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吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第六章 天文十九年 (天文十九年1550)
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第百八十話 佐吉さん宅訪問

佐吉さん宅へと訪問です。





天文十九年一月三日、すっかり雪化粧の尾張です。


今月は藤三郎殿は今川家への、そして次郎殿は武田家への年賀の挨拶などの対応で、暫く私の外出への同行は難しいと聞いています。

そして義頼殿は今年も年始は実家に帰省中で、半月ほどは戻らないかもしれません。


江口の戦いの結果、当代将軍の足利義晴様が近江の朽木へと落ちのびたという事件がこの時期だったと思いますが、今回の帰省と無関係ではないのでしょうね…。


そんな関係で、義頼殿が戻って来るまでは出かける時の警護役は小次郎殿一人の場合が増えそうですね。



今日は佐吉さん宅に訪問です。


佐吉さん宅は古渡城の外郭にある武家屋敷が並んでいる区画の一角にありますから、古渡の屋敷からはすぐ近くに位置し、近所のお宅に遊びに行くような感覚です。


屋敷の中で佐吉さんと年賀の挨拶を交わすと、佐吉さんの案内で直ぐに離れの方へと場所を移しました。


佐吉さん達と会っている間、小次郎殿などお供の人達には本宅の方でくつろいでいて貰っています。



佐吉さんの案内で離れへと入ると、既に部屋の中は暖められていて気分がほっこりします。


梓さんの離れはこの一年で更に整えられていて、パッと見たらレトロテイストな前世の時代の部屋かと錯覚するレベルになって居ますね。


勿論、前世の時代を表すようなテレビなど家電機器などは存在しないのですが。



実は梓さんに子供が出来たこともあり、広めの離れを増築してそこを新たな実験室として危険薬品など梓さんの実験に関係するものを全てそちらへと移動させたので、元の実験室であるこの部屋はリビングの様な快適空間へと変わりました。


以前置かれて居たテーブルや椅子の代わりに、今はラグが敷かれてソファやローテーブルなんかが置かれて居て、のんびり寛げる様になってますね。


佐吉さんが梓さんを呼びに離れを出たので、その間私は来客側の二人掛けのソファに座ると、ソファがギシッと音を立てます。座り心地はやや硬めですが悪くない座り心地です。


ちなみに、このソファは竹細工で作られて居て、その上に綿をキルティング加工した布をかぶせてあります。


このソファは、佐吉さんが前世に仕事で東南アジアに行った時によく見た、現地で使われて居た竹細工のソファを参考に作ったと言っていましたが、よく出来た品だと思います。


ただ量産性は考慮していない様で、熟練の竹職人でも作るのにそれなりの時間が掛かったらしく、今はまだこの部屋にあるだけですね。



離れでソファに座って部屋の中を見ながらくつろいでいると、赤ちゃんを抱いた梓さんと一緒に佐吉さんが戻ってきました。


赤ちゃんが生まれたのは去年の五月でしたから、今月で八ヶ月の筈。

あんなに小さかった赤ちゃんがすくすくと成長してもうはいはいが出来るのですから、早いものですね。



「梓さん、明けましておめでとうございます。

 赤ちゃんがまた大きくなりましたね」

 

「明けましておめでとうございます。

 お陰様で、元気に育っています。

 元気すぎて、最近は目を離すとどこに行くかわからないので、木で作って貰った柵で囲ってその中で遊ばしているんですよ」


前世で姉の家にあった赤ちゃんフェンス的な物が頭に思い浮かびます。


「梓さんの母乳で育てているそうですが、夜泣きとか大変でしょうね」


「そうですね。でも川田の家から親類の子とかが来てくれているので、付きっ切りにならなくて済むので助かってます。

 お乳も足りなければ頼んでもらえる当てはあると聞いているのですが、幸い私の分だけで何とかなっているので」


この時代、特に武家は親戚や家人が何人も居ますから、梓さん一人で子供に付きっきりという訳では無いのは良いですね。


それに尾張に来て食事面がかなり良くなったのも、梓さんの母乳の出には良かったのかもしれません。



「このまま無事に大きくなってくれると良いですね」


「はい。

 幸い近くに玄庵さんが居るので、何かあればすぐに診て貰えるので助かってます」


「玄庵さんもたまに往診で診療所を空ける事がありますが、今は他にも先生が居られますし、お弟子さんや看護師さんが何人も育ってきていますから安心ですね」


最初、玄庵さんの出自は〝恐らく地侍の家柄だろう〟と話していたのですが、はっきりしない以上〝出自不明の元僧侶〟という身分は、この時代ではあまり良い立場ではありませんでした。


