叩きのめしてヤリました!
そして二時間後。
「オーホホホ……口ほどでもない! その程度の剣技で、よくも私を守るなんて言えましたね」
地べたに這いつくばるオリヴェルを目の前に、ヒロインのはずの私は悪役令嬢みたいな高笑いを披露していた。
「こ、こんなはずは――――」
「弱い! 弱すぎますわ! こんな軟弱者が王太子を名乗るなんて、笑止千万!」
「きさま! 殿下に対して無礼だろう!」
喚くローレンも、膝を地についている。オリヴェルの前哨戦として、私がコテンパンにのしてやったのだ。
「あら、その殿下御自ら私に不敬を問わないと、おっしゃってくださったのですよ。皆さま聞いておられましたよね?」
そう言って私がたずねるのは、エドヴィンとマルク、そして興奮に頬を染めているビクトリアだ。
これだけの証人がいては、言い逃れは出来まい。
「たしかに聞いていたが」
「ちょっとやり過ぎじゃないかな?」
マルクとエドヴィンは、若干引き気味。
「そんなことありません! そもそもエイミーを弱いと決めつけて、勝負を受けたのは王太子殿下ですわ。完全に自業自得です!」
ありがとう! ビクトリア。あなたなら味方になってくれると、信じていたわ。
まあ、こうなるように誘導したのは私だから、ちょっと後ろめたさはあるけれど。
◇◇◇
今から一時間前、私と再会したオリヴェルは、かなりとんちんかんな発言をした。
「ああ、やっと会えた。……僕が来たからにはもう大丈夫だよ。君は兄上に怯えることはないんだ。これからは僕が君を守ってあげる!」
のっけから意味不明である。
(いや、まあ、何を誤解しているのかはだいたいわかるけど)
エドヴィンも言っていたが、オリヴェルの中の私は、兄王子からおつき合いを強制されている薄幸なご令嬢。庇護し守ってやらなければならない可哀相な少女だ。
出会えたのは『運命』で『必然』……とでも思っているのだろう。
「君に出会うために、僕は生まれてきたんだ!」
なんとも寒い台詞を、オリヴェルは叫んだ。
――――うん。知ってた。
ゲームでも、そう言っていたものね。
娘のスマホから聞こえてきたボイスに「ちょっと、ボリューム下げなさいよ! 恥ずかしいから!」と、叱りつけたことを思いだす。
よもやリアルで聞くことになるなんて、思わなかったけど。
想像以上に、気持ち悪いものなのね。
「……まさか、私などが……そんなはずありませんわ」
瞳を潤ませ戸惑い怯える私を安心させようと、オリヴェルは言葉を尽くす。それを巧みに誘導し「不敬を問わない」発言を引きだしたのは、私だ。
こうして最高の免罪符を得れば、怖いものなど何もなかった。
「王太子殿下とローレンさまの強さを、この身で感じさせてください」
何を想像したのか頬を赤くして狼狽えたふたりに、さしでの勝負を申しこみ遠慮なく勝たせてもらったのだ。
◇◇◇
「自業自得だそうですよ?」
私は勝ち誇って、オリヴェルとローレンを見下ろす。
「……詐欺だ! これは、王太子殿下を陥れる奸計だ! よくも私たちを騙したな!」
ローレンは、真っ赤になって怒鳴る。
ごめんなさいね。でもこれもあなたたちのためなのよ。
「これに懲りたら、さっさと収納魔法を取得して王宮にお帰りになったらいかがでしょうか? 騎士団幼年学校には、近づかれないようお勧めしますわ」
そうすれば、あなたたちの死亡フラグは完全に折れるから。
「フン! 言われなくとも、こんなところ二度と来るか!」
ローレンは、悪態をつきながら立ち上がった。いまだ呆然としているオリヴェルに手を貸し、ふたりで支え合いながら離れて行く。
その後ろ姿を見送りながら、私はホッとしていた。
「……ずいぶん派手にやったね」
「ええ。もうこれで私に近づこうなんて思わないでしょうね」
ヒロインになる道も防げて、めでたしめでたしだわ。
「そうだといいんだが」
安堵する私に対し、エドヴィンはまだ心配そう。
「あれだけ醜態をさらしたんですもの。私だったら恥ずかしくて顔をだせませんわ」
ビクトリアの言葉には遠慮がないが、私も同感だ。特に王太子なんてプライドが高いはずだもの。きっと私のことは、記憶から抹消してくれるはず。
そう思うのに、エドヴィンの表情は晴れない。
「……あいつらだからな」
マルクまで心配そうで…………それが私の心にも影を落とす。
悪い予感ほどよく当たる。
多くの人が経験しているこの現象を、私が実体験したのは翌日のことだった。




