第31話 寛容な心
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「やめてください」
ほぼ無意識に言葉を紡ぎ、気がついた時には両腕で力いっぱい陛下の身体を押しのけていた。
黒い感情が、心中に泉のように溢れ出て渦巻いてくるのだ。
それは清らかな泉ではなく、どこまでも漆黒で救いのない哀れ気を感じさせるものだった。
──わたくしの人生の中で一番辛かったあの法廷で、アルベルト陛下はカーラと寄り添っていた。わたくしの方に視線を移すことなく。
「あなたなんて、大嫌いです!」
言葉にすると、次から次へとドス黒い感情が溢れ出てくる。
同時に、自分の発言の意味を理解をしたけれど、何故か更に発することを止められなかった。
「わたくしは、子を身篭りたくはありません。何故なら民のために生きたいからです。それに……」
カーラのことを伝えようとすると、急に声が掠れて言葉に出すことができなかった。
カーラを愛するあなたに抱かれたくなんてないし、これからカーラがわたくしを陥れてくるのに大事な命を危険に晒したくはない。それがたとえ、あなたとの子だとしても!
「そうか」
冷ややかな声が聞こえた。
途端にわたくしの中で支配されていた黒い感情が薄れ、代わりに自責の念が押し寄せてくる。
──なんてことを、しでかしてしまったのだろう。
よりにもよって、初夜の儀の最中に陛下を嫌いだとか、子を身篭りたくないと言って……。不敬罪で外で警護をしている近衛騎士に突き出されてもおかしくない状況だわ……。
「……そなたの心うちはよく理解した。子を成したくないのなら、今はそれで良い」
……心底失望されてしまったのね。
涙が込み上げてくるけれど、そもそも陛下のことを傷つけるような言葉を発したのはわたくしなのだ。泣く資格なんてないわ。
「これまで、私がそなたに自発的に関わってこなかったのも事実なのだから、忌む理由も理解をしているつもりだ」
………………。
「だが、私はそれでも良い。今は夫婦の契りは交わさなくとも、そなたには私の拠り所になってもらいたい。身勝手な願いだが、叶わないだろうか」
止め処なく涙が溢れてきた。聞き間違いだろうか。そうでなかったとしたら、どうして陛下は……。
「何故、寛容に接していただけるのですか……」
「そなたに惹かれているのだ。真っ直ぐな、強い眼差しで民を見ていたそなたに強く惹かれた。……それでは理由にならぬか?」
必死に首を横に振った。
「いいえ。…………承知いたしました」
「感謝する」
陛下は今度は優しい手付きでわたくしの頭を撫でて、ビューローからハンカチを取り出し、差し出してくださった。
ハンカチで涙を拭うと、気持ちが少し落ち着いてくる。
それからは、しばらく陛下と共に二人掛けのカウチに腰掛けていた。
なんだか酷く疲れてしまったので、陛下の肩にもたれると陛下はそっとわたくしの肩に腕を回して支えてくださった。
伝わる温かい体温と陛下の力強い鼓動に、とても安心することができた。
──このまま、陛下に身を任せてしまいたい。
先ほどとは正反対の感情が沸々と湧き上がってくる。
わたくしは何なのだろう。どうしてこんなにも身勝手なのかと、陛下の腕の中で自身に対して侮蔑の感情が渦巻いてくる。
そもそも、現状では陛下がカーラと繋がりがあるかどうかは分からないのに、何故あれほどの感情が込み上げてきてしまったのだろう……。
「……疲れただろう。そろそろ就寝するとしよう」
優しく耳元で囁かれると、身体が熱くなる。
まだ、離れたくない。そう漠然と思うけれど、それを言葉にする資格はわたくしにはないと悟ると小さく頷いた。
「そなたは寝台を使うと良い。私はカウチで寝るがゆえ」
「……それはいけません。お身体を……悪くしてしまうかもしれませんから」
「良いのだ」
カウチに横になろうとする陛下を見ていると、胸が締め付けられるように感じる。元はといえば、わたくしがあのようなことを言ってしまったからなのに……。
「では、寝台を共に致しましょう」
「……そなたは酷なことを……」
陛下は目を細めるけれど、わたくしと視線が合うと身を強張らせる。そして再びビューローの引き出しを開けて、何か透明な道具を持ち出してきた。
「しばし失礼する」
その道具の細長い先端をわたくしの額にあてると、道具の先端が緑色に発光した。
「……やはりか」
「如何致しましたか?」
陛下はピタリと動きを止めて何かを考えた後、軽く頷いた。
「まだ、確実なことは言えないので判明次第説明をするが、……そなた」
「はい」
「こちらに訪れる前に、何か口にしなかったか?」
口に? どういうことかしら。
「何もしていないですが……。そういえば湯浴みの際に白湯は飲みました」
「……それは侍女に差し出された物か」
「はい。……確かオリビアからですが」
「……そうか。大方理解をした。……蜂蜜酒に対しては前もって検査を行ってあるので、その可能性は低いだろうしな」
陛下はそっと立ち上がり、ビューローに向かうと手早く文を書き、室外に出て何者かと何かの会話を交わした後に戻ってこられた。
「念のために、こちらの道具でも診させて欲しい」
「はい」
次に陛下が持ち出したのは、透明な石が先端に付いた細長い棒状の物だった。それを再びわたくしの額にあてると、今度は何も反応が無かった。
「反応が無いようだな。ひとまず大事はないようだ」
どうかしたのかしら。陛下は診ると仰っていたけれど、何かわたくし自身に起きている……のかしら?
確かに少し身体が重たいような気がするけれど、いつもの体調不良と比べたら軽い方だし、別段変わったところはないように思うわ。
陛下に直接伺いたいけれど、何か真剣な顔で思案なされているので切り出しづらかった。
「それでは今夜はもう休むとしよう。……心配ごとがあるゆえ、そなたには悪いが私と同じ寝台で眠ってもらえないだろうか」
「はい、元よりそのつもりでしたので」
「……そうか」
そして、陛下はわたくしに向かって左側の寝台に横になるように指示を出されて、魔宝具の灯りを消してからお互いに横になった。
そういえば、その指示は妃教育の時にも教えられたけれど、確かあれは「奇襲対策」だったと思う。
それは、常時行うことだから今がそういうわけではないのだとは思うけれど、何故か身体が震えてきて、わたくしは無意識のうちに温もりを求めながら眠りについた。
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