビクリと身を震わせる二人。聞けば故郷を追われて、仕方なく旅を続けてきた女侍と、その従者らしい。元々数人で旅にでたが、厳しい旅の途中、他の者は次々と倒れ、彼女達だけが生き残ったという。
「それは……あまりにもふびんですね」
奴隷になれば、買い手しだいでどのような扱いを受けるか、分かったものではない。二人ともまだ若い女性、じっくり顔を見ると、やつれてはいるものの、二人ともなかなか……女侍のエナはキリッとした目元が印象的な黒髪美人。女忍者のサエは引き締まってはいるものの、どこか幼い面影を目元に残した美少女。
そうした女性が奴隷になった時の扱いといえば、良い待遇は想像しにくい。
「ではカミーノ様の奴隷とされますか? 今回のお詫びと言っては何ですが、当家の呪術師に申しつければ、即専属奴隷にする事ができますよ」
オルファンさんの言葉にビックリする。俺に奴隷? 地面に座らされている二人も、驚いた顔でこちらを見上げている。
そこまで嫌そうで無いのは気のせいか? 俺の希望的な考えがそう見せているのだろうか?
「幸いこの者達は戦士とスカウト。冒険者をなさっているカミーノ様にぴったりの人材だと思います」
オルファンさんの言う通り、俺ですら手こずったエナの刀術は本物だった。それにサエの腕前も相当なもの。忍者なら俺たちのパーティーに不在のスカウト的な働きも期待できるだろう。
前世の感覚では奴隷などいかがなものか? という感覚だが、この世界に染まりきった俺には、大した違和感もない。人間の価値観なんて、しょせんは環境が作るものという事か?
「お前達はどう思う?」
と二人の意思を確認すると、
「私たちとて奴隷は嫌でござる。しかも巻き込まれての冤罪、本来ならば自由の身にしていただきたい」
と言うエナに、
「そうは行かん、呪いを受けたとはいえ、自らの意思が無かったという証明にはならない。そして主人と共謀して冒険者を襲ったのは事実だ。ギルドも関わっている以上、無罪放免とはいかんのだよ」
オルファンさんの声が一段低くなる。お〜怖、一番怒らせてはいけない人かも知れない。
「ではそこの青年、カミーノ殿の奴隷となろう。何者かも分からぬ人間にかしずくより、拙者を負かせる程の力を持つ者にかしずく方が良い。それに呪いから解き放っていただいた恩もあるし」
エナが告げると、サエもうなずいた。この娘、喋ったところを見たこと無いな。もしや喋れないのか? と思っていると、
「どこまでもエナ様にお供いたします」
と健気なことを言った。いがいに可愛らしい声をしている。二人がどういう関係なのかが気になるな、まあそこらへんは後で聞く事にしようか。




