番外編 第6話 その先に進むとき
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そして静かな時間が流れたのち、お父様が口を開いた。
「……先日、陛下からセリスの体質が改善されたと聞いた際は驚いたが、同時に私たちの過去の過ちが知られてしまった可能性も高く、どこか真に喜べない自身がいた」
そのあとの言葉を紡ぐことはなかったけれど、お父様の憂いを含んだ表情を見ていると、本当は「申し訳がなかった」と続けたかったのかもしれない。
その瞳を見ていると、自分自身がどうしたいのかその答えがわかった気がした。
過去のことは変えられないし、これまで散々嫌な思いもした。
けれど、お父様やお母様からしてみたら、わたくしが大魔力を持って生まれてきたことは、公爵家としては前例がなく、全く予想だにしていなかったことだったはずだわ。
保身に走ったことについては疑問に思うけれど、それでも全面的にただ非難だけをするのは違うのかもしれない。
そう思考を巡らせると、そろそろその先に進むときなのだという考えがハッキリと浮かんだ。
「陛下が仰られたとおり、わたくしの体質は改善し、今現在は何の心配もありません」
「……本当に良かった……。旦那様から、その件を伺ったときは喜ぶあまり貴方に会いに行こうと思ったのですが、それはこれまでの経緯を考えたらとてもできませんでした。ですが先程、貴方の血色の良い顔色を見て確信を持った際に、その詳細を何度も訊こうかと思いました」
お母様は笑いながら涙を流して、ハンカチでそれを拭った。
そのように思ってくれていたのね……。きっとお母様はお父様を差しおいて、詳細を訊くのは控えられたのだわ。
「……だが、そなたの体質の改善に関しては、たとえ魔術の鍛錬を積んでも改善は難しいだろうと魔術師から念を押されていた。だからこそ、そなたにはこの件は伏せていたのだが」
「そうだったのですね……」
思い返せば、わたくしの体質が改善したのは魔力の性質が「軟質」で、殆どこの世に存在しない性質を持っている「硬質」の魔力を持っていたのがたまたま伴侶である陛下だった。
以前、バルケリー卿は魔術師だったら魔力の質は気配で感知をすることができると言っていたけれど、過去にわたくしを診てくださった魔術師は陛下と会ったことがなくて、中和の方法に辿りつくことができなかったのかもしれない。
そもそも、バルケリー卿はかなり優秀な魔術師と聞いているし、卿だからこそあのような方法を思いついたのであって、以前は魔力を中和する方法もまだ確立されていなかったのかもしれないわ。
「……それでは、どのような方法で体質が改善されたのかを訊いてもよろしいでしょうか」
「────!」
思わず、心の中で声にならない声をだしてしまった……。
どのような方法というと……、当然ティーサロンで陛下に口付けを受けたあの方法なのだけれど……。
「……く」
「く?」
お父様が不思議そうに言い返しているけれど、い、いけないわ……。あの件を両親の前で正直に説明するのは、流石に恥ずかしい……。
「そ、それは苦しみを伴わない画期的な方法でしたが、王宮魔術師長が極秘に開発した技術ですので、打ち明けることはかなわないのです」
「そうでしたか。方法は分からずとも、王宮魔術師長が尽力してくださったとが知ることができただけでも充分です。早速お礼状を書きますね」
「……はい。ご配慮をいただきありがとうございます、お母様」
わたくしの言葉に微笑むお母様を見ていると、嫁ぐ前には考えられなかった和やかな空気が、わたくしたち親子三人の中に漂っているように感じた。
普段だったら切り出すことはできなかったと思うけれど、今ならできるかもしれないわ。
「お父様、一つお願いがあるのです」
「如何した」
お父様は、瑠璃色の瞳で真っ直ぐにわたくしを見た。
「現在王国内では、自然災害が原因でその日の食事に困っている民が大勢おります。もしよろしければ、お父様方にもご厚意をお願いをしたいのです」
つまりは、慈善事業の団体に対して寄付をお願いしたいということなのだけれど、……以前だったら聞き入れてもらえないと思って切り出すことなんてできなかった。……今回はどうかしら……。
「ああ、分かった。こちらで判断をし然るべき額を速やかに寄付しよう」
「……ありがとうございます」
よかった……。お父様はご自分の言葉に対して責任を持って実行なされる方だから、きっと行ってくれるはずだわ。
「……本当に立派になって……」
お母様は小さく呟くと、長く綺麗なブロンドをかき分けてからそっと微笑んだ。
「もしよろしければ、わたくしも炊き出しに参加をしてもよろしいでしょうか」
思ってもみなかった申し出に驚いたけれど、お母様の言葉がとても嬉しかった。
「はい、もちろんです。詳細は王宮に戻ってから改めて手紙でお知らせしますので」
「よろしくお願いしますね」
そう言って微笑んだお母様を少しだけ口元を緩めて横目でお父様が見ている。そんな二人の様子を見ていたら、目の奥が熱くなり、いつまでもこの空気を感じていたいと心から思った。
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