とんでもない今世
そんなとんでもない前世を思いだしたのは、私が五歳のときだった。
美しい花々が咲き誇るガーデンパーティーの真っ最中。
私の目の前で、ひとりの男の子を挟んで言い争っていたふたりの女の子の片方が、もうひとりの女の子を突き飛ばし「うわぁ~ん」と泣いている。
(自分で突き飛ばしておいて泣くなんて、変なの)
そう思った瞬間、気がついた。自分が生まれ変わったことに。
前世で私は、浮気した夫と離婚したまではよかったが、その浮気相手の女に刺し殺されたサレ妻だったのだ。
目の前の三人の子どもの様子が妙に前世と重なって、思いだしてしまった。
「あのクソアマ! 絶対殺す!」
……叫んだのが日本語でよかった。
突如わけのわからぬ雄叫びを上げた私に、周囲は驚きの目を向けてくる。
目の前で喧嘩していた子どもたちも、びっくり仰天。おかげで女の子の涙も引っこんだみたい。
「ど、どうしたのエイミーちゃん?」
慌ててこちらに駆け寄ってくるのは、今世の私の母だ。ちょっとぽっちゃりだけど、優しくて気のいい男爵夫人。
私の名はエイミー・リシャーク。
兄姉と年の離れた末っ娘で、可愛いがられて育った甘えん坊。
今日私は、母と一緒に家門の子どもたちの交流会を兼ねたお茶会に出席していた。
「ごめんなさい、お母さま。……私、喧嘩を止めたくて」
先手必勝。素直に頭を下げる。
別に叫んだだけで、それほど悪いことをしたわけではないと思うけど、ごちゃごちゃ言い訳して、なんと言ったのかとか追及されたら困るもの。
「そ、そうなのね。でも、急にあんなに大きい声をだすのはいけないわ。みんなびっくりしちゃうでしょう?」
「はい。ごめんなさい。……皆さまも申し訳ありませんでした」
ぺこりと重ねて謝れば、母はホッと息を吐いた。隣で一緒に頭を下げてくれる。
周囲も戸惑いつつも収まった。五歳の子どもの奇声に目くじら立てるのも大人げないものね。
「私、ちょっとあっちで休んでいます」
私が誰もいない木陰の子ども席を指させば、母は「ひとりで大丈夫?」と心配そうに聞いてきた。
「はい。……恥ずかしいから、ひとりがいいです」
もじもじしながら上目遣いで見つめれば、母は優しく頭を撫でてくれる。
「そう。だったら今日は早めに帰りましょう。……挨拶だけ済ませてくるから、それまでいい子で待っていてね」
もう一度私の頭を撫でてから、母は離れて行った。
その後ろ姿を見送ってから、私はトコトコと席に近づく。
子どもサイズの椅子は、予想よりも大きかったが、それでもなんとかひとりで座ることが出来た。
肘をテーブルについて、顔を深く覆う。
淡いピンクの髪がひと房顔の脇に垂れた。
「はぁ~」
ちょっと、子どもには似つかわしくないため息が漏れてしまう。
(異世界転生とか、漫画や小説の中だけじゃなかったのね)
驚きと思いだした前世への憤りで、思考がぐるぐると渦巻いた。
まさか自分があんな女の凶刃に倒れてしまうなんて思わなかった。
これでも、空手や少林寺を習っていて、そこそこ強さには自信があったのに。
死ぬ一年前くらいから離婚裁判やらなんやらで、いろいろ忙しく訓練をさぼっていたツケが回ってきたのかな?
……いや、あんな人通りの多い大通りで襲ってくるなんて、予想出来ないもの。
あの女が、非常識過ぎたのよ。私は、断じて悪くないわ。絶対!
……とはいえ私も、無事に離婚出来たし、元夫には接近禁止命令が出たしで、油断していたのよね。
ああ~、クソッ! 悔しい~っ!!
また叫びだしそうになって、慌てて唇を噛んだ。
大きく深呼吸をして、心を静める。
今さらどうにもならない前世を思いだして、歯噛みしている場合じゃないもの。
小さな拳を握りしめる。
――――そう。前世もなかなかにハードな人生だった私だけど、転生した今世も気を抜けない人生になりそうなのだ。
思いだした知識に、顔が引きつる。
(エイミー・リシャークって……娘がやっていた乙女ゲームのヒロインじゃない?)
私は、絶望と共に深く項垂れた。




