第83話 好転の握手
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完成までには紆余曲折を経たけれど、それから一週間程で魔宝具の製作を終え、わたくしとアルベルト陛下はある貴族の屋敷にそれを持ち込み訪ねた。
本来は、相手を王宮に呼び出す方が好ましいのだけれど、今は国にとって非常時であるし、何よりも招集には応じないだろうとの陛下の意見を考慮して、こうしてわたくしたちが直接訪ねたのだ。
事前に報せを送っていたからか、玄関で速やかに家令が出迎えてくれ、広く華美な装飾品が並べられた応接間へと案内された。
そして五分程経つと、屋敷の主人である──ミラーニ侯爵が入室してきた。
侯爵は五十代程の風貌で美しい銀髪が印象的だけれど、その目は決して笑みを含まず常に何処か警戒をしているようだった。
応接間の上座の二人掛けのカウチに腰掛けるわたくしたちに、一礼をしてから侯爵も静かな動作で腰掛けた。
「国王陛下、並びに王妃殿下につきましては、我が屋敷までご足労いただきまして誠にありがとうございます」
「我らの訪問に応えてもらい痛み入る。……して用件だが、単刀直入に告げる。ミラーニ侯爵、他国への魔石の輸出に掛かる関税の額を下げるよう、議会に働きかけて欲しいのだ」
侯爵は表情を変えずに真っ直ぐに陛下の瞳をみつめ、しばらく間を空けると小さく息を吐いた。
「陛下、その件に関しましては、これまで何度もご説明をしている通り不可能でございます。確かに多くの魔石鉱山の利権は我が家門が持っておりますが、関税を引き下げたところでたちまち他国から食い物にされてしまいます。そのようなことがあれば、我が国の魔石事業の雲行きが怪しくなるでしょう」
以前に陛下から侯爵は「保守的」だと聞いていたけれど、確かにそのように感じる。……ただ、侯爵の言い分も理解をすることができるわ。
他国の要請で無闇に関税を引き下げたら、これから我が国は他国に付け入れられてしまうかもしれないものね……。
けれど、……このまま関税の額を変えないでいたら、わたくしが見た未来の通り戦争が起きてしまうのかもしれない。
「そなたの言い分も分かるのだが、既に偽魔石の混入の件で我が国の魔石鉱山の信用は揺らいでいるのも事実だ」
「それは貴族派やドーカル王国の仕業であって、我々の落ち度ではありません」
「ああ、そうだな。だが各国の要人たちはそうは捉えない。いくらこちらは潔白だと訴えても、被害者であるドーカル王国側の方の肩を持つだろう」
陛下は淡々と話をされているけれど、その瞳の奥には熱意が感じられた。
「……でしたら、どうしろと言うのですか。先程も申し上げましたが、あちら側の要求のまま下手に関税を引き下げたら、あちらの言いなりになってしまうでしょう」
とても強い語気で吐き捨てるように言った侯爵に対して、陛下は決して臆せず、前もって用意していたある魔宝具をテーブルの上に置いた。
「……これはまだ開発中の魔宝具だが、これには特殊な力がある。……その力を使えば、恐らく未開発の魔石鉱山の発見を現行の技術に比べて格段に安価な費用で行うことが可能だと予測を立てている」
「……そのような旨い話があるわけがありません。大体何なのですか、その得体のしれない魔宝具は」
侯爵は苛立っていて、こちらの意見を聞く気は無さそうだった。
「それでは、実際に起動をしてみせよう」
陛下はその魔宝具の上部を手のひらで翳した。
魔宝具は手のひら程の大きさのガラス製の立方体の箱で、魔石はその中央に組み込まれている。
手のひらで翳されると魔石はたちまち光を発して、間隔を空けて置いた魔石まで一筋の光を伸ばして照らし続けた。
「これは……」
侯爵は呆気に取られたような表情をした後、腕を組んでしばらく何かを考え込み、陛下の方へ視線を移すと小さく頷いた。
「確かに探知能力はあるようですね。これを使用すれば未開拓の魔石鉱山の発見に繋がるのかもしれません。……ですが、関税を引き下げることは別件です」
侯爵にこちらの手の内をみせても、すんなりと了承する可能性が低いことは最初から予測をしていたことだった。
……けれど、ここで引き下がっては今生でも戦争が起こり、残酷な未来が待ち受けている可能性が高いわ……‼︎
「侯爵」
応接間に案内されてから初めてわたくしが声を発したからか、侯爵は意を衒ったような表情をした。
「はい。妃殿下、如何致しましたか」