しかし、佐吉さんの命を救ったという実績と私の推薦もあり、まず父にお願いして会って貰い診察を受けて貰ったのですが、流石前世で本職の医師だっただけにその診断は的確で、父が良い人を連れて来てくれたと喜び、熱田に診療所を用意してくれたのです。


その話を聞いた武衛様も同じく往診で診察を受けて、その見識に感心しお墨付きを出してくださったのです。


そう言う事があって、話を聞きつけた武家や商家を中心に受診希望者が増えていったのですが、当然人手が足りなくなります。


それで、色々な所の伝手で医学に興味のある優秀な若者を弟子にしたり、武家の子女を看護師として育成したりという事を始めたのです。


お弟子さん達は、まだまだ診断を下すという所までは行っていませんが、玄庵さんが診察する前に患者から症状をヒアリングして問診票に記入するだけでも随分と診察がスムーズになる様で、かなり助かっていると玄庵さんは言っていましたね。


玄庵さんの診療所がそれなりに成果を出して名が知られて行くにつれ、今度は近隣から既に医者を営んでいる人達が話を聞きに訪れ出しました。


少しずつですが、彼らと情報交換をしたり交流が出来ていっている様で、その中から既に医学の手ほどきを始めている自分の子供を玄庵さんに弟子入りさせたり、或いは縁のある近隣の若手医師を玄庵さんの助手に呼び寄せてくれたりと、彼らの支援も得られている様ですね。



驚いたのは、次郎さんが武田に縁のあった医師という事で、元は次郎さんのお父上の信虎殿の侍医を務めていた医師を手伝いに呼んでくれた事ですね。


その医師の名は私でも知って居る人ですが、永田徳本殿と言って後の世では〝医聖〟ともよばれている方でした。


そんな人を呼んで大丈夫なのかと思ったのですが、信虎殿が今川に去った後は諏訪に居を構えて診療所を開き領民を診療し、引き続き武田家の医師として繋がりはあった様なのですが、晴信殿が討ち死にした事を期に武田家を辞去していたそうです。


その際に徳本先生が、諏訪も引き払い旅に出て諸国を巡ろうと考えている、と話していた事を思い出した次郎さんが玄庵殿の事を話して〝一度尾張を訪ねてみては如何〟と誘ってみたら来てくれたと。そういう顛末なのです。


この事は流石の玄庵さんも驚いて、この機会に勉強させてもらうと話していましたね。


徳本先生がいつ迄居て下さるかはわかりませんが、優れた医師が身近に二人も居るというのは随分心強いです。



「尾張に来なければ、ここ迄優れた医療を受ける事は出来なかったでしょう。

 佐吉さんとの縁は、相良の石油が繋げてくれた縁ですが、川田の家に生まれた事も幸運だったと思います」

 

「うふふ、そうですね。

 私も父信秀の家に生まれて幸運だったと思います。

 

 そうそう、熱田で子供向けの学校をやっているのは知って居ると思うのですが、生徒が増えてきたこともあり、そろそろ本格的に教科書の量産を考えないといけなくなってきました。


 今は寺で小僧さん達が勉強がてら写本してくれているのですが、それに頼り切りという訳にも行きませんし、流石に三桁の写本の数は厳しそうです。

 

 それで、以前にも話が出ていたと思うのですが、そろそろ印刷を手掛けたいと思うのです。

 勿論、かな漢字の活版印刷は当分無理だと思いますので、ガリ版印刷なら何とかならないかなと…」


「藁半紙の話をしていた時に、そんな話も出ていましたね。

 ガリ版印刷は、ロウ紙が上手く作れたら行けると思います。

 インクは多分何とかなると思いますので」


「よろしくお願いします。

 これが実現すれば、印刷で教科書を沢山作ることが出来ます」


「承りました。

 

