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吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第五章 天文十八年 (天文十八年1549)
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第百六十話 佐吉さんの帰還

佐吉さんが戻ってきました。





『佐吉さんの帰還』



天文十八年三月、堺で何者かに刺されたという佐吉さんと同行した人たちが帰ってきました。


刺されたという知らせは直ぐに受けていたのですが、傷が深いとの事でしっかり療養した後に戻って来てもらったので、旅立った日から一月以上経ってからの帰還となりました。


刺されたという一報を梓さんに知らせた時、気丈に振舞ってはいましたが、心中察するに余りあるのは表情を見れば一目瞭然であり、私自身自分の配慮の至らなさ浅はかさに消え入りたくなってしまいたい程、この出来事は心に深く突き刺さったのです。


同行した鈴木党の人たちの事は信頼していますが、彼らは堺で佐吉さんの警護役だけを勤めているわけではありません。

見知った堺の道案内や堺の人たちなら普通に常識としてもつ厄介事から遠ざけてはくれるでしょうが、イレギュラーな要素に対応は困難でしょう。


幸い、腕の良い医者に直ぐ見て貰ったおかげで大事には至らなかったようですが、一つ間違えば佐吉さんという貴重な人材であり、この時代を共に生きる同志を失ってしまう所だったのです…。



そして佐吉さんが刺された件は、一報を受けた後父と相談した結果、当分伏せておくことになりました。


刺された件に関して、佐吉さんが尾張に戻った後に加藤殿に事情聴取して貰い、色々調べてもらう事になりました。


だから何か判るまではこの件はなかった事として扱い、佐吉さんは堺で急な病に罹って療養していたので戻るのが遅くなった。という事にしています。


そんな色々有った佐吉さんから、先ずは帰還の報告を受けました。



「佐吉さん、堺出張大儀でした。

 そして、無事の帰還嬉しく思います」


「姫様、ご心配をおかけして申し訳ございません。

 ご依頼の案件は全て遺漏なく手配いたしました」

 

「それは何よりです。

 これで、一先ず打つ手は打てたと思います。

 堺は如何でしたか?」

 

「はい、堺は津島より大きな城塞都市でありました」


「それ程ですか」


「街の三方が広い堀と高い城壁に囲まれ、もう一方が海に面しそこに大きな湊がありました。あれほどの規模の城塞は尾張でも見た事がありません」


「堺はどの国にも属さない独立都市だと聞きますから、商いでの豊かさを活かして城塞都市と化したのでしょう。それなりの人数の私兵も雇い入れていると思います」


「そうかもしれませんね。


 街の治安も悪くは無さそうでした」

 

恐らく佐吉さんが刺された事は、イレギュラーな事だったのでしょう。


「わかりました。


 疲れたでしょう。今日はこれで結構ですから、ゆっくり休んでください。

 続きはまた後日に」

 

「はい。

 それでは失礼いたします」

 


今日の報告は形式的な物。詳しい話は佐吉さんの家で聞くことにしています。

例の佐吉さんを治療したという医師は、お礼をしたいからという事で一緒に尾張に来てもらっており、今は佐吉さんの家に逗留してもらっていますから、その時色々話が聞けるでしょう。



二日後、詳しい話を聞くため、佐吉さんの家を訪れました。


といっても、今回の訪問は佐吉さんを治療した医師が主題です。


堺でのお使いに関しては、既に報告は受けていますし、刺された件に関しては加藤殿が調査中でまだ報告は来ていません。


はなれに通されると、佐吉さんと梓さん、そしてもう一人お坊様が待っていました。

「こんにちは、佐吉さん、梓さん。まだ寒いですが、段々春めいてきましたね」

 

「はい、もうストーブは朝方しか必要ないですね」


「さて、こちらのお坊様が佐吉さんの治療をしてくれた方ですか?」


「はい、そうです」


「はじめてお目に掛る、姫様。

 拙僧は玄庵という寺を持たずこの世を彷徨う乞食坊主だ」


「はじめまして玄庵殿。

 織田備後守の娘、吉にございます。


 優れた医師としての腕をお持ちだと聞きました。

 我が家の家臣を助けて頂いて有難うございます」

 

「医は仁術、礼には及ばぬ」


そういうと、玄庵さんは部屋を見回し小さく溜息をつきました。


佐吉さんから既に玄庵さんが転生者の可能性を告げられているので、わざと会見の場をこのはなれにセッティングしたのです。


そして玄庵さんは言葉を続けます。

 

「つかぬ事を伺うが…。ひょっとすると、あなた方は前世の記憶があるのではないか。

 いや、未来の記憶と言い換えた方が良いか…」


やはり、ビンゴだったのでしょうか。


「何故、そう思うのです?」


玄庵さんはもう一度部屋を見回し答えます。


「この部屋に置いてあるものは最近作られた物かもしれないが、本来この時代には存在しない筈のものばかりだ。

 何故、フラスコや試験管が普通に置かれているのか。

 そもそも、ストーブなどどう考えてもこの時代にある筈がないし、それに“ストーブ”はこの国の言葉ではない筈だ」

 

