第23話 炊き出し
ご覧いただき、ありがとうございます。
アルベルト陛下と晩餐を共にした日から、一週間ほどが経った日曜日。
わたくしは、専属の侍女や複数の近衛騎士を連れ立って、王都の広場を訪れていた。
「王妃殿下、お待ちいたしておりました」
「今日はよろしく頼みますね」
「はい。こちらまでわざわざご足労をいただき、感謝の念が絶えません。市井など妃殿下にはお相応しくないとは思いますが、精一杯ご案内をさせていただきます」
言葉は嬉しいけれど、相応しくないというのは誤解だわ。
何しろ、わたくしは最近まで牢獄の中で暮らしていたのだし、鏡が常には無かったから時折しか自分の姿を確認していなかったけれど、きっとそのときの姿はその場にとても相応しかったのでしょうから。
加えて、今日は炊き出しの手伝いをするので流石に普段のような華美な装いは不適切だと判断をし、レースの施されたブラウスに黒の膝下丈のスカートという比較的簡素な服装だ。
ただ、コルセットは身につけているけれど、普段よりも身軽なので、それだけでも動き出したくなるわね。
それにしても、わたくしの案内役の方は王都中の商会が結成している組合の方だけあって、表情がとても朗らかで好感が持てるわね。
彼女は商いを営んでいるケリー家の夫人だと伺った。
「直接、民と触れ合うことができる機会なので、とても楽しみにしておりました」
「まあ、そのお言葉を聞いたら皆が喜ぶでしょう」
一昨日、侍従から「王都の広場で、教会が行っている炊き出しの手伝いをしていただきたい」と一報を受けたときは驚いた。
王妃が行う公務として、慈善活動に携わり少しでも何かの役に立てるのであればとても嬉しいわ。
加えて、陛下がわたくしの希望を早速受けてくれたことに関してはありがたいとも思うけれど、正直なところ疑心暗鬼になってしまうのだ。
……わたくしは捻くれているのかしら。
それから、わたくしたちはケリー夫人の案内により広場の様子を見て周り、炊き出し会場まで移動した。
広場では、子供たちがボールを投げて遊んだり、老夫婦がベンチに腰掛けて中央に設けられた噴水を眺めていたり、付近の教会へと若い男女が訪れるなどをして、皆それぞれ思い思いの行動をしている。
市場も営まれていて人々の声が掛け合っているわ。とても活気があってよいわね。
「妃殿下。滅多なことがなきよう、私共が常にお傍におりますので」
「ええ、よろしく頼みますね、フリト卿」
「御意」
フリト卿は鎧を身に纏い、中剣を腰に掛けている。
確か、あの剣の柄にも何か魔宝具が装着されているはずなのだけれど、その詳細は前回の生の際にも知らされてはいなかったわ。
加えて、わたくしの手首には防御系の魔術が施された魔宝具の腕輪が嵌められている。
その魔宝具は、何者かが危害を加えようとした攻撃を、たちまち目視不可の膜が張られて弾き返すものらしい。
あまり考えたくはないけれど、市井に降りたからには何があるか分からないので常に近衛騎士たちが護衛をしてくれており、その上で念のために装着をしているのだ。
「さあ、皆さん。今日はよろしくお願いします」
「はい、妃殿下」
有志の民や教会の修道女たちが集まり、炊き出しは既に始まっていた。わたくしの体調も考慮し、短いけれど一時間ほど参加をすることになっている。
そして持ち場について状況を確認すると、既に行列が目視で確認ができないほど連なっている様を目の当たりにした。
そうだわ、確か前回もそうだったのだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
わたくしが差し出した野菜が沢山入った温かいスープに一つのパンを、くたびれた帽子にジャケットにベスト、ズボンを身につけたお爺さんが大切そうに丁寧に両手で受け取ってくれた。
列に並ぶ人々をふと見ると、皆ほとんどそのような服装をしていた。加えて、その衣服は着倒しているのかくたびれて見える。
前回の炊き出しでも同様に食べ物を手渡したはずなのに、その時は民の服装にまで気がつくことができたのかしら……。
それに、わたくしは以前に牢獄の中で食べたパンが硬かったと苦言を漏らしたけれど、パンを求めてこれだけ列をなしているのよ。
裏を返せば、それにさえありつけない人々がたくさんいるということなのよね。牢獄の中の食事だって、どれほど有難かったのだろう……。
「妃殿下。本日はありがとうございました。そろそろお時間でございます」
「あら、もう時間なのですね。……分かりました」
正直なところ、非常に後ろ髪が引かれる思いだった。目前の問題をそのままにして、複雑な心持ちのまま帰るのは心残りだからだ。
炊き出しに参加をする以外にも、何かできることはないだろうか。
その思いが、沸々と湧き上がってきた。
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