第百五十四話 年の瀬
長かった天文十七年もこれで終わりです。
『古渡の年の瀬』
激動の天文十七年も今日で終わりです。
本当に今年はいろんなことがありましたね。
大きな戦が幾つもあり、東海道の勢力地図は大きく変わりました。
しかし、お陰でこれから暫くは平和になりそうな気がします。
父は勝ち続け、結果として尾張守護代に就任しました。
武衛様も権威として立派に東海道の棟梁を務めています。
やはり、あのお方は元々英君だったのだと思います。
そして可能性としての予測はしていたものの、まさか武田が本当に攻めて来たのには驚きました。
もっとも、想定通りの動きで返り討ちにし、武田晴信は信玄になる前にこの世から退場してしまいましたが。
やはり、山本勘助殿が兄上の軍師に収まっているのが史実に多少なりとも影響があったのかもしれませんね。
何しろ、彼の推薦で引き抜いた筈の真田幸綱殿がこの世では通常の仕官なのでまだ余り武田で重用されず、本領発揮する前に織田方に寝返ってしまいましたから。
幸綱殿の調略も可能性としてあり得るとは思いましたが、まさかこんなにあっさり寝返るとは思いませんでした。
一人部屋で今年を振り返っていると、外から声が聞こえます。
「姫様…」
「お入りなさい」
加藤殿がやって来たようです。
「はっ」
静かに障子が開くと、普段とは違い素襖を着た加藤殿が入ってきました。
年末の挨拶も兼ねての来訪なので、しっかり正装での登場です。
「先の甲斐信濃での仕事、見事でした。
お陰で人死にを最小限に抑えることが出来たと父が喜んでいました」
「勿体なきお言葉。
それがしは姫様の御下知に従い動いた迄にござる」
「私一人では何事も成せません。
あなたが居なければこれ程の事は成せなかったでしょう。
本当に私の元に良く来てくれました」
加藤殿は驚いた顔を浮かべると平伏してしまいます。
「それがし如き流れ者を拾っていただいたばかりか、過分な迄のご配慮。
これ程迄にそれがしの事を認めて頂き、ただ感謝の気持ちばかりでござる」
「これからも、よろしくお願いします。
あなたは私の一の家臣、頼りにしています」
「はっ。
それがしこそ、ご期待を裏切らぬよう励みまする」
「はい。
ところで、あの件はどうなりましたか?」
「武田の三ツ者の件にござりますな」
私は頷きます。
「調べましたところ、三ツ者はまだ作られたばかりであった由、それ程の人数は居りませなんだ。
三ツ者の前身である透波は先の村上氏との戦にて手練れの者の殆どは主とともに討ち死にしたとの事にござった」
「そうでしたか、透波は戦にも出ると聞いて居ましたがやはり手痛い負け戦になると無事では済まなかったという事ですね」
「はっ。
主を助けようと懸命に戦った由にござりまするが、その主が討ち死にするほどでござりましたから」
「確かに…。
それで、生き残った三ツ者はどうなりましたか?」
「はっ、三ツ者は富田郷左衛門と申す者が棟梁として束ねてござったが、先の戦で討ち死にし生き残った者は散り散りになっており申した。
姫様が仰ったように、武田より来た者の伝手で繋ぎをつけて一先ず生き残った者を集め、帰農したいものは銭を持たせて帰らせ申した。
新たな主を求めておる者は、姫様のご指示どおり大殿に一先ず預け、その後真田殿に付けられた由にござりまする」
「そうでしたか。
なら、仕官する者は全員尾張に来たという事ですか?」
「はっ。元々多くは家も無き流民同然の者達故、召し抱えて貰えるならと喜んで尾張に」
元々、その土地の土着の地侍であった者達とはまた違った者達もいるという事ですね。
彼らを野放しにすると夜盗などになる場合も多く、治安を悪くするよりは折角の技量を活かした方がと集めてもらったのです。
「解りました。
真田殿は伊勢の調略をすすめて居ますから、忍びの技を身に付けた者が加われば助けとなるでしょう。
今年も大儀でした。
こちらの方をお持ちなさい。
来年は伊勢や近江などで何か有るかも知れません。
何もなければ良いのですが、その時はまた情報収集をお願いします」
「ははっ。
承りました」
加藤殿は私が指示した木箱を持ち上げると、あまりの重さに驚いた表情を浮かべ私の方を見ます。
「良き働きには見合う報酬。
そして、良き仕事には然るべきお金が掛かる物。
加藤殿ならそれを有効活用できるでしょう。
殆ど使わない私が持っていても腐らせるだけですから」
「左様でござりますか…。
では、有難く。
来年も良き働きが出来る様、励みまする」
そういうと、平伏し帰っていきました。
色々と商材が増えて商いが広がるのは良いのですが、稼いだお金の使い道が無いのが寂しいですね。
何しろ、着物は父などいろんな人が贈ってくれますし、細々とした物は大橋殿や加藤殿などの商家が何かにつけて差し入れてくれますし…。
外で食事をしても、なぜか誰もお金を受け取ってくれませんし…。
前世で買い物を楽しんでいた頃を偶に思い出しますが、本当にあの時代は物で溢れかえっていましたね。
しかし、まさかこの章がこんなに長くなるなんて…。
次の章はもっとテンポよく短く済ませたいですね…。




