第51話 ティーサロンにて
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そして、王宮魔術長の就任式から二日後の十五時頃。
わたくしは、王宮の本宮に設けられたわたくし専用のティーサロンにいた。
というのも、先日アルベルト陛下と「ティーサロンで共にお茶を嗜む」との約束をし、それを果たすために一足先に準備をしているのだ。
「妃殿下。こちらはここに置いてよろしいですか?」
「ええ、こちらで構わないわ。……それにしても、陛下と晩餐以外でお茶をするのはとても久しぶりなので、少し緊張するけれど同時に何か不思議な感覚を覚えるわね」
一緒に準備を行ってもらっているオリビアには、茶器を中央のテーブルの上に置いてもらい、次いでわたくしはワゴンから茶菓子の皿を取り出し乗せていく。
「久しぶりといいますと、確か婚前に何度か王宮でお茶をご一緒なさったことがあったのでしたね」
「ええ。十年ほど妃教育のために王宮に通っていたけれど、思えば陛下とお茶を共にしたのは片手で数えられるだけだったわ」
それもどれも二人きりではなく、必ず王太后様かレオニール殿下がご一緒されていた。だからよくよく考えてみると、陛下と二人きりで晩餐以外でお茶を嗜むなんて初めてだわ。
前回の生では、晩餐さえ殆ど一緒に摂らなかったのに、ティーサロンで陛下とお茶をするなんてとても考えられないことだった。
そう思案をしていると、ふと目前のオリビアが気にかかった。
「そう言えば、オリビアはあれからバルケリー卿とは何か進展はあったのかしら?」
先日の昼食会で抱いた疑問を、直接オリビアに投げかけてみる。
実はこれまでも何度かオリビアに訊きたかったのだけれど、中々二人きりになれなかったので叶わなかったのだ。
「カイン……バルケリー卿ですか? えっと……」
途端に、何か言い出し辛そうな雰囲気になっていく。
「もしかして、求婚をされたのかしら?」
「い、いえ、そんなまさか。バルケリー卿とは、後日お礼を兼ねて一緒に食事をしに街へ出掛ける予定はありますが、ただそれだけです」
「あら、そうなのね」
そう言って持っているトレイで顔を隠してしまったけれど、その顔は耳まで真っ赤になっていた。
とても微笑ましいわ。これはまた日を改めて、こっそりと進捗状況を聞こうかしら。
そう思案をしていると、扉からノックの音が鳴り響いた。
トントン
オリビアの方に視線を向けると、オリビアは小さく頷いてすかさず扉を開いた。
すると、そこには陛下の長身の護衛騎士が立っていて、一礼と短めの挨拶の言葉を告げるとすぐに退室をし、代わりに待ち受けていた人物──陛下が入室なさった。
「すまない、待たせただろうか」
「お待ちしておりました、陛下。わたくしも先程到着したばかりですので、お気になさらないでください」
本日は土曜日なので御公務は殆どお休みのはずで、そのためなのか陛下の身に着けている黒の宮廷服は、普段よりも私的な色合いが強いように感じる。
とてもお似合いになっているわ。
「どうかしたのか?」
「……と言いますと」
「いや、そなたが普段よりも少々無言だったので気にかかってな」
……大変。
もしかして、陛下のお姿に心を奪われて惚けてしまっていたのかしら。ここは、何かを言って取り繕わなければ。
「陛下のお姿が、とても素敵だと思ったものですから」
これで何とか取り繕うことはできたようね。
……あら? 陛下は何か動きを止めてこちらの方へやって来たけど……。
「それは本心からか?」
「は、はい。本心からですが……」
どうしてかしら。わたくし何故かジリジリと壁際に追いやられているような……。
「それならば、とても好ましく思う。……セリス」
「は、はい」
陛下が潤んだ瞳でわたくしを見つめ、その指先がわたくしの左の頬に控えめに触れた。
「私はそなたのことが」
──ガランガラン
陛下がその先の言葉を紡ごうとした瞬間、突然前方から何かを落としたような大きな音が響いたので、慌ててそちらに視線を移した。
「も、申し訳ございません……‼︎ わたくし、すぐに失礼を致しますので‼︎」
視線の先には物凄く取り乱した様子のオリビアがいて、深く一礼すると落としたトレイを拾い上げて一目散に退室して行った。
こ、これは……、もしや途轍もなくオリビアに気を遣わせてしまったのでは……。
そう認識すると、途端にわたくしの両頬が熱を帯びていく。
「あ、あの。今からお茶を淹れますので、よろしければお掛けくださいませ」
きっと、真っ赤に染まってしまっているであろう顔面をできるだけ見られたくないので、顔を伏せて陛下に対して切り出した。
「……ああ、そうだな。それでは失礼させてもらう」
陛下は長椅子に腰掛けると、そっと左の手首に手を添えた。
手首には何か銀色の腕輪が嵌められているようだけれど、普段からあのような装飾をなされていたかしら……?
「では、本日の紅茶ですが、基本的な茶葉に柑橘系のフレーバーを添加した物を用意しているのですが、如何でしょうか」
「ああ、それで構わない」
「承知いたしました」
わたくしはまず、保温機能の高いポットの高温のお湯を茶器やティーカップに注いで温めた。
それから、それ専用として用意をしていた器にお湯を捨ててから、ティースプンで茶葉を二杯茶器に入れ、改めて茶器に今度はできるだけ高い位置から熱湯を注いだ。
「先程とは、湯を注ぐ位置が異なるのだな」
陛下は興味深そうにその様を見ている。
「はい。こうすることで、より茶葉の成分が抽出されるそうです」
「そうか、それは興味深いな」
陛下は心からそう思っているのか、口元に手を当てて観察なさっていて、何だかその様子を見ていたら微笑ましくなって思わずクスリと笑みを溢してしまった。
「そなたが、愉悦を感じているようで安心した」
「それは……」
その後の言葉を紡ぐことができなかった。胸の鼓動が高まってとても平常でいられないわ。
ともかく、お茶を蒸らすために砂時計をひっくり返して時を測ることにして、少しでも気を逸らすことにした。
何故なら、ただでさえ二人きりで緊張しているのに、先程から陛下がわたくしの胸の鼓動を高鳴らせるような行動をお取りになるものだから、身がもたないと思ったから。
それから砂時計の砂が全て落ちたので、茶器を傾けてティーポットに色鮮やかな紅茶を注いだ。たちまち芳醇な香りが室内中に漂いわたくしの心を解してくれた。
「どうぞ。普段から侍女が淹れるお茶と比べたら劣るとは思いますが……」
陛下の席にティーカップを置き、次いでわたくしの席にもそれを置き席に着いた。
お茶請けはドレッセ・バニーユやメレンゲクッキー等の焼き菓子や、ブラウニー等のチョコレートケーキも用意してあるわ。
ただ、陛下は普段からあまり甘いものを食されないので、料理長には予め砂糖の量を抑えて作ってもらうように伝えてある。
陛下は静かな手つきでティーカップに口をつけると、ふと表情を和ませた。
「とても豊かな味わいだ。……落ち着くな」
「そう言っていただけて、嬉しく思います」
微笑む陛下を見ていると、再び胸の鼓動が高まってくるようだった。
それから二人でしばらく紅茶を楽しみ穏やかな時間を過ごした後、陛下はティーカップをソーサーの上に置くと改めて姿勢を正した。
「ときに、先日の魔術師長就任式での祝辞の変更の件だが、何か事情があったとのことだが」
「……はい」
わたくしもティーカップをソーサーの上に置いて小さく頷く。
陛下になら包み隠さずありのままの事実を伝えることができる。そう直感が過った。
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