学生生活は、順調です
こうしてはじまった騎士団幼年学校の生活は、思った以上に順調だった。
私が、監督生ふたりから特別に目をかけられているという噂は、あっという間に広まったし、おかげでいらぬちょっかいをかけられる回数は、激減したのだと思う。
まあ、皆無ではなかったのだが、そこはきっちりやり返した。
「……やり過ぎだ」
マルクから、多少お小言はいただいたけれど、あくまで自己防衛。私は悪くない。
あと、意外だったのだけど、私を一番守ってくれたのは、師匠の名前だった。
「え? フラン・スカルさまの弟子ぃ!?」
「うわっ! それを先に言えよ!」
「やばい、スカル卿夫人の弟子に手をだしたなんて知られたら、母上に叱られる」
「俺は、姉上に殺される!」
「頼むっ! もう二度とお前に手はださないから、このことは黙っていてくれ!」
私に絡んできた男子学生たちが、師匠の名前を聞いた途端、土下座せんばかりに謝ってくるのだ。
なんでも、師匠は現役時代、男装の麗人として貴婦人方に絶大な人気を誇っていたらしい。退職から十年近く過ぎた今でも、バリバリ活動中のファンクラブもあって、なんと会長は王妹殿下がされておられるのだとか。師匠が結婚退職するとわかったときなどは、気絶した貴婦人が廊下にまで溢れたという伝説が残っているという。
「……ひょっとして、私、師匠の名前だけで難から逃れられたのかも?」
第一王子も騎士団長の息子も、いらなかった疑惑。
「ま、まあ、おかげで付与魔法を他人にかける経験も積めたわけだしね!」
「聖属性魔法の可能性が広がったな」
それは、私というより、ふたりにとって益があったことでしょう?
ジト目で見れば、スッと視線を逸らされた。
……まあでも、彼らの言い分にも一理あるのかも?
自分の聖属性魔法が、どのくらいの範囲でどれほどの効果を味方に付与出来るかなんて、私ひとりでは絶対に検証出来なかったことだから。
師匠も協力してくれたことがあったんだけど……あの人、元々強すぎてあまり効果が実感できなかったのよね。
(それに、いくら私がひとりで邪竜を倒したいと思っていても、本当に自分だけの力では、邪竜の元に辿り着くことさえ出来ないはずだもの。だから、結果的にはよかったんだわ)
邪竜が復活する場所は、大陸の西の果てだ。太陽の沈む方角にひたすら旅した末に現れる荒涼たる岩石砂漠の中央に、枯れた木々と魔獣の屍で築いた巣に半覚醒した竜は、まどろんでいる。
そこで世界の滅亡を夢見ているのだとか。
(娘のスマホで見たのは、ものすごくおどろおどろしい画像だったけど、あそこに自分が行くのかと思うと気が滅入るわね。……きっとすごく臭いもの)
竜の巣の外周は、腐ったウロボロスの体がぐるりと囲っていた。大きくて長い骨に腐肉がぶら下がっているビジュアルは、思いだすだけでも鳥肌ものだ。
(ゲームの画面は臭くなかったけど、実際は悪臭に満ちているはずよね)
この世界に転生して十三年。私はまだガスマスクを見たことがない。消臭魔法とかあるのかもしれないが……聖属性魔法で代替えできるだろうか?
(浄化魔法ならいけるかな? ……ああ、いや、でもその前に、砂漠の移動手段とか食料とかの補給を考えるのが先かしら?)
いろいろもろもろ考えるに、やっぱりあんな場所にひとりで行くなんて、絶対無理だと私は結論づけた。
最悪、邪竜はひとりで倒すにしても、その前段階で協力者は確実に必要になってくる。
その協力者に、攻略対象者だけは絶対選びたくないのだが、それ以外の人の手であれば、借りるのは吝かでない。
要は、浮気男でさえなければいいのだ。そう思うとしよう。
――――ということで、現在私は自分を鍛えると同時に、周囲との連係プレーの訓練も行っていた。
相手はもちろん、エドヴィンとマルクだ。
付与魔法で強化したり、回復魔法で疲労だけを取ったり。
これは、彼ら自身の鍛錬の手助けになると同時に、聖女が仲間と連携する際の戦い方の練習にもなっている。
「付与魔法が、これほど効果を現すとは思ってもいなかったよ」
「まったくだ。聖属性魔法の使い手は他にもいるけれど、奴らの付与魔法は効果があるのかないのかわからない程度のものでしかないからな」
そう言って手合わせをするふたりは……はっきり言って強い。
あらためて見ると、私と戦ったときのエドヴィンが、ずいぶん手加減してくれていたのだとわかった。
まあ、騎士団幼年学校の入学試験を受ける年下の女の子相手に、本気をだすわけもないわよね。
…………悔しくなんか、ちょっぴりしかないんだから!
最終的に本気をださせたし、勝ったのは私だもの。
「え! なんだ? なんで急に体が重く――――これは? エイミー、どうして急に魔法をかけたんだ?」
腹立ち紛れに、弱体化の付与魔法をかけてやれば、エドヴィンが驚いて叫んだ。
「悪いコンディションで戦うのも訓練のひとつでしょう!」
「いや、それはそうだけど……なんで、私だけ?」
「あなたの方が弱いからよ」
エドヴィンは、ガーンとショックを受けたように動きを止める。
そこへ、すかさずマルクが打ちこんだ。
「うわっ! 危ない」
いつもより、格段に鈍った動きでエドヴィンは逃げ惑う。
「ちょっ! ちょっと待て!」
「待てと言われて待つ敵はいない」
「それはそうだが……痛っ! お前、本気で打ちこんでいないか?」
「俺はいつでも本気だ」
「止めろっ! おい、こらっ!」
無表情で攻撃するマルクと、必死で逃げるエドヴィンを見て、私は溜飲を下げる。
「大丈夫です! 後でしっかり回復魔法をかけますから、安心して痛めつけられてください!」
「安心出来るかぁ~!!」
――――こんな風に、私の学生生活は過ぎていった。




