攻略対象者は傍若無人
マリラタ伯爵家の昼食会で、思いもかけず攻略対象者に出会ってしまった私は、キッとビクトリアを睨みつける。
――――ちょっと!
内輪の小さな昼食会って、あなた言っていたわよね?
参加者もよくて伯爵までで、その上はいないって!
気の置けない友だちばかりだから、気軽に来てって!
第二王子のどこが、伯爵以下で気の置けない友だちなのよ?
私の視線を受けたビクトリアは、両手を顔の前で合わせ、頭をペコペコ下げてきた。
今日の主役のはずなのに、その髪は乱れているし表情もどこかうつろだ。
彼女の様子から見て取るに、おそらく第二王子の参加は、マリラタ伯爵家にとっても想定外のことだったのだろう。
急に押しかけられて、断るに断れなかったというところか?
(だったら仕方ないかしら)
そう思って、怒りを収めようとしていたのだけれど……横から無遠慮な声がかけられる。
「おい! 王太子殿下がお声をかけてくださっているのに、返事も出来ないのか? 貴様、不敬だろう!」
いきなり怒鳴りつけてきたのは、黒髪に青紫色の目をした少年だった。端整な顔立ちをしているのだが、不機嫌そうに眉をしかめていて、はっきり言って可愛くない。
っていうより、この顔は――――。
(間違いないわ。マルクの弟ね)
攻略対象その一に続いてその二にまで遭遇してしまい、私は心の中でため息をつく。
「ローレン、止めないか。彼女が怯えてしまうだろう」
焦った様子で第二王子が間に入ってきた。
「しかし、殿下!」
「いいから、引っこんでいろ!」
第二王子に叱られて、ローレンと呼ばれた少年は悔しそうに拳を握りしめる。
ますます私を睨んでくるんだけど……止めてくれないかな。
「すまない。ローレンは真面目すぎるんだ。悪い奴ではないんだが。……怖がらなくてもいいよ。君は僕が守るから。今日はひとりで来たのかい? よかったら僕にエスコートさせてくれないか?」
聞いているだけで鳥肌の立ちそうな台詞を放ちながら、オリヴェル第二王子は私の方に手を伸ばした。
ええっ! まさか、この子ったら初対面の女性に断りもなく触れようとしているの?
しかも、エスコート?
昼食会にエスコートとかいらないでしょう!
……これって、払いのけても不敬じゃない?
反応に迷っていれば、視界が大きな背中に遮られた。
「オリヴェル、これはいったいなんの騒ぎかな?」
「あ、兄上!」
第二王子から私を庇ってくれたのは、エドヴィンだ。
私は心底ホッとして、無意識に入っていた体の力を抜く。
「お前は、この昼食会に招待されていなかったのではないか?」
――――ああ、やっぱり勝手に押しかけて来たのね。
「で、でも! 兄上は参加されているではないですか!」
兄から叱責されたオリヴェルは、不満そうな声を上げた。
まさか、それが気に食わないってだけの理由で、ここに来たんじゃないわよね?
「その件については、昨日も説明したと思うのだが。……私は、マリラタ伯爵の甥であり騎士団幼年学校でビクトリア嬢の監督生でもあるマルクの友人という立場で招待されているのだよ。私自身監督生でもあるしね」
「僕だってローレンの友人です!」
「騎士団幼年学校の生徒ではないだろう」
冷たく諭されたオリヴェルは、グッと言葉に詰まった。
悔しそうに顔を歪めるが、やがてハッ! として顔を上げる。
「ビクトリア嬢は、僕の婚約者候補です! 婚約するかもしれない女性の誕生日を祝うのは、悪いことではないですよね」
ドヤ顔で主張する弟に、エドヴィンは大きなため息をついた。
「その割に、ビクトリア嬢以外の女性に迫っていたようだけど?」
「せ、迫ってなどおりません!」
「身分の高い相手からエスコートすると言われて、断れるご令嬢がいると思うのかい? この昼食会の参加者は、基本伯爵以下なのだよ」
「そんなこと知りませんでした! そ、それに、僕はそちらのご令嬢がひとりで参加しているようなので、親切でエスコートを申し出たのです。責められるようなことはしておりません」
「婚約者候補がいるのに?」
「候補ではないですか! まだ婚約したわけではありません」
ああ言えばこう言う。
婚約者候補の誕生祝いに来ていながら、他の令嬢にエスコートを申しこむという、自分の矛盾は棚に上げ、オリヴェルはずいぶん偉そうだ。
(だから攻略対象者はいやなのよね)
私は心の中で舌打ちした。
こうなったら正面からビシッと断ってやろうかしら?
なんだったら、実力行使も辞さないけど?
そう思っていたのだが、その前にエドヴィンが動いた。
「そうか。でも今回はその申し出は不要だよ。彼女をエスコートするのは、私だからね」
「え?」
「彼女は私のパートナーなんだ」
私の方に振り返りニッコリ微笑みながら、エドヴィンはそう言った。
誤字報告、たいへん助かっています。
<(_ _)>




