第一王子の見つけた少女 その二
「馬鹿な。彼女は受験生、つまり十三歳以下のはずだぞ」
普通であれば、魔法は発現していない年齢だ。
私はマルクに食ってかかる。
「そうだな。しかし、それ以外に彼女の行ったことを説明出来る理由がない。……聖女の発現が特別なのか、それとも彼女が特別なのか。……どちらかはわからないが、エイミー・リシャークは間違いなく聖女の力を使っている」
マルクの言葉は、理にかなっていた。
私は、急いで考えを整理する。
「……だとしたら、なぜ彼女は自分が聖女だと周囲に話さないんだ? 聖女ともなれば、国を挙げて保護し大切にされる存在なのに」
聖女は希有な存在だ。聖属性の魔法を使える者は他にもいるが、聖女の強さは桁外れ。どんな怪我や病気も治すことが出来るし、それこそ伝説の邪竜でさえ聖女の助けがあれば倒すことが出来る。
騎士団幼年学校を受験する必要などないはずなのに……。
「優れた力を持つことが、本人にとって本当に幸せかどうかはわからないだろう。……俺とお前は、それを誰よりわかっているはずだ」
静かに告げられたマルクの言葉に、知らず唇を噛んだ。
たしかに、彼の言うとおりだ。
――――私は、自分で言うのもなんだが、かなり賢い子どもだった。教えられた知識はすぐに吸収出来たし、未習であっても既存の知識から推し量れるものであれば、自分で気づくことも簡単だ。
体を動かすことも得意だった。さすがに武術ではマルクに敵わないが、こいつは天才、比べること自体間違っている。
マルクが特化型だとすれば、私は万能型とでも言うところだろうか。
何をしても褒められたから、幼い頃はそれが自慢で誇らしかった。
……そう、世の中賢く優れていることが、いいばかりではないと思い知るまでは。
私には、四歳下の弟がいる。
私は側室の子だが、弟は正妃の子。だから、私は第一王子だが、王太子は弟だ。
弟も決して出来が悪いわけではないのだが、いかんせん私は優秀すぎた。このため、弟より私の方が次期国王に相応しいなどと言いだす者が出てくるのは、自然の流れ。
しかし、それをあの王妃がよしとするわけもなかった。
結果私は迫害されるようになる。七歳になるかならずの頃からだ。
迫害を指示したのが王妃であることは、誰が見ても明らかなこと。しかし、王妃の実家は強い勢力を誇る侯爵家だ。父国王でさえ、敵に回すのに二の足を踏む相手に対し、優秀なだけの第一王子が敵うはずもない。
(だから私は、騎士団幼年学校に入ったんだ)
騎士団幼年学校は、文字どおり騎士を育成する場所だ。そこに入学するということは、将来は騎士になると表明するも同然のこと。
直接的ではないにしても、王位継承権争いからの離脱を内外に示したことで、私はようやく平穏を得た。
(マルクも一緒に入るとは思わなかったが……)
武術に天賦の才を持つマルクの生活は、憂えることなどひとつもないと思われがちなのだが、実は彼もまたその才ゆえに苦労を強いられた子どもだ。
彼にとって諸悪の根源は、実の父である現騎士団長。武芸の才より世渡りに長けていると言われる狡猾な人間は、真の実力を持つ自分の息子に嫉妬し、危険視したのだ。
(成長したマルクが、自分の地位を脅かすことを怖れたんだろうな)
さすがに体罰などはなかったそうだが「化け物」と呼ばれ、聞くに堪えない暴言を日常的に聞かされていたらしい。
「あの男とは、さっさと離れたいからな」
もはやマルクが父親を『父』と呼ぶことはない。
騎士団幼年学校は全寮制。入学すれば家から出られるため、マルクは私と一緒に入学した。
私もマルクも、天才だと羨まれることが多い。
しかし、私たちにとっては、その天から与えられた才能こそが、不幸の原因だった。
――――私たちのように、エイミー・リシャーク男爵令嬢にも、何か事情があるのかもしれない。
騎士団幼年学校に入学し、聖女の力を隠さなければならないような事情が。
私は、あどけない表情で眠る少女に、あらためて視線を向ける。
「……頼まれていた幼年学校の指導役を、引き受けようと思う」
気づけば私はそんな言葉を口にしていた。
士官学校監督生になった私たちには、幼年学校の新入生を指導してほしいという話がきているのだ。
面倒だし、複雑な自分の立場を守るだけで手一杯なため、断ろうと思っていたのだが。
マルクが微かに口角を上げる。
「奇遇だな。俺もそうしようと思っていたところだ」
――――そうだろうな。
だって、目を離せるわけがないじゃないか。聖女でありながら、それを隠すエイミー・リシャークから。
「新学期が楽しみだな」
マルクの言葉に、私は深く頷いた。




