騎士団幼年学校入学試験 その二
「……あの、受験生ではありませんよね?」
私はようよう声を絞りだす。
金髪碧眼――――おそらく、王子の兄の方がニコリと笑った。
「そうだよ。私たちは、君のように強すぎて対戦者が見つからない受験生の相手になるためのお手伝い要員なんだ。私たちと戦って一定水準以上の力を見せてもらえば、十人勝ち抜きと同等と認められるんだよ」
どうやら対戦相手に困る受験生は、毎年一定数いるらしい。それに対する救済措置が彼らというわけか。
非常にありがたい話なのだが、しかし攻略対象の兄なんて出来れば関わりたくない。彼らふたりは、ことさらに。
私は、キョロキョロと周囲を見回した。
どこかに、十人目になってくれる犠牲者……じゃなくて受験生がいないかしら? そうでなければ他のお手伝い要員でもいいんだけど。
必死で探していれば、兄王子が私に近寄ってきた。
「どうしたの? 私では不足なのかな? だったらこっちの彼でもいいんだよ」
笑いながら指さすのは、推定騎士団長の息子の兄。
そっちはもっとノーサンキューだ。
「お断りします。そちらの方では絶対勝てそうにありませんから」
兄王子も強そうなのだが、騎士団長の息子の兄はオーラが違う。彼の強さは、私なんかとは段違いだろう。
瞬殺されるとわかっている相手と、誰が戦いたいと思うものか。
兄王子は、碧の目を見開いた。次いで、先ほどまでの優しい笑みとは違う、ひと癖ありそうな笑みを浮かべる。
「ふ~ん? 彼には負けそうで、私になら勝てそうなんだね?」
――――あ、なんか地雷を踏んだっぽい。
「いえいえ、たぶん勝てません。ただ、そちらの方へ勝つ確率が一パーセントだとしたら、あなたは三パーセントくらいかなって。そのくらいの違いです!」
私は両手を振って否定する。一パーセントも三パーセントも、たいした違いではないはずだ。
こう言えば納得するだろうと思ったのに、兄王子はますます笑みを深くした。
「そうか。三パーセントくらいは私に勝てると思うんだね? 面白いな。やっぱり私と勝負しようよ。大丈夫。ルールはさっき言ったとおりだから。君は私に勝つ必要はないよ。その三パーセントの根拠を見せてくれれば、即合格にしてあげる」
「おい! 勝手なことを言うな」
実技試験のクリアではなく「合格」と言った兄王子に、騎士団長の息子の兄が低い声で注意する。
「大丈夫だよ。彼女は頭もよさそうだからね。基礎体力も問題なかったし、実技がクリア出来れば落ちることなんてないだろう?」
いったい私の何を見て、そう判断をしたの?
そんな保証はいらないから、別の人を紹介してよ!
そう思っていたのだが――――。
「そうだね。君が私と十回剣を合わせることが出来たら、それで君の勝ちとしよう。この条件でどうかな?」
兄王子は、そう言った。
――――は? 何、その私をなめくさった条件?
瞬時に頭に血が上った。
プツンと心の中の何かが切れる音がする。
こう見えて、私は短気なのだ。ついでに、売られた喧嘩は買う性質だ。
「……それでかまいませんけど、その十回の前に私があなたを叩きのめしたら、どうなるんですか?」
だから私はこうたずねた。
「アハハ、あり得ないことを聞くんだね? そんなことになったのなら、君を今すぐ士官学校に入学させてあげるよ」
「士官学校になんて行かなくて結構ですから、その時はきちんと負けを認めてくださいね。子どもだから手加減したんだなんて言い訳は聞きませんよ」
「……ああ、もちろんだとも。万が一にでも君が勝てたらね」
売り言葉に買い言葉、私と兄王子はギリリと睨み合う。
我ながら大人げないと思うのだが…………いや、私は十三歳の子どもだし、兄王子も十七歳くらいの少年だ。子ども同士の喧嘩だし、我慢する必要はないだろう。
「おい、いい加減にしろ。さっさと試合をはじめるぞ」
止めに入ったのは、騎士団長の息子の兄だった。――――っていうか、この人も騎士団長の息子なんだから、兄は余計か。
先ほどの言動から見るに、彼はそこそこ常識人のようだ。
ますます勝てる気がしない。
私と兄王子は、一定距離を開けて立つと、再び睨み合った。




