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【書籍化・コミカライズ】二度目の人生では、お飾り王妃になりません!  作者: 清川和泉
第10章 真実

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第81話 数ある中の未来の一つ

ご覧いただき、ありがとうございます。

「王妃殿下、お疲れ様でした。もう目を開けていただいて構いません」


 気がついたら目前にルチアが立っていた。彼女は、わたくしを心配そうに覗き込んでいる。


「王妃殿下、大丈夫ですか? 顔色が良くないようですが……」

「……ルチア、わたくしは取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれません……」

「王妃殿下?」


 わたくしは気がついたら、ルチアに掻い摘んで先程まで見ていた未来で起きた出来事を話していて、その間ルチアはずっと黙って聞いていてくれた。


「……だから薬を飲んだときに、わたくしがあのようなことを思わなければ、わたくしが時を遡ること、……この世界の時が巻き戻ることも決してなかった。別のことを考えていれば、あの後無事に陛下とも合流することができて、何の問題もなかったはずなのに……」

「果たして、本当にそうなのでしょうか」

「…………え?」


 ルチアは真っ直ぐにわたくしの目を見つめて、静かな口調で続けた。


「大体の事情は理解しました。……その上での発言なのですが、その未来の状況で妃殿下が陛下の元に戻ったからといって、決してよい未来が待っていたとは到底思えないんです」

「……よい未来……」


 確かに、わたくしが見た未来の状況は正直に言ってとても悪かった。


 偽魔石の混入による多額の賠償金請求、テオの設計図の流出による我が国の魔宝具事業の衰退、今にもドーカル王国からは戦争宣言を突きつけられる状況……。


「確かに、その通りなのかもしれません……」


 ルチアは無言で小さく頷くと、立ち上がって再び長椅子に腰掛けた。


「妃殿下、よろしければもう一度目を閉じて思い浮かべていただけませんか? 今度はその先の、『妃殿下が時の魔術を使用しなかった未来』をお見せすることができるかと思います」

「その先の未来……」

「もしお知りになりたければ、ですが。どう致しますか?」


 あの未来の続きが見られる。


 そう思ったら心に高揚感のようなものが湧き上がってきたけれど、同時に恐怖感も押し寄せてきた。


 もしあの先の未来で待ち受けていた未来が、自分の考えているものと違ったら……。


「分かりました。お願いします」

「はい」


 けれど、やはりわたくしは知りたい。いいえ、知らなければならない。時を操った者として、そうで無かった未来の真実を知っておかなければならないわ……!


 ◇◇


 目を開けると、目前に聖母が描かれたステンドグラスが飛び込んできた。

 視線の先には講壇が置かれていたので、ここはどうやら教会のようだけれど、どうして教会が浮かび上がってきたのかしら。もしかして逆行魔術は今回は成功しなかったのかしら……。


 そう思っていると、わたくしの視界の先に一人の修道服を着た女性がいることに気がついた。

 背姿なのでどのような方なのかは判断がつかないけれど、……けれどわたくしは、この女性が誰なのか一目で理解することができた。この女性は……。


『セリス様、お久しぶりです』


 そうだわ、この女性は……わたくしだわ……。


『オリビア、お久しぶりですね。ですが、わたくしはもう貴き身分の者ではありませんので、敬称は不要ですよ』

『そういうわけにはいきません。私にとってセリス様はセリス様ですから』

『まあ』


 そう言って目前のわたくしは儚げに笑った。

 すっぽりと頭はベールを被っていて、前髪だけ見えるのでブロンドだということは分かるけれど、その髪は少しくすんで見えるし、肌は遠目からもあまり手入れをしていないように見えた。


 オリビアは水色の綺麗な髪を頭上に束ねて、おんぶ紐で括り付けた赤ん坊を背負っている。

 服装はいつものお仕着せではなく、簡素な白いブラウスに黒のスカートを穿いているわ。薬指には指輪が嵌められているし、オリビアは結婚をして子供を産んだのね。良かった……。


『無事に産まれたのですね。本当に良かった……』

『夫は先の戦争で帰らぬ身となりましたが、……それでも私は、この指輪を外すことなどできないのです』

『ええ、それで良いのだと思います』


 そう言って目前のわたくしは手を組み祈りを捧げ始めたけれど、……戦争はやはり起きてしまったのね……。それにオリビアの伴侶は、その戦争で……。


 目頭が熱くなり、途端に息苦しさが襲ってきた。

 こんなにも酷いことが起きてしまうなんて……。


『わたくしが不甲斐ないために、多くの民の生命を犠牲にしてしまいました。今はこちらで神にお仕えをする身ですが、民への罪滅ぼしには遠いのだと痛感する毎日です』

『何を仰っているのですか‼︎ セリス様の犠牲がなかったら、二年前に戦争を終わらせることは決してできなかったでしょう。それどころか、今も激しい戦闘が続いていたはずです!』


 ……わたくしの……犠牲……? 

