第87話 旅先での打ち明け話
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そしてその日の夜。
わたくしはアルベルト陛下の私室へと訪れ、二人掛けのカウチに陛下と並んで腰掛けて、旅の思い出を振り返っていた。
「今日初めて市場へと赴きましたが、とても賑やかな上に、珍しい野菜や果物や交易品が店頭に並んでいたので興味深く思いました」
「ああ、そうだな。私も中々に赴くことはないので同感だ」
陛下は感慨深そうに続ける。
「ああいった場所では警備を行うのは困難なので、私たちが普段市井に降りることは殆どないのだが、今日は皆の協力の元、実現することが叶い嬉しく思う」
「はい、皆には心から感謝をしております。加えて、市場に赴くように取り計らってくださったアルベルト様に、深く感謝をしております」
わたくしがそう言うと、陛下が優しげな眼差しをお向けになられたので胸の鼓動が高鳴った。
けれど陛下にはお渡しをしたい物があるので、逸る気持ちを抑えながら、持参をした小物入れからそれを取り出した。
「アルベルト様の好みに合うとよろしいのですが」
紙包を手渡すと、陛下は目を見開きながらその中身を手に取った。
「スズランの香水か」
口元を綻ばせ、ご自身の手首に控えめにシュッと吹きかけた。途端に周囲に清楚で落ち着く香りが立ち込める。
ちなみにこの品は、購入した後に侍女に手渡しきちんと検閲を受けているので、危険性が無いことは確認済みだった。
「爽やかで気品に満ちた香りだな。常用したいが、そなたからの贈り物なので使用するのが躊躇われるな」
「お気に入りいただければ、また贈らせていただきますので、是非お使いください」
その言葉が愛しくて、自然に口元が綻んでいた。
「実は私からも、そなたに渡したい物があるのだ」
陛下はビューローから何かの包みを二つ持ち出して、テーブルの上に置いた。それは小ぶりの箱と包装された大ぶりの箱だった。
「そなたに、気に入ってもらえると良いのだが」
「まあ! とても嬉しいです!」
年甲斐もなく思わず弾んだ声を出してしまったわ。恥ずかしくなって陛下の方に視線をチラリと向けると、口元を緩めていた。
「喜んでもらえたようで何よりだ」
「はい……!」
再び逸る気持ちを抑えながら小ぶりの包みを開けてみると、それには白の薔薇の髪飾りが収められていた。
確かこれは、市場でわたくしが目を留めた髪飾りだわ。
「……陛下、お気付きになられていたのですね」
髪飾りを見たのは一瞬だったのに、陛下はお気付きになられていたのね。お心遣いがとても嬉しい……。
「ああ。そなたも気にしていたようだが、何よりも私自身がそなたに似合うと思ったので贈りたいと思ったのだ」
「……ありがとうございます、陛下」
この喜びを表現したいけれど、どのような表現をすれば現すことができるのだろう。
「ただ、もう一つの包みは予てより用意をしていた物だ。……少し早いが、もうすぐそなたの誕生日だろう」
「誕生日……?」
わたくしの誕生日はいつだったかしら。
思い巡らせていると、今月の二十日が誕生日だったことを思い出した。
最近色々あったからか、すっかり失念していたわね……。
「覚えていてくれたのですね……!」
「ああ。そなたへの日ごろからの感謝の意を表すのにはとても足らぬと思うが、少しでも嗜好に合えば嬉しく思う」
陛下の言葉が心に響いて、胸の奥が熱くなって来たけれど、震える手を押さえて何とか包みを開けた。
すると、白の薔薇が見事に描かれたティーポットとティーカップが姿を現した。
わたくしの好みの茶葉の入った缶も添えてあり、茶器はどれも特別な材質の物で、匠の職人の手による物だと一目で認識することができる。
このような良質な品を用意するのは大変だっただろうし、何よりも全てわたくしの好みの物で……とても嬉しい……。
気がついたら一筋の涙を流していた。
