第36話 カインとの合流
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翌日の十三時頃。
今回は非公式なので、謁見の間ではなく王宮の応接間にバルケリー卿を招致し、アルベルト陛下が一通り説明を終えると、卿は開口一番に快諾してくれた。
「ああ、構わない。それで彼女の容疑が晴れるのであれば、いくらでも見張りを立ててくれ」
バルケリー卿は、栗色の短めの髪に鋭い淡褐色の瞳が印象的な青年だ。体格は中肉中背で、王宮魔術師専用の黒のローブを羽織っている。
それにしても、陛下に対しての言葉遣いに関しては、侍従長や近衛騎士が聞いていたら思わずまくし立ててしまいそうね。
「了承した。では早速手配しよう」
陛下はすぐさま政務長官を呼び出して指示を与え、「三時間後に本宮の第二玄関で待つように」と言い残して、ご自身の執務室へと戻られた。
政務長官のモルガン・シーラーからの話によると、陛下はその三時間の間に本日の御公務を瞬く間にこなして終わらせたとのことで、わたくしは思わず感嘆の息を吐いた。
「陛下はご多忙な方ですが、最近は妃殿下との晩餐に間に合わせるために、より迅速に手際よく御公務をこなされているようです」
「……左様でしたか」
知らない話だったので驚いたけれど、確かに前回の生では陛下は御公務で忙しくて、殆ど晩餐を共にすることができなかったわ。今生では、相当にご配慮をいただいていたのね……。罪悪感もあるけれど、純粋に陛下のお心遣いが嬉しかった。
そしてわたくしはというと、正直に言ってオリビアのことが気がかりで心は穏やかではなかったけれど、今は自分ができることを行うべきだと思い、私室で我が王国内の貴族の名簿に目を通してわたくし主催のお茶会の下準備をしていた。
自分のできることを行うことで、きっと目前の問題にも向き合うことができると思ったから。
◇◇
そして約束の時間になると、わたくしたちは集合場所の第二玄関へと集まった。
バルケリー卿の隣には、陛下がお選びになった監視役のエモニエ一等級王宮魔術師も招致されていて、緊張しているのかその表情は固かった。
そして、王宮の居住宮よりも北に一棟離れた離宮へと、更に数人の近衛騎士を連れて極秘裏に移動した。
オリビアはここに軟禁されていたのね……。
それから、離宮の出入り口から足早に進入し、階段を登った先の突き当たりにある個室の前まで進むと陛下と近衛騎士は歩みを止めた。
どうやらこの部屋のようだけれど、……何かしら。この部屋の扉から何か異様な気配を感じるわ。
陛下が懐から翡翠のような珠が付いたペンダントを取り出し、それを扉に翳すと──たちまち目の前に円形の緑色の眩い光が現れた。
これは何かしら……?
「魔法陣です、妃殿下」
疑問に思って目を白黒させていると、背後からバルケリー卿が囁いた。
わたくしに対しては丁寧な口調なのね……。
「そうでしたか、驚きました」
「……妃殿下。後で折り入ってお話がございます」
「お話ですか? それはどういった内容でしょうか」
「……妃殿下は、ご自身のことをよくご理解されているのでしょうか」
──時間は止まったように感じたけれど、反対に胸の鼓動は瞬く間に跳ね上がった。
確かルチアも、以前に同じことを言っていたわ……。
「何のことでしょうか」
「やはりお気づきではないのですね。それでは後ほど」
「……王妃に話があるようなら、私も同席しよう」
わたくしたちの間に突然陛下が入ってこられたので、わたくしとバルケリー卿は虚を衝かれた形になったけれど、卿は涼しい顔をしているわ。
「私はあくまでも、妃殿下に話があるのだが」
「私が同席したら、何か不都合なことがあるのか?」
「ああ、そうだ」
「バルケリー卿。今はオリビアと面会することの方が先決です」
危なかったわ……。
こともあろうに、どうして卿は陛下に席を外すように促すのかしら……。そんなことをしたら陛下や周囲から、「不貞を働いた」だなんて、今生でも誤解を受けることになってしまうかもしれないわ。
「……そうですね。失礼致しました」
バルケリー卿が小さく頭を下げると、陛下がすかさず二回扉を叩いてから、握りに手をかけて扉を開いた。
「失礼する」
そうして陛下が入室したのを確認し、わたくしも続いて入室すると、そこには──
「オリビア……」
木彫の家具で統一された、隅々まで掃除がいき届いたその部屋の椅子にオリビアは腰掛けていた。
ちょうど本を読んでいたところのようだけれど、……よく見ると本はただ開いているだけで、どこか上の空にのように見える。
「…………妃殿下!」
オリビアはわたくしの来訪に気がつくと、本をテーブルの上に置いてすぐさま近くまで駆け寄った。
「妃殿下にお変わりが無いようで安心致しました! わたくし、警備隊の方に事情を聞いてから気が気ではなく、本を読んで何とか気を紛らわせておりましたが……」
止め処なく告げると、オリビアはヘタリとその場に座り込んでしまった。
その後も何かを告げようと口を開こうとするけれど、思ったように言の葉を紡ぐことができないようで、ただ嗚咽だけが聞こえる。
わたくしは堪らなくなって、オリビアに合わせてしゃがみその背中を両腕で抱きしめた。
「大丈夫よ、オリビア。心配をかけてしまって申し訳がなかったわね」
「わたくし……、わたくしの不注意で……妃殿下を……危険な目に遭わせて……」
「あなたのせいじゃないわ。……それにここには、あなたの身の潔白を証明するために来たのよ」
「……身の……潔白……?」
「ええ」
何かに思い当たったのか、オリビアは身を固くし、その視線をわたくしの背後に向ける。
「カイン……」
バルケリー卿の姿を認識した途端、安心したのかオリビアの表情が緩やかになり彼の名前を呟いた。
卿のことを普段から名前で呼んでいるのかしら。……自分のことではないし、今のこの置かれている状況で不謹慎なのかもしれないけれど、……なんだか胸が高鳴ってきた上に顔が熱くなってきたわ……。
「リビア」
卿はオリビアのことを愛称で呼んでいるのね。腐れ縁だなんて言っていたけれど、これって……まるで……。
「恋人同士の感動の再会に水を差すようで悪いが、これから卿にはそなたの部下であるアベル・エモニエ一等級魔術師による監視魔術を展開するが、準備はよいだろうか」
「ああ、構わない」
「あの、わたくしとバルケリー卿は恋人同士では……」
オリビアの言葉には触れず、バルケリー卿が何か早口で呟くと卿の周囲に光が現れ消えていった。
「準備は整った。……始めてくれ」
「副長、失礼致します」
エモニエ一等魔術師は右手の中指と人差し指を突き立て、バルケリー卿の額にそれをつけると早口で何かを呟き始める。
先ほどのバルケリー卿の呟きもそうだったのでしょうけれど、あれはきっと魔術を使用する際に必要な「詠唱」ね。
わたくしは、何故か幼い頃から魔術師とは関わるなとお父様から強く言い聞かされてきたから、今まで殆ど魔術師の方と関わったり、ましてやその魔術を目の当たりにすることはなかった。
今思うとそれは何故なのかしら……。ともかく、そういう経緯があるから、前回の生では王妃になった後も進んで魔術師と関わるようなことはしてこなかったのよね。
「……これで、これから副長が何か不正を働こうとしましたら、虚偽の魔術が発動し副長を拘束するようになりました」
凄い。そのような魔術もあるのね。
「……それでは始める」
バルケリー卿は、再び椅子に腰掛けたオリビアの左肩に手を置き、何かを呟き始めたのだった。
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