 オリビアは素早く口に手を当てて、申し訳が無さそうな表情をしているけれど……。


『申し訳ありません。思わず過ぎたことを申してしまいました』

『いいえ、構いません』


 目前のわたくしは、少し憂いを帯びた表情をしながら、チラリとオリビアがおぶっている赤ん坊を見た。


『陛下に……いいえ、アルベルト国王陛下、王妃殿下夫妻にもお子様がお産まれになったと聞いております。本当に良かった……』

『セリス様……』


 オリビアは思わず顔を伏せ両手で顔を覆って大きな嗚咽を漏らし、涙が床にいくつもこぼれ落ちた。

 ……? 陛下に子供……。わたくしはここにいるのに……。


『こんなのってあんまりです‼︎ 何故、投獄をされ牢の中でご苦労をされたセリス様が、解放されて王妃に戻られても、すぐに開戦となった我が国のために魔術を長期に渡りお使いになられ、身を粉にして民のために尽力なされたセリス様が……このような仕打ちを受けなければならないのですか‼︎』


 これまで、心中に溜め込んでいた思いをまるで一度に吐露したように、オリビアは言葉を紡いだ。

 対して目前のわたくしは、その瞳に宿した憂いをより強くしたように見える。


『良いのですよ、オリビア。それに子供を産めなくなったわたくしが、いつまでも国王陛下のお傍にいるわけには参りませんもの』


 子供を……産めなくなった……。


『そもそもお子様を身籠ることができなくなったのは、セリス様が戦争で負傷し疲弊した我が国の民のためにひたすら治療魔術を使い癒やしてきたからです。いえ、治療魔術だけではありません。ありとあらゆる魔術を使い、魔力を使い過ぎた代償で……セリス様は……』


 力なく項垂れるオリビアに対して、目前のわたくしはステンドグラスの聖母を眺めていた。


『わたくしの力が民の役に立ったのなら、もうそれで良いのです。そもそも、魔術に対して全くの未経験者だったわたくしが、我が国に伝わる秘術で魔術を使えるようになったからといって、何の訓練も無しに全力で魔術を使用したことも不妊に繋がったことの一つだそうです。……それよりも、あなたの夫のバルケリー卿を目前で失ってしまった哀しみと悔いは、一生掛かっても晴れることはありません』

『カインのことは妃殿下に責任はありません! カインは、最期まで王宮魔術師長として役目を全うしただけなのです……!』


 バルケリー卿まで……亡くなってしまっているのね……。

 この世界ではとても心が保ちそうに無いわ……。オリビアがバルケリー卿と結ばれていてくれたことは心から嬉しいけれど……、こんな結末って……。


『国王陛下は、子供を産むことができなくなったわたくしに対して最大の温情をかけてくださり、このまま王妃でいて欲しいとまで仰ってくださいました』


 心臓が飛び跳ね、涙がこぼれ落ちた。

 ……この世界での陛下は、わたくしの知る陛下のままなのだわ……。


『けれど、終戦間もなく混乱し切っている我が国の王妃が子を産むことが不可能で側室を迎えるとなると、国内に更なる混乱を招きかねなません。ですから陛下には、わたくしを廃妃にして他の王妃を迎えるようにわたくしが進言をしたのですよ』

『そうだったのですか⁉︎ 何故そのような……』

『何故……?』


 目前のわたくしは振り返り、オリビアを……というよりは、見えない存在であるはずのわたくしに向けて憂を強めた瞳で言った。


『これ以上、お飾り王妃にはなりたくなかったのです』


 その言葉が耳や胸の奥に響き渡ったと認識した瞬間、目前にはルチアがいた。

 ……どうやらわたくしはこちらの世界に戻ってきたようね……。


「妃殿下、大丈夫ですか?」


 ルチアは心配そうにわたくしを覗き込んで、白地のハンカチを手渡してくれた。


「ありがとう……」


 涙を拭いても後から涙が込み上げてくる。悲しくて、哀しくて……。

 あんな悲惨で救いようも無い未来があるなんて……。あの世界でのわたくしは、全てを失ったのだわ……。


「妃殿下、申し訳ありません」

「……何故謝るのですか?」

「実は妃殿下にお見せした未来は、影を帯びた数ある未来の中でも特に暗い影を帯びていた物を選んだのです。妃殿下が過去を遡ったことを強く憂いていたので、いっそとても悪い未来を見せた方が良いかと……。でも、その判断は行き過ぎていました。申し訳ありません」


 綺麗な姿勢で頭を下げるルチアを見ていると、水面の波紋が静まるように、わたくしの心は落ち着きを取り戻していくようだった。


「……良いのです。……そうですね、ルチアの言う通りなのかもしれません」


 少なくとも今は、時を遡り過去を変えることができて心から良かったと思える。


 ……過去を、変える……?


「そうか、そうよね。まだ間に合うのかもしれないわね」

「……間に合うとは、何のことでしょうか?」


 わたくしの目前にしゃがみ込んで、不思議そうな表情を浮かべるルチアの両手を、気がついたら重ねていた。その際、ルチアは落ちそうになった魔宝具を拾ってくれた。


「未来を良い方向に変えるのです。あんなにも残酷な未来になど、絶対にさせるわけにはいかないのですから」


 そう強く決意をすると、先程執務室で陛下がわたくしに対して仰ってくださった言葉が自然と脳裏に過る。


『私がそなたから目を背けることはないし、その時の最善を尽くしてそなたを救い出す算段を立てる。それは過去の自分でも変わらなかったであろう』


 一筋の涙が流れた。

 これまで逆行魔術で見てきた前回の生での陛下は、獄中のわたくしを常に気遣い救い出そうとしてくださっていた。

 子供が産めなくなったわたくしを、非難することなく受け入れてくださった。


 ──わたくしは、陛下のために、民のために生きたい!


 そう強く願うと、わたくしの目前に一筋の光が現れたのだった。

お読みいただき、ありがとうございました。

次話もお読みいただけると幸いです。


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