「アルベルト様、ありがとうございます。とても……嬉しいです……」
涙が後から溢れて来て、手で拭っても追いつかなかった。
ハンカチを小物入れから持ち出さなければと思っていると、不意に優しい手つきで手首を掴まれ、そのまま促されて立ち上がりいつの間にか陛下に両腕で抱きしめられていた。
「気に入ってもらえたようで何よりだ」
陛下の囁きに鼓動が高鳴って、このまま身を任せようと力を抜くと、ふとあることが過った。
そうだわ。わたくしは今日、陛下に言わなければならないことがあるのだわ。
「……アルベルト様、よろしければこのままお聞きしていただきたいことがあるのです」
「ああ、どのようなことだろう」
「…………実はわたくしは、自分の魔術で一度この世界の時を巻き戻しているのです。けれど皆そのことを知りません。巻戻った当初は、自分自身が被る理不尽な未来から少しでも逃れることのみを考え、行動に移していました」
…………言ってしまった……。突拍子も無いことと思われたわよね……。
「そうか。……そうだったのだな」
思っても見ない反応に、わたくしは思わず顔を上げて陛下の瞳を覗き込んだ。
「不審に思わないのですか?」
「ああ。……以前にそなたは『もし、自分が冤罪で捕らえられたとしたら』と言っていた。私はどうもあの時のそなたの言葉が、妙に現実味のある言葉のように感じてならなかった。……そうか、そのようなことがあったのだな……」
陛下は堪らなくなったのか、ご自身の右手で目元を押さえた。
わたくしは反射的に小物入れからハンカチを取り出して陛下に手渡し、陛下はそれを両手で受け取った。
「……すまぬな。……セリス、もし構わなければ話せる範囲で構わないので、……打ち明けてもらえないだろうか。そなたが見てきた未来を、少しでも知りたいのだ」
目頭が熱くなり、涙が再び次から溢れてくる。
「……はい、もちろんです」
それからわたくしたちは、二人掛けのカウチに並んで腰掛けて改めて話を続けた。
途中から想いが溢れて来て言葉に詰まり陛下の肩にもたれ掛かると、その逞しい腕を回してくださった。そして一通りを話し終えると、心の底に溜まっていた想いをポツリと吐き出した。
「……戦争を回避することはできたのかもしれませんが、ですがやはり時の流れを変えてしまったことは……大罪にあたると思うのです。……ですのでわたくしは……」
自分が幸せになる資格は無いのかもしれない。
「それが大罪と言うのであれば、その大罪は私も共に背負わせて欲しい」
「……アルベルト様……」
「既に過ぎ去った出来事ゆえ難しいのかもしれぬが、……そなたの経験を常に忘れず、そのような未来に繋げることは無きように努めていきたい」
陛下の瞳はとても真摯で、それでいて全てを包み込んでくださるような安心感を抱いた。
「ありがとうございます、アルベルト様……」
陛下がわたくしの荒唐無稽な話を受け入れてくれただけでも涙が溢れそうなのに、その上、共に背負うとまで仰っていただけるなんて……。
わたくしはとても幸せだわ。……わたくしも自分の気持ちをお伝えしなければ。
「アルベルト様は以前の初夜の儀の際に、わたくしと共に歩んで生きたいと仰っていただきました」
「ああ。それは勿論、今も意思は揺らいでいない」
わたくしはそっと微笑んで、陛下の両方の頬に手を添えた。
「わたくしも、これからもアルベルト様と共に歩んで生きたいです。……愛しています、アルベルト様」
瞬間、陛下の瞳が煌めいたように見えた。
「私も愛している、セリス」
そしてわたくしたちはゆっくりと近づき唇を重ねあった。
お互いの気持ちも重ね合うように、未来へとお互いに歩幅を合わせて歩みを進めるように──
お読みいただき、ありがとうございました。
次話は最終話となります。お読みいただけると幸いです。
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