 実は今日、姫様が来られたら良い物をお見せしようと思っていたのです」


「良い物ですか。

 それは楽しみですね。

 どんな物ですか?」


梓さんはニッと微笑むと、佐吉さんに目配せします。

それを見て同じく佐吉さんが微笑むと小箱を取り出し、私に手渡してきます。


「どうぞ、中を開けてご覧になってください」


私は前世で云うところのレターケースの様な薄い小箱を受け取ると、早速と開けてみます。

箱を開けると同時に僅かに酸味掛かった匂いが漂った気がします。


中には厚手の紙が一枚入って居ました。


表は真っ白だったので取り出して裏返してみると、それは間違いなく前世以来久しぶりに見る〝写真〟でした。


白黒写真でしたが、明らかにピンホールカメラで撮った初歩的な写真の域を超えた、綺麗な家族写真が目の前にありました。


「これは…。

 写真ですね…」


「ええ、レンズは既にありますし、ガラス板も良いのが上がる様になってきていますから、後は原理と必要な薬剤の配合を知って居れば実現可能です」


流石科学者、いえ化学者。薬剤配合はお手の物ですか。

ヨーロッパでは今より三百年ほど後に写真が撮られ出したと記憶していますが、それより三百年も前に日本で写真が見られるとは想像もしませんでしたよ。


でも、こういうのって梓さんの知識や技術が後に伝わらなければロストテクノロジーとかオーパーツとかいわれる代物になるんでしょうね…。


今の教育水準や知識水準で、梓さんと同等の知識を兼ね備えた人材が育成可能だとはとても思えないのですが…。


「きっと写真の事が外に出れば、写真を撮りたいと希望する人は沢山居るでしょうね。

 前世の世界で日本に写真が入って来たのは幕末ですが、自分の写真を残すべく写真撮影を希望した人は多かったと言いますから」


佐吉さんが笑います。


「前世で習った歴史の教科書に描かれて居た様々な人物の肖像画が写真に置き換わったら、随分その人に対するイメージが変わるかもしれませんね」


「うふふ、でしょうね。

 例えば、前世で美女と名高かった私の妹の市がどんな感じの美女だったのか、後世に残った似顔絵では良くわかりませんでしたから」



梓さんが頷きます。


「歴史はあまり詳しくはないですが、やはり肖像画しか残らなかった時代と、幕末期以降の写真が残っている時代とでは、明らかにその人物に対するイメージが違いますね。

 やはり写真だとある程度人柄の様な物も伝わってきますからね」


「確かに、性格で人の人相というのは変わりますからね。

 

 そうそう、話は変わりますが、私からも二人に伝えることがありました」


そう切り出すと微笑んで見せます。


私の表情を見て、二人が目を輝かせます。


「良い話みたいですね。どんな話でしょう」


「まだ確実ではないのですが。

 

 実は加藤さんに転生者の特徴を伝えて、条件に当てはまる人が居ないか、人づてでも良いのでずっと探して貰っていたのです」


「以前、転生者の話をされて居ましたが、実際に動かれて居たのですね」


私は頷くと話を続けます。

 

「それで先頃、尾張と美濃の国境の方にある村で特徴に当てはまる人の噂を聞くことが出来て、実際に訪ねてみたところ、その人物とは今年十三になるその村の乙名の娘でした。

 前世の記憶が戻った後に、普通では知る筈のない知識や物事を周囲に話してしまった事から、狐憑きとして土蔵に押し込められていたそうです」


梓さんは自分にも起こり得た事だけに複雑な表情を浮かべます。

実際押し込められたりして、そのまま長くない一生を終えた人は多いと思うのです。


「村の乙名さんはいつまでも自分の娘を土蔵に閉じ込めておくのは忍びなく、近々寺に入れようと考えているとの話だったので、加藤さんに私のところで貰い受けると話を付けて来てもらいました」


「本当に転生者だと良いですね」


「ええ、こればっかりは直接話をしてみないとわからないのですが、まず間違いなく転生者だと思います。

 村の人にも話を聞いて来てもらったのですが、条件が揃いすぎてますから。


 もし、面談してみて転生者だったら、またこちらの方にも連れてきますね」


「それは楽しみです」


「もし、転生者じゃなかったらどうされるのですか?」


心配顔の佐吉さんが聞いてきます。


「加藤さんが聞き込みした限り、知る筈のない事を話していた以外は歳の割に落ち着いた頭の良い子という評判なので、実際に会ってみて気性や性格に問題が無さそうならそのまま屋敷で働いてもらいますよ」


「そうでしたか、それなら安心ですね。

 姫様が可哀想な事をするとも思えないですが、少し心配になったので」


「私も平成時代の価値観が未だ抜けきらないですから」


二人は顔を見合わせると笑いだします。


「うふふ。

 では、今日はそろそろお暇しますね。

 今年もよろしくお願いします」


「はい、わざわざありがとうございます。

 お土産に頂いた子供用の肌布団、有難うございました。

 今年もよろしくお願いします」


梓さんは赤ちゃんを抱いて奥へと戻っていき、私は佐吉さんに案内されて玄関まで戻ってきます。


「では、姫様。

 今年もよろしくお願いいたします。

 また仕事場で」


「はい。

 今年も忙しくなりそうですよ」



竹細工のソファは実際に座ってみましたが、中々座り心地が良いですね。


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― 新着の感想 ―
[一言] いつも拝読させていただいています。 さて、せっかくの写真技術が失われないようにするにはですね。 仏間にご先祖の写真を飾る。出陣前の集合写真を撮る。 元服時の記念写真、見合い写真など。 天皇の…
[一言] 更新お疲れ様です。面白かったです。次回も期待しております。
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