第四十話 仕事始め
鍛冶屋さんに仕事始めをしてもらうことにしました。
『仕事始めな今日』
さて、年も明けて年賀の宴が過ぎてそろそろ一月も下旬です。
雪が未だ残っているので、念のため雪が溶けるまでは寺通いなど遠路へのお出かけは自粛しています。
まあ、単に寒いだけなのですが…。
さて、鍛冶屋さん、特に仕事を渡さなければ城の鍛冶を手伝うという事になってるので、仕事がないわけではないのですが、私の費用から禄が出てるので、仕事をお願いしないのは勿体無いのです。
今年は確か戦があったと思いますから、戦に使えるものでも作ってもらいましょう。
鎧とか良さそうですが、手頃な所から兜なんかどうでしょうか。
鉄砲の弾から頭を守る合理的な形というと、平成の世にもある軍用ヘルメットなんか良さそうですが、最新のものは特殊繊維で作られてて、弾を弾くより止める事が主眼になってます。
そうなると、第一次大戦からベトナム戦争あたりの軍用ヘルメットになるのでしょうが、この時代で最も実用的だといわれてるのが日根野兜、後は桃形兜なんてのも有りました。
驚くのは日根野兜というのはその形が、後の軍用ヘルメットと大差ないんですね。
特に、ドイツ軍のフリッツヘルメットや、その流れをくむ最新型のフリッツヘルメットとほとんど同じ形をしているのです。
そんなわけで、ドイツ軍の使ってたフリッツヘルムを作りましょう。
まず図面を引き、いつもの木工細工で小さなものを作ります。
とは言え、中までくり抜くのは大変なので、人の頭に乗っかってるのを作ります。
その後、同じものを紙で作ります。
この時代の兜の内側は内張りというのが張ってあるんだけど、平成のヘルメットほどには衝撃を止めたりはしない。布帽子を貼り付けているような感じ。
これを平成のヘルメットに付いてるような革か布でハンガーを付けます。これで通気性と耐衝撃性は増すはず。
これも併せて紙でサンプルを作ります。
このままだとこの時代特有の矢が首周りに刺さるのを防げないので、フリッツヘルムの外縁の部分にシコロを取り付けられるようにします。
さて、出来上がったら二月になってました…。
鍛冶屋さんを呼ぶと、兜の模型、図面、紙サンプル一式を渡します。
作り方は、プロにおまかせしますが、プレスなんか出来たら鉢の部分はすぐなんでしょうねえ…。
多分、鍋みたいに叩き出しして、焼入れするのかなあ?
それか実際に日根野兜でやってたみたいに、パーツに分けて曲げてロウ付けするのか。
わかりませんが、鍛冶屋さんが作れると言ってたので多分大丈夫でしょう。
そして、二週間ほど過ぎ、ぼちぼちと雪が溶け出した頃、兜のサンプルが上がってきました。
ものの見事に、ドイツ軍の鉄兜、シュタールヘルムそのものですね。
まだ、シコロとかついてないので、余計にそう見えます。
鍛冶屋さんがシコロを取り付け試しに被って見せてくれましたが、どう見ても日根野兜です。本当にありがとうございました。
中のハンガーも皮と布でしっかり作ってあり、取り外せるようにもなってました。
鍛冶屋さんは兜も実は作ったことがあるらしいのですが、この兜は飾りっ気はあまりないが実用的でなかなか良いと言ってます。
ちなみに、サビ防止も兼ねて黒い塗料を塗ってるので真っ黒で、白銀ではないのです。
中々良さそうなので、もう一つ作ってもらい、出来上がったところで今年はまだ逢ってない権六殿と半介殿を呼んでもらいました。
翌日、権六殿と半介殿がやってきました。
「姫様、旧年来ですな。本年もよろしくお願い致す」
「姫様、新年の挨拶にも参らず失礼致した。本年もよろしくお願い致すでござる」
「二人共、わざわざの足労大儀です。
本年もよろしくおねがいしますね」
挨拶を交わすと、権六殿が用向きを聞いてくる。
「して、姫様。ご用向きとは如何なる事ですか」
と言いつつ、私の横にある布を掛けたものが気にかかるよう。
実は、兜を既に部屋に用意して布をかぶせてあったのです。
「これが気になりますね」
そういうと、布を取り去ってみせる。
「それは…。兜で御座るか?」
半介殿が早速聞いてくる。
「そうです。
これは、新しく作らせた兜です」
「手にとっても宜しいので?」
「どうぞ」
二人がそれぞれ兜を手に取り、席に戻り色々と観察をする。
「こう、ツルッとしておりますな。
頭の形に似せて作らせた様にも見えまするな」
「左様、飾り気は有りませぬが、内張りが見たことのない構造になってござるな」
半介殿にそういわれると、権六殿がひっくり返して中を見てみる。
「通常の内張りの他にも帯が渡してあり、紐でくくってありまするな」
などと、それぞれが論評する。
「その兜を差し上げるので、使ってみてまた感想を聞かせてください。
近く戦があれば、先日の武器と併せて使って見ると良いでしょう」
そういうと、二人は驚く。
「こんなものを頂いて宜しいのですか?
