ふたりで避難しました
「え? ……兄上の?」
オリヴェルが、信じられないと言わんばかりの声をだす。
実際、私も初耳だ。
(これって、第二王子を諦めさせるために、そういうことにしておきましょうってことよね?)
差し伸べられたエドヴィンの手に、そっと自分の手を乗せながら、考えた。
腰を引き寄せられて、背の高い第一王子の横に立つ。
(たしかに、この場ではそうする方がいいのかもしれないわ)
少なくとも、オリヴェルからエスコートされるより、ずっとマシだろう。
見上げれば、エドヴィンは申し訳なさそうな視線で謝ってきた。
不出来な弟を持つと、大変ね。
「う、う、嘘だ! こんなこと――――」
目と目で会話していれば、突如オリヴェルが叫びだした。
「何が嘘だと言うんだい?」
「どうして兄上が、彼女のパートナーなんですか?」
「彼女は、騎士団幼年学校の後輩だからね」
「騎士団幼年学校!? ……え! 彼女がですか?」
「そうだよ。とても優秀な学生だ」
オリヴェルは、信じられないというように目を丸くする。驚きすぎたのか、動きがピタリと止まった。
そのすきを逃すような、私とエドヴィンではない。
第二王子を置き去りにした私たちは、ビクトリアに目配せして伯爵邸内に入れてもらった。
足早に近くの部屋に入り、ドアをバタンと閉める。
どうやらここは昼食会の休憩室みたい。座り心地の良さそうな長椅子とテーブル。脇にはお茶のセットまで用意されているもの。
「ここなら、あいつも追って来られないだろう」
エドヴィンが大きく息を吐いた。
「もうっ! なんなんですか、あの子。礼儀がなっていなさすぎでしょう!」
ついつい声が大きくなる私に対し、エドヴィンは唇の前に人差し指を立てて見せてくる。
「シッ! 静かに。大丈夫だとは思うけど、まだ用心した方がいい。……本当に申し訳ないんだけど、オリヴェルは諦めが悪いんだよ」
本当に、迷惑千万だわ!
「いったいどれだけ甘やかされたら、あんな子が出来るんですか?」
「礼儀作法の教師はついているんだけどね。……あまり厳しくすると、王妃がクビにしてしまうんだよ」
エドヴィンは、大げさに肩を竦めた。
「エドヴィンさまのせいではないのですから、謝らないでください。……そんな人が王太子だなんて、この国の未来は真っ暗ですね」
「そう簡単に未来を諦めないでくれないか。オリヴェルはまだ十三歳なんだよ」
一応弟を庇う体のエドヴィンだが、その言葉に熱意は感じられない。
「私も十三歳ですよ。それに、エドヴィンさまが十三歳の時と比べてどうですか?」
聞けば、エドヴィンは黙りこんだ。反論出来なくなったのだろう。
彼は、ゴホンと咳払いをすると、テーブルの方に歩み寄る。
「お茶を淹れるよ。喉が渇いただろう?」
あからさまに話を逸らされた。
まあ、これ以上オリヴェルの話を続けるのも、不毛よね。
「……王子さまなのに、ご自分で淹れられるんですか?」
だから私はそう聞いた。
「もちろん。私はこう見えて冷遇されている王子さまだからね。一応侍女はついているけれど、いつ何時取り上げられるかわからないだろう? ひとりでなんでも出来るよう、厳しく教えられたんだ」
おどけたように言われる内容が、まったく笑えない。
「わかりました。冷遇されていない王子さまの方に、腹を立てるのは止めておきますね。お茶も私が淹れますよ」
今度は、私が大きく息を吐いた。
お茶道具をエドヴィンから取り上げて、やかんに魔石をセットする。これでお湯が沸くのが、異世界クオリティだ。
(まあ、ここから先は日本も異世界も変わらないんだけど)
沸いたお湯でティーポットとカップを温めた私は、茶葉の種類をたしかめてから、きっちりティースプーン二杯分を計って、お湯を捨てたポットに入れた。
その後も、お茶が美味しくなるように気配りしながら、丁寧に淹れていく。
「……驚いたね。君は本格的なお茶を淹れられるのかい?」
エドヴィンは感心したように聞いてきた。
お茶を淹れるのは、貴族令嬢が身につけている当たり前のマナーだもの。騎士団幼年学校への入学を認めてもらうのと引き換えに、私は普通の令嬢としての礼儀作法も完璧に身につけている。
「私をなんだと思っているのですか?」
「情け容赦ない鬼教官かな」
――――おいっ!
せっかく八つ当たりを止めようとしていたのに!
ジロリと睨む私の視線もなんのその。エドヴィンは優雅にお茶を口に含む。
「……美味しい」
驚いたようにそう言った。
私は、一段圧を強くして彼に笑いかける。
「お望みなら、そのお茶に弱体化魔法の効果を付与しましょうか?」
「止めてくれ! 失言を謝るから……すまなかった」
素直に頭を下げられたので、許すことにする。
「ならいいのですが……さっきのお言葉は、ちょっと意地悪でしたわ」
抗議すれば、もう一度「すまない」と謝られた。
「ただ……その、今日のドレス姿もこのお茶も、あまりに意外で驚いて……つい茶化してしまったんだ」
恥ずかしそうにエドヴィンは、告白する。
考えてみれば、彼も十七歳の少年なのだ。多少の失言は見過ごすべきなのかもしれないわ。
「仕方ないですね。次はないですよ」
「ありがとう。肝に銘じるよ」
それからふたりでお茶を飲んだ。
話題は、第一王子に触れないように当たり障りのないものを選んだ方がいいわよね?
「私、今度浄化機能付きの収納魔法を取得しようと思うんですけど」
「…………え?」
エドヴィンが、綺麗な碧眼を丸くした。