「それがわかるという事は、玄庵殿。

 あなたは前世の、未来の記憶を持っているのですね?」


「如何にも。

 拙僧は物心ついた頃、まるで目が覚める様に前世の記憶を思い出したのだ。

 混乱のあまり何を話したのかは最早覚えてはいないが、何かとんでもない事を話したのだろう。

 そのお陰で拙僧は狐憑きだのなんだのと言われ、寺に入れられたのだ。

 

 恐らく地侍の子として生まれたのだと思うのだが、今では両親の名前や顔は疎か何処の産まれかさえもわからぬ…。

 

 寺に入れられて以来、前世の記憶は一先ず封印し僧侶としての修行に励んできたのだが、その一環として医療活動というのがあった。

 村々を托鉢にまわる傍ら医療を施していたのだ。

 

 拙僧は前世での仕事の関係で医療に関する知識があったため、寺で学んだ医術ではなく前世の知識による医療を施していたら、それを兄僧達に見咎められ、寺から放逐されてしまったのだ。

 それ以来、各地を彷徨いながら医療の真似事をし、托鉢を受けながら乞食の様な人生を送って来たのだ…」

 

「それは…、随分苦労をされたのですね。

 失礼ですが、玄庵殿は今お幾つですか?」

 

玄庵さんは苦笑いして答えます。


「拙僧は、今年で二十八になる筈」


佐吉さんも梓さんも驚きます、私も四十前位かと思っていたのです。

まさか二十代とは…。


「そ、そうですか。

 この屋敷には風呂がありますから、後でサッパリとされると良いと思います。

 

 ところで、前世での仕事で医療に関する知識があったそうですが、もしやお医者様だったのですか?」

 

玄庵殿は遠い目をして答えます。


「左様、拙僧は前世で医師だった。

 救急医療センターに勤務する救急医だった。

 専門は内科、循環器、消化器。感染症対策も学んだ。

 仕事は厳しかったがやりがいがある仕事だったな。

 恩師の座右の銘である医は仁術を実践できる職場だった。

 しかし、無理が祟ったのか四十を過ぎた頃、長時間の勤務をもうすぐ終えようという所で、倒れて意識を失った。

 恐らく、脳梗塞か何かで死んだのだろう。

 気が付けば、この世界だった」

 

遂に、私たちに足りなかった重要なファクターである「医療に詳しい人」がやってきました。


「前世でも、大変だったのですね…。

 

 どうでしょう、寺を用意しますからそこの住職としてこの尾張の地に腰を落ち着けませんか。

 或いは、還俗して医師として診療所を開くお手伝いをする事も出来ます。

 

 ここに居る佐吉さん、梓さん、そして私の三人は平成時代からの転生者です。

 

 お察しの通り、前世の記憶を持つ者です。

 

 私達は、何とかこの戦国乱世の時代を生き抜く事を考え協力し合っている間柄です。

 

 梓さんも佐吉さんも私もそれぞれに前世での専門知識を持ち、実際にその一部をこの時代で再現していますから、玄庵殿の必要とする器具や薬剤を揃える手伝いも出来るでしょう。如何でしょうか」

 

「おお。やはり…。


 お申し出は願ったり叶ったりだ。

 拙僧は好きで諸国を彷徨っていた訳では無いからな…。

 

 この時代の者は、皆迷信深く、まやかしを信じきっている。

 なまじっか医療行為で治癒した者が多く出ると、拙僧は同業者とも思いたくないが、拙僧を同業だと思っているまじない師どもに命を狙われることもあるのだ」


なんとも、あり得そうな話です。

本当に苦労に苦労を重ねてきたのですね…。

老け込むのも致し方ないのか。


「では、どうするのか考えておいてください。

 また数日後、返事を聞きに来ますから、それまではこの川田家に逗留されると良いでしょう。

 佐吉さん、梓さん頼みましたよ」

 

「はい、佐吉さんの命の恩人ですから。

 お任せください」




 後日、玄庵さんは還俗する事を選び、川田夫妻が住むこの古渡の城下で診療所を開くことにしました。唯改名はせず、名前はそのまま玄庵です。

 生きていくために坊主を続けていましたが、寺にはあまりいい思い出が無かったようです。


 当面は診療所の医療設備を充実させる事が目標ですが、何とか父上や新九郎様の寿命を伸ばしたいものですね。



玄庵さんは古渡の城下で診療所を開くことになりました。

古渡の城下ですが実質的には熱田の門前町なので尾張では二番目に大きな街です。

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