わたくしは真っ直ぐ背筋を伸ばして、侯爵の目を見て感情的にならないように努めながら言葉を紡いでいく。
「このまま関税率を引き下げなければ、我が国はドーカル王国から宣戦布告を受けるでしょう」
侯爵は息を飲み込み、咄嗟に何かを発言しようとしたけれど、わたくしは構わず続けた。
「そもそも戦争が起こってしまえば、我が国の魔石事業の立ち行きどころか、魔石鉱山の利権をも奪われてしまう可能性が高いのです。わたくしたちが今最大限に考慮をしなければならないのは、戦争を起こさないことです」
侯爵はわたくしの目を見ていたけれど、しばらくすると深く頷いた。
「妃殿下のそのお言葉は、……何か深く心に染み渡るようです。……まるで残酷な未来を知っているかのような」
「ええ、そうです」
瞬間、陛下と侯爵がこぞってわたくしの方に顔を向けたので、わたくしは慌てて首を横に振った。
「……夢で見たのです。我が国の悲惨な末路を。その夢では我が国の多くの民が犠牲となってしまいました……」
そう、夢だったのならどんなに良かったことか……。
そして侯爵はしばらく思案をした後、深く長い息を吐き出した後、改めてわたくしの方に視線を向けた。
「……承知致しました。そちらの提案を受け入れましょう。陛下、直ちに臨時の議会を開く手筈を整えていただけますか?」
瞬間、わたくしは陛下と顔を見合わせた。まさか侯爵から、そのような申し出を受けるとは思わなかったからだ。
「……良いのですか? 関税率を引き下げることは、必ずしも良いことばかりではありませんが」
「ええ、構いません。……ところで、そちらの魔宝具は新開発の物と仰っておりましたが、よろしければ私共で管理をさせていただけないでしょうか」
再び陛下と顔を見合わせた。侯爵は感傷的になっているのかと思ったけれど、その実、それだけでは無かったようね……。陛下は少し苦笑しているわ。
「ああ、元よりそのつもりであった。……ただ、こちらとしてはこの魔宝具の製造方法は順次公開する予定だが、決して権利を放棄するわけでは無い。それでも構わぬか?」
「……承知致しました。その条件で結構です」
そして侯爵はスッと立ち上がった。
「陛下のことですから、他にも策をお考えになられているのでしょう?」
「……ああ。そなたにも協力を願いたい」
侯爵は窓際にまで移動すると、深く頷いた。
「はい。私は全面的に陛下と王妃殿下に協力を惜しみません。……これから忙しくなりますね」
「ああ、そうだな。侯爵、申し出を受け入れてくれたことに心から感謝をしたい。それでは早速、これから共に王宮へと同行を願いたいのだがよろしいか」
「はい、かしこまりました」
そして、陛下専用の馬車に向かうために応接間を退室しようとしていると、ふと侯爵がわたくしに対して、何か温かみを感じられる眼差しを向けていることに気がついた。どうかしたのかしら。
それに、侯爵はあんなにも頑なに関税を引き下げることに対して拒否をしていたのに、それを撤回したのは何か意図があってのことだったのかしら……?
「……先程の王妃殿下のお言葉は、私の心にストンと落ちて、立ち込めていた霧が晴れていくように感じました」
「……霧ですか?」
「はい。……私も内心理解してはいたのです。このままでは開戦の危険もあると。……ですが、万が一自分の判断が誤り、開戦以上の大変な事態が起きたら、それこそどう責任を持てばよいのかと常に考えていたのです」
そう言った侯爵の目は、酷く憔悴しているように見えた。
そうだったのね……。そうよね、思えば個人の判断に委ねるにはあまりにも責任が重く、難しい案件だったのね……。
「ですが、先程王妃殿下にキッパリと、このままでは戦争が起きてしまうと仰っていだいたので決心がついたのです。誠にありがとうございました」
そして綺麗な姿勢で、わたくしに対して辞儀をしたので、わたくしは一呼吸を置いてから頭を上げるように伝えた。
「そう仰っていただくのは恐縮ですが、……侯爵の判断を活かすためにも、これから精一杯努めていきたいと思います」
「はい。私も協力を惜しみません」
気持ちの良い笑みを見せてくれた後、侯爵は隣に立っている陛下と握手を交わし、次いでわたくしとも交わした。
それは物事が全て好転する、そう感じさせてくれるような力強い握手だった。
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