騎士団幼年学校入学試験 その一
今回の受験生は、およそ二百人。合格者に定数はなく、一定以上の基準をクリアすれば、何人でも合格出来るらしい。例年であれば、百人程度は受かるようなので、倍率は二倍といったところかな。
貴族と平民の割合は三対七くらいで、男女比は九対一。つまり貴族女性の受験生は、ものすごく少ないってことよね。
(貴族が騎士になるには、王立学園の騎士科を卒業するのが普通だものね)
実際、幼年学校の卒業生では、せいぜい下士官にしかなれない。途中で士官学校に進学すれば士官になることも可能だが、士官学校の試験の難しさは語り草になるほどで、あえて茨の道を選ぶ貴族は少ない。いても男爵、子爵止まりだそうだ。
高位貴族でこのルートを選ぶのは、よほどの実力者か、さもなければ変人なのだろう。
(攻略対象者の騎士団長の息子も、王立学園の方に入っていたもの)
まあ、それこそが彼の負い目になっていたわけなんだけど。
どうも、乙女ゲームの攻略対象者とは、何かしらのトラウマを持っているというのがデフォルトらしい。それをヒロインが克服させてあげることで好感度が上がるのだとか。
騎士団長の息子の負い目の原因は、彼の優秀な兄だった。
兄は、騎士団幼年学校から士官学校へ進学し、常にトップの成績を修めた剣の天才だったのだ。その兄と自分を比べ、卑下しいじけまくっていたのが、騎士団長の息子ってわけ。
(たしか、メイン攻略対象者の第二王子も、兄王子にコンプレックスを持っていたって設定だったわよね? ……まったく、乙女ゲームのヒーローって、揃いも揃って軟弱すぎるんじゃないかしら。うじうじ悩むくらいなら、自分も玉砕覚悟で士官学校に挑むなりなんなりしろって話よね。敵わないって諦めたくせに、いつまでも引き摺るんじゃないわよ!)
やっぱり私にヒロインは無理だ。攻略対象者全員ぶっ飛ばしてしまいそう。
(私は、何があろうとも諦めたりしないわ!)
「――――午前中は筆記試験です。受験生の皆さんは、受験番号の書かれた教室に入ってください」
つらつらと考えていれば、騎士服を着た女性からアナウンスがあった。引き締まった体型のすらりとした美人さんだ。
絶対合格して、いつか私もこの女性のように受験生の案内をしよう。
覚悟もあらたに、私は教室に入った。
――――で、結果だけど。
午前の筆記試験は、楽勝だった。
基本的な読み書き計算と、この世界の歴史、あとは一般的な魔法の知識についての問題がだされ、どれもきちんと勉強していれば解けないものではなかったもの。
自信満々で午後の実技試験に挑んだのだが――――。
(最初に持久走を持ってくるのは、反則なんじゃないかしら?)
持久走は順位を競うものではない。決められた距離を自分がどのくらいで走れるかを申告し、その申告どおりに走ることを目標とする競技だ。見極められるのは、精神力や我慢強さ。要は自分との戦いなのよね。
ただでさえ受験で緊張している中で、冷静に走るのは至難の業だ。ましてや受験生たちは十代前半の子どもばかり。たいていの受験生が申告より早く走りすぎ、肩を落とす。
(まあ、私はぴったり申告どおりだったけど)
見た目は十三歳、中身はサレ妻の私の精神力を見くびらないでいただきたい。
その後は体力試験で、握力測定や腕立て伏せ、反復横跳びにシャトルラン等々、日本でもおなじみの項目を黙々とこなした。
(異世界も日本も、こういうものは変わらないのね)
同じ人間なのだから、当然か。
前世を思いだし、ちょっと感傷に浸っていれば、最後の試験になる。
待ちに待った実技試験は、刃を潰した剣を使った十人勝ち抜き戦だった。
相手は受験生なら誰でもOKで、十人に勝ったところで、この種目はクリアとなる。
おかげで、試験開始前から私の前には挑戦者が長蛇の列をなしたわ。どうやら、受験生の中で一番弱いと思われたみたい。
(なめられたものね。でも、飛んで火に入る夏の虫よ)
こちらから行く手間が省けてよかったわ。
私は、不敵にニヤリと笑う。
――――で、つい調子に乗ってしまったの。
試合開始の合図と同時に、最初のひとりの剣をひと太刀で弾き飛ばした私は、次の相手は剣と一緒に本人も吹っ飛ばしてしまう。
まあ、そこまではまだよかったのだけど、三人目、四人目、五人目もカン! キン! ガッキ~ン! と、リズムよくたたき伏せてしまったのは……やはりやり過ぎだったわよね。
私の戦いっぷりを見た受験生が、こいつはやばいと思ったのか続々と列から離脱しはじめる。
それでも、腕に覚えのある子どもが何人か残ってくれたんだけど、私はそんな相手に対しても容赦しなかった。
六人、七人、八人、九人――――そして、あとひとりで十人抜き完成というところで見回せば、私の前には誰の姿もない。
(あんなにたくさんいたのに、みんなどこにいったの?)
仕方なく、自分から相手を求めて行くのだが、私と目が合った者は、全員脱兎のごとく逃げだしてしまうのだ。
(もうっ、あとひとりなのに。どうすればいいのよ?)
こんなことならもう少し手加減すればよかったと思ったけれど、後の祭り。
途方に暮れていれば、背後から声がかかった。
「よければ私が相手をしようか?」
地獄に仏とはこのことか。私は喜び「是非!」と言って後ろを振り返る。
そして、そこでピタリと動きを止めた。
視線の先にいたのは、やけに綺麗なふたりの少年だ。年の頃は、十六、七。ひとりは金髪碧眼で、もうひとりは黒髪紫眼という対照的な色彩を纏っている。
…………どこかで見たような容姿のような?
(攻略対象者の王子と騎士団長の息子に、似ているみたいなんだけど?)
いやいや、こんなところで攻略対象者に会うはずがない!
それによくよく見れば、ふたりは騎士団士官学校の制服を着ていた。
(ということは、少なくとも私より三歳は年上ってことよね? 乙女ゲームの攻略対象者は、同級生と年下、あとは一学年上だったはずだから、本人じゃないわ)
だとすれば、導きだされる答えはひとつ。
(ひょっとして…………攻略対象者の兄ってこと?)
騎士団長の息子にも王子にも兄がいた。
どちらも弟より優秀で、彼らにコンプレックスを植え付けた存在だ。
どうしてここに彼らがいるのだろう?
体から、ザッと血の気が引いた。




