ヤッてやろうじゃない!
元サレ妻で、現乙女ゲームのヒロインの私。
転生後一番のピンチに陥っています!
浮気者の攻略対象者との絆を、これでもかと切りまくっていたはずなのに、どうしてこんなことになっているの?
私は、ヒロインなんか絶対なりたくないのよ!
思いつく限りの罵詈雑言を心の中で叫ぶけれど、目の前の攻略対象者は消えてくれない。
「あ痛たたたた……急に持病のしゃくが。私、今日はこれで休ませていただきますね!」
私はお腹を押さえながら、きびすをかえそうとした。
「仮病は止めろ。あと『しゃく』ってなんだ?」
途端マルクから鋭いツッコミが入る。……異世界にしゃくは通じないようだ。
同時にエドヴィンから、がっちり手を捕まれた。
「私、アノ人には極力近づきたくないんですよね。……あと『しゃく』はよく知りません」
たしか、内臓の病気の総称だったんじゃないかしら? まあ、この際それはどうでもいいと思うけど。
「気持ちはわかるが、これからずっと逃げ続けるわけにはいかないだろう?」
エドヴィンの声には諦念の響きがあった。
「ずっと!?」
ちょっと、怖いこと言わないでよ!
「収納魔法を取得したら、すぐ帰るんじゃないですか?」
「だったら良かったんだけどね。今回オリヴェルは短期入学したんだよ。寮にも入った。期間は最短でも一ヵ月だ」
エドヴィンの目が死んでいる。
「どうしてそんな暴挙がまかり通ったんですか?」
「私や周囲も精一杯止めたんだけどね。止めれば止めるほど意地になったみたいで――――。王妃と意見が一致したのは、はじめてだったな」
どうやらオリヴェルは、母である王妃の反対まで振り切って来たらしい。
「言っただろう、オリヴェルは諦めが悪いと」
それにしたって限度がある!
「私、アノ人とは、一度ほんの少し会っただけですよね?」
「本人いわくひと目惚れだそうだ」
「王子さまが、ひと目惚れで動いちゃダメでしょう!」
王族なんだから、国益優先よね?
「……まだ、十四歳だから」
「子どもだからって、甘やかしすぎです!」
「…………返す言葉もないな」
ガンガンと怒る私と、謝る一方のエドヴィン。
延々と続きそうな言い合いを止めてくれたのは、マルクだった。
「不毛な言い争いはそこまでにしておけ。今は、アレをどうするかを考えなければならないだろう」
「……そのアレの中には、あなたの弟も入っているみたいですけど」
「ぐっ……それは、その……すまない!」
マルクも本気で謝った。
まあ、マルクの弟のローレンはオリヴェルに付き従っているだけで、私に執着したりはしていないんだろうけど。
…………そうだよね?
ああ、もうっ! これ以上は、本当にもう止めておこう。イライラが募るばかりだわ。
それよりマズいのは、最短でも一ヵ月というオリヴェルの短期入学期間よ。
(二ヶ月後には、エドヴィンとマルクが死んでしまう魔獣討伐があるのに。……まさか、オリヴェルやローレンまで討伐に同行するとか言わないわよね?)
彼らは攻略対象者だ。ゲームが開始される二年後まで間違いなく生きている人物で、だから二ヶ月後の討伐で死ぬなんてことがあるはずがないのだが――――。
(……私が騎士団幼年学校に入学した時点で、乙女ゲームの設定は狂っているんだもの)
討伐に同行したら最後、彼らが死なない保証はどこにもない。
(もう、もうっ! エドヴィンとマルクを助けるだけで精一杯なのに、これ以上面倒ごとを抱えこむ余裕なんてないのよ!)
私は声なき叫びを上げる。
こうなったら、何がなんでも最短一ヶ月で、オリヴェルとローレンを幼年学校から追いだすしかないだろう。
「わかりました。……ヤッてやろうじゃないですか!」
「え? あ? …………エイミー嬢? そのヤルは、いったいどのヤルなのかな?」
「まさか……『ヤル』じゃないよな?」
いったいどんな『ヤル』を考えているのよ!
青ざめるエドヴィンとマルクを、私はギロリと睨む。
「ヤルって言ったら、ヤルに決まっているでしょう!」
「「お手柔らかに!」」
ふたりの叫びが、綺麗に重なった。




