騎士団幼年学校に入学しました
結果から言えば、私は騎士団幼年学校にトップ合格した。
「よくやった。さすが私の弟子だ」
受かって当然と言っていた師匠だが、ちゃんと褒めるべき時は褒めてくれる。
まあ、一緒に贈られた入学祝いの品が、ダンベルだったりトレーニンググローブだったりパワーボールだったりと、トレーニング用品ばかりだったのは、ちょっと笑っちゃったけど。
両親は、泣きだす寸前。
「なんで、こんなに可憐で可愛いうちの娘がトップで受かるんだ? 騎士団は人材不足なのか!」
父は、絶対落ちると思っていたみたいだ。どおりで「合格出来たら入学していい」なんて約束を交わしてくれたと思ったわ。
母は、本気で泣いた。
「行かないで!」
抱き縋られてお願いされたけど……約束は約束だもの。私は絶対入学するわよ!
そんなこんなで、ちょっといろいろあったけど、無事入学式を迎えることが出来た。
参列した両親は大号泣。周囲は嬉し涙だと思ったみたいだけど、違うのよね。
(ごめんね。お父さま、お母さま)
でも、私は絶対攻略対象者とお近づきになりたくないんだもの。
頑張って訓練して、ひとりで邪竜を倒してやるわ!
決意もあらたに新入生オリエンテーションを受けたんだけど――――。
「今日から君たちの監督生になった、士官学校二年のエドヴィン・ロザグリアだよ。よろしく頼む」
「同じく、士官学校二年マルク・クロブジャーだ」
なんでこのふたりが、ここにいるのかな?
監督生として目の前に立っていたのは、あの兄王子と騎士団長の息子だった。
今さらどんな顔をして会えばいいのか、悩んでしまう。
入学試験でついつい意地を張り、試合に勝ったはいいけれど気絶してしまった私が目覚めたときも、このふたりはベッドの脇にいた。
もう、びっくり仰天。その場でもう一度気絶するかと思っちゃったわ。
ほぼ同時に、私のお母さまもやって来て、ふたりはとても丁寧に謝ってくれた。
試験の一環だったのだし、別に謝ることじゃなかったのにね。
その場はそれで済んで、もう二度と会うこともないだろうと思っていたのに、監督生として再会するとは思わなかったわ。
あんまり彼らと親しくなるのは、私的に嬉しくないんだけどな。
「やあエイミー、久しぶり」
だから、そんなにフレンドリーに声をかけてこないでよ!
「よろしくお願いいたします。第一王子殿下。クロブジャー侯爵子息さま」
頭は下げたけど、カーテシーはしなくてもいいわよね?
ドレスじゃないから摘まむスカートも履いてないし。
「騎士団では、軍の役職名以外の尊称は禁止だよ。私のことはエドヴィン監督生と呼ぶように。プライベートの場合は、エドで」
「俺は、マルク」
王子――――エドヴィンはにこやかに、騎士団長の息子――――マルクは真面目な顔で、そう言った。
なんとか顔が引きつるのを堪える。
プライベートとか、呼ばないし!
「これから食事だろう? 食堂に案内するよ」
騎士団幼年学校は全寮制。当然食事は全食基本学食だ。
朝晩は男女別の寮の食堂で、昼は幼年学校と士官学校共通の一般食堂で提供される。
(結構ですって断っても、不敬にならないかしら?)
第一王子と呼ぶなと言われたのだし、大丈夫だろう。
そう思って口を開こうとしたのに、機先を制される。
「ちなみに断るのはなしだ。……君と話がしたい」
無表情なマルクには、断りづらい圧があった。
私の方は、話なんてないんだけどな。
そうは思うが、とても断れる雰囲気ではない。
仕方なく、私は彼らについていった。
騎士団幼年学校の校舎は、築百年。厳めしく荘厳で、要は古いのだ。
高い天井の廊下を歩けば、カツカツと靴音が響く。
すれ違う人全員に二度見されてしまった。
(これって、注目を集めているのは私? それとも彼らの方?)
悩んでいる間に目的地に着く。
「ここが食堂だよ」
そう言って示されたのは、校舎に隣接された建物だった。入り口から中に入れば、広い飲食スペースが一望出来る立派な施設だ。
「士官学校からは少し距離があるけれど、私たちは選択授業が増えるからね。昼食時間を調整することが出来るんだよ」
対して幼年学校は、全員同じ授業。決まった時間内に昼食を済ませなければならないため、食堂は時間に余裕がない幼年学校近くに建てられたのだそうだ。
大勢の学生が思い思いに食事をする様子を横に見て、案内されたのは食堂二階にある教師や来客者用の個室。あらかじめ申請していれば、こちらに食事を運んでもらうことも可能なのだとか。
(でも、いくら監督生だからって、ここは学生が使っていいところなの?)
ためらう私をエドヴィンが流れるようにエスコートしてくれた。
「さあ、入って。ここなら遠慮なしに内緒話が出来るからね」
私は内緒話なんてしたくないのに!
でも、一度しっかりその辺を伝えておかなきゃダメよね?
なし崩しにズルズルとつき合うのが、一番いけないパターンだもの。
先に入った私たちが続いてマルクが入って、扉を閉めた。
「こんな風にされるのは困ります」
開口一番。私はすぐにそう告げる。
遠慮はなしだと言われたのだもの、これでいいはずよ。
「それは目立ちたくないからかい?」
「はい。私は真面目に学業に集中したいんです」
エドヴィンの質問を受け、まっすぐ目を見返した。
「手遅れだ」
短い一言は、マルク。身に覚えのある指摘だから、グサッとくる。
「その通り。……ただでさえ少ない貴族令嬢がトップ入学したんだ。おまけに君は試験とはいえ、私に勝った。目立ちたくなかったのなら、君は大人しく十回剣を合わせて、それでよしとしなくちゃならなかったんだよ」
それは正論だけど。
「…………どこかの王子さまが煽ってくださいましたから」
私の言葉を聞いたエドヴィンは、苦笑した。
「そうだね。あれは私も悪かった。だからお詫びに君をここに招待したのさ。……どうせ目立っているのなら、君が私たちのお気に入りだと知らしめておいた方がいいからね。私たちの不興を買うとわかっていながら、君に手をだす愚か者はそれほどいないはずだよ」
たしかに、彼らの言うことにも一理ある。寄らば大樹の陰。王子や騎士団長の息子ならば、さぞかし頼りがいのある大樹になってくれることだろう。
ただ、問題がひとつ。
(この大樹が、倒木確定でさえなかったならね)
攻略対象者の兄たちがまとめて死ぬのは、騎士団士官学校二年の秋。
すなわち今から半年後のことだった。




