お父さま、攻略
「お父さま! 私、騎士団に入りたいです!」
うららかな春の陽が差しこむ談話室で、私の言葉を聞いた父は白目をむいた。
「エ、エ、エイミーが! 私の可愛い娘が! 騎士団だって?」
素っ頓狂な声が、部屋中に響く。
父は、私と同じピンク髪のいわゆるイケオジだ。高身長に高学歴。男爵だけど手広く商売もやっていて、おかげで我が家は高位貴族並みの裕福な生活を送っている。
押しも強く立派な父の弱点は、母と私。ほんわか穏やかで優しい母と、甘えん坊の末っ娘の前では、父の威厳は跡形もない。
まあ、ここまでなくなったことは、はじめてだと思うけど。
「どうして? なんで、騎士団なんだ!」
「カッコイイからです!」
悲鳴のような父の質問に、私は即答した。
父は、絶句する。
「……………………そ、そうか。た、たしかに騎士さまはカッコイイからな」
しばらくしてようよう発した父の声には、微かに安堵の響きがあった。
私の「カッコイイ」発言で、騎士になりたいというのが、いつもの気まぐれだと思ったのだろう。
ここで、もう一押し。
「もちろん、今すぐ騎士団に入りたいというわけじゃないの。だって私はまだ五歳ですもの。騎士団への入団は、どんなに早くても十八歳からだってことくらい、知っているんですよ!」
ちょっと自慢げに言ってみる。
父は、ニコニコと笑いだした。
「そうか、エイミーは賢いな。さすが父さまと母さまの子だ」
「フフ、そうでしょう? だから私、剣を習いたいんです! 今から剣のお稽古をして、十三歳になったら騎士団幼年学校に入るの!」
「騎士団幼年学校……」
笑顔を引っこめた父は、難しい顔で考えはじめた。
騎士団幼年学校とは、文字どおり将来の騎士を育てるための教育機関だ。十三歳から入学可能で、期間は五年間。三年終了時には士官学校への進学も可能となる。
「お父さま、私に剣の先生をつけてください。私、エイヤッ! って、剣を振り回すカッコイイ女騎士になりたいんです!」
我ながら子どもっぽいおねだりだった。
騎士というものは、そんなにカッコイイばかりじゃないとか、剣の稽古だってたいへんなのだとか、ツッコミどころは満載だろう。
しかし、ジッと考えた父は「いいだろう」と頷いてくれた。
「エイミーが剣を習えるようにしてあげるよ。ただし、他のお勉強や習い事もちゃんとするんだよ。あと、痛かったり苦しかったりしたら、無理して頑張らないこと。いつでもやめていいからね」
「は~い! お父さま、ありがとう! 大好き!」
私が飛びつけば、父は嬉しそうに相好を崩した。
どうやら父は、頭ごなしに否定して私に「お父さまなんて大嫌い!」と言われる危険よりも、とりあえずやらせてみて、厳しい訓練に音を上げさせて、私が自ら「やめたい」と言いだす方に賭けたらしい。
それは非常に懸命な判断だ。
もしも私が前世の記憶を取り戻す前であれば、父の思惑どおりになる可能性は高かったと思われる。
私は、しめしめと心の中でほくそ笑んだ。
すべて計画どおりだ。後は、八年後に向けて努力して、なんとしても騎士団幼年学校に入るのみ。
そしてその後は騎士団に入団して、ひとりで邪竜に立ち向かえるだけの実力をつけるのだ。
私に、攻略対象者はいらない!
次なる目標に向かい、私は拳を握った。