我ら先日頂いた武器のお返しもしておりませぬぞ」
「左様、功もなく頂いてばかりに御座る」
そんな二人がどうにも微笑ましくて、少し笑ってしまう。
「この兜は、試しに作らせたもので、実際に使用に耐えるのかは使ってみなければわかりませんよ。
勿論、他の兜に劣るような兜では無いはずです。
しかし、新しいものは使ってみれば何かしら不満なところがあるもの。
それを、戦から無事に帰ってきて、私に聞かせてください」
「…わかり申した。
次の戦にて見事功を打ち立て、無事に帰ってきて姫様にご報告致しまする」
「必ずや、功を立て無事に戻って参りましょう」
二人がそう決意を語るのを聞き、私は大きく頷いたのでした。
去り際、権六殿が言うには、先日の薬酒がよく効いたのか、奥方はあれ以来病気らしい病気もせず、今まで病弱だったのが嘘のように快活に暮らしているとか。
私は、それは重畳な事ですが、しっかりと栄養のあるものを食べ、体力を付けねばなりませんよ。とアドバイスしたのです。
二人が帰ってから、滝川殿があの兜に興味を持ったのか、普段はあまり滝川殿から公務以外の話で話しかけられることもないのに、話しかけてきました。
「姫様、あの新しい兜。もしや鉄砲を意識して作らせたので御座りまするか?」
「滝川殿、どうしてそうお思いになったのですか?」
「あの兜、非常に実用的な形である他、見れば頭に大きな衝撃が加わった時の為の対策もされております。
更には、これまでの兜はもっと何か造作がござったが、あの兜はツルリとして。
あの兜なれば、鉄砲の弾を止めることは敵わぬまでも、弾くやも知れませぬ」
「流石は滝川殿ですね。
あなたのお見立てどおりですよ」
そう答えると、滝川殿は平伏した。
「流石は姫様。
それがし、またも感銘を受け申した。
まだ、殆ど使われても居らぬ鉄砲の事をよくご存知なばかりでなく、既に対策まで考えておられるとは…」
おだてられるとこそばゆいですね。
「それを少し見ただけで見立ての出来る滝川殿こそ凄いですよ。
主にさえ恵まれれば、必ずやいずれ一廉の武将として大成することでしょう」
この人が史実の一益なら、いずれ認められ出世するでしょう。
私が輿入れすれば、滝川殿は当家から去るのか、父にそのまま仕えるのかわかりませんが、父ならば存分に使いこなせましょう。
もし、一益で無かったとしても、権六殿が褒めるほどの使い手の上、これだけの慧眼の持ち主、史実には不幸にも名を残せなかっただけで、今生ならば名を残しても不思議ではありませんね。
滝川殿は、私が部屋に下がろうとすると一言言い残した。
「それがしは、吉姫様に感銘を受けた者の一人でござる。
これだけは嘘偽りなき言葉にて、姫様が我が主になられたなら…。
…失礼致した。失言にござった」
誰も彼も、私が信長ではないのが不満のようです…。
ドイツ軍のシュタールヘルムシコロ付、作ってみました。
まあ、ドイツ軍のあれはライフル弾を弾いたそうですが、防ぐことは無理だったようですね。
つまり、当たりどころが悪いと貫通したそうです。
アメリカ軍ヘルメットは顎紐を付けて無ければ、ヘルメットにさえ当たれば助かった場合が多いとか。
顎も付けてると貫通したそうです。
つまり、国民性?
日本軍の鉄兜は、なんとライフル弾を距離が遠ければ止めたそうで、かなり性能が良かったらしいです。
これも、戦争が激しくなると粗悪品、簡略品、無し、と悪化したそうですが。
さて、日根野兜、実物も見たことが有りますが、兜の部分だけみると、ほんとフリッツヘルムなんですよね。
どれだけ合理的なんだと。
そのうちご本人が出てくるかもしれませんが。
平八郎に討ち取られないといいですね…。




