サレ妻にヒロインは無理でしょう!
前世の離婚裁判は、大変だった。
時間も費用もかかったし、なにより精神的負担が大きかったのだ。
元夫の浮気には決定的な証拠があったし、私たちの結婚生活が破綻していたのも周知の事実。私としては、さっさと離婚出来るのなら協議離婚でも調停離婚でもよかったのに、元夫は最後まで「離婚しない」と言い張った。
「二度と浮気はしない!」
「許してくれるなら、なんでもする!」
「お願いだから、捨てないでくれ!」
泣いて縋られたが、今さらだ。
自分で浮気しておきながら阿呆抜かすな! と、突き放し続けてようやく離婚を勝ち取った。
一年にも及ぶ長い裁判中、意外と思われるかもしれないが、なにより辛かったのは待ち時間だ。
実際の裁判はもちろん、弁護士との打ち合わせや関係者との話し合い。そのすべてが予定どおりスムーズに行われるわけではなく、場合によっては一時間や二時間待たせられることもざら。
ただでさえ疲弊している心に、無駄に過ぎゆく時間は耐え難かった。
そんな私につき合ってくれたのが、娘だ。
そして、その時に娘がやっていたのが、スマホの乙女ゲームだった。
……いや、私としては、ゲームなんてしてないで私と会話してよ! と思ったわよ。
でも、一緒にいてもらえるだけでも助かったのは事実。あまり強く文句が言えなかった私は、自然娘と一緒に乙女ゲームの画面を覗きこみ、話を聞くことになったのだ。
『ヒロインのエイミーは、聖女の力を持つ男爵令嬢なの。この世界には邪竜がいて、数百年に一度目覚める邪竜を、攻略対象者たちと協力して封印するゲームなのよ』
画面に映るゲームのヒロインは、淡いピンク髪のどこからどう見ても十代の少女。
攻略対象と称されるイケメンたちも、どんなに上に見積もってもせいぜい二十歳にしか見えない細身の若者たちだ。
『こんな子どもに邪竜の封印をさせる国って、倫理的にどうなの?』
年少者に対する危険有害業務の就業制限は、ないの?
心配して質問した私に、娘は呆れたような目を向けてきた。
『乙女ゲームのヒロインやヒーローが、三十代や四十代のおばさんやおじさんだったら、ゲームが売れないでしょう? もうっ、ママは余計なことを言わないで黙って見ていてよ!』
まあ、言われてみればそれもそうなのかもしれない。
所詮ゲームに、現実の合理性や論理的かどうかとか追求するのも無意味か。
スマホの画面の中では、ヒロインが無邪気に愛嬌を振りまき笑っている。
(ま、いっか)
そう思って、黙って見ていた乙女ゲームのヒロインが、今の私だった。
目の端に映るピンク髪をそっと摘まむ。
髪色と名前と親の爵位が同じだけで、まるっきりの別人って可能性は――――あまりないわよね?
もう、ため息しか出てこない。
何が最悪かって、自分がヒロインだってことよ!
浮気されて離婚したおばさんに、恋愛ゲームなんて出来るはずがないでしょう!
もう、私は恋も愛もお断りなのに!
だいたい、攻略対象者には、それぞれ婚約者がいるのよね?
なのにヒロインと恋愛するなんて! それって、間違いなく浮気でしょう?
私は、この世のなによりも浮気男が嫌いなの!
ゴキブリより、ヘビより、お化けよりも!
浮気男と恋をするくらいなら、邪竜の方がまだマシよ!
――――あっと、こういうのはフラグって言うのだったかしら?
今のは無しでお願いね。
ともかく、絶対私はヒロインなんてならないから!
これだけは、確定路線よ。
あとは、そのために何をするかよね?
そよそよと爽やかな風が木陰を吹き抜けていく。
キャッキャと、無邪気な子どもたちの声が聞こえる席で、彼らと同年代のはずの私は、どうすればヒロインにならずに済むかを、うんうん唸りながら考えたのだった。




