第百五十三話 家事のお供
梓さんが訪ねて聞きます。
『洗濯機』
天文十七年もあと数日。そんな折、古渡の屋敷で本を書いていると梓さんが訪ねてきました。
清洲の屋敷だと弟たちが遊んでくれとせがむので、中々落ち着いて作業が出来ないのです。
弟たちを楽しませようと、玩具をこしらえて遊んであげたらとても喜んでもらえたのは良いのですが、遊んでくれとせがまれる様になってしまったのです。
ちなみに、弟というのは喜六と三十郎で、二人とも母上の子供です。
母の違う姉弟も沢山居たはずですが、信広兄上しか逢ったことが無いのです。
いつもの様に英語で話します。
「姫様、洗濯機を作りませんか」
「洗濯機…、ですか?」
「はい。冬になると当たり前ですが寒いので、水仕事は辛いのです」
そういえばそうですね。
洗い物とか水仕事は別の人がやってくれるのですっかり忘れていましたよ。
平成の御代だと、普通にお湯が使えますし、洗濯も全自動洗濯機がありますからね。
でも、梓さんもそういう仕事は使用人がやってくれるのでは無いのでしょうか。
私の表情を読んだのか梓さんが言葉を重ねます。
「姫様、何も私が洗濯するのに欲しいと言っているのではありませんよ。
ただ、この時代は洗濯板も無いので洗濯はとても大変な仕事なのです」
「なるほど…。
そうでしたか。
では、石鹸もありますし折角ですから石鹸粉を使える洗濯機を作ってみますか」
「石鹸粉が不味いなら洗剤だって作れます。
上手く出来れば新たな商材になると思いませんか?」
梓さんがニッと口角を上げます。
なるほど、そういう事ですが。
洗濯機その物も売れますが、洗剤があるなら洗剤も売れるでしょう。
そして、洗濯をして皆が身ぎれいになれば衛生水準が上がりますし、洗濯にこれまで掛かって居た時間を減らす事も出来るでしょう。
流石に、モーターが無いので人力という事にはなるでしょうが。
「解りました。
それでは、図面を引きますから工房の人にでも作ってもらいますか」
「それが良いでしょう。
どんな洗濯機が出来るのか楽しみです」
「うふふ」
さて洗濯機、どんなものが良いでしょう。
基本的には遠心分離を利用したものが良いでしょう。
洗濯機は洗い、濯ぎ、脱水が基本機能ですが、その三つを兼ね備えられるのが遠心分離方式ですから。
早速とポンチ絵を描いていきます。
耐久性はわかりませんが、洗濯槽は竹細工の籠でも良いはずです。
そして、クランクとギアを使って足踏み式で回転させると。
洗濯機本体は木製で良いと思いますし、水を貯めたり流したりするための開栓機能を取り付けます。勿論、竹籠には蓋が必要ですね。
この方式がいろいろ兼ね備えて一番楽ですが、もっと洗濯力を高めるなら樽を使って高速回転させるのが良いのでしょうね。
兎も角、まずはこの木の箱と竹籠を使った洗濯機を作るとしましょう。
早速梓さんに図面を見せます。
「…、これは和ですね…」
「和というか、プラスチックや金属系素材を使わずに作ると、こんな感じになるかと思いますよ」
「確かに…。
では、工房の物に作らせてみます」
「はい。仕上がるの楽しみにしていますよ」
後日、工房で洗濯機が完成したのですが、想像以上にしっかり作られていますね。
四隅には補強の為か金属の板が打ち付けられていますし、防水の為の膠もしっかりと使われています。
中の竹細工など漆塗りです。こうすることで耐水性が増し耐久性が上がるのでしょう。
しかし、ここまでくると工芸品にも見えますね…。
梓さんの工房では割と鋳物が多用されているのもあって、この洗濯機の足踏み機構にも鋳物が使われていて高級感を醸し出しています。
「これは…、見事ですね。
正に、和という感じです。
まるで工芸品の様」
「ふふ、でしょう。
それにうまく動けばまた備後守様にお見せするのでしょうから、しっかりとしたつくりにさせました。
この出来ならば、売り物としても十分見栄えがするでしょうし」
「確かに。
しっかり動けばまた父に見せる事になるとは思いますが、これならば良さそうです。
試してみましたか?」
「ええ、勿論。
早速、石鹸を粉にした物を用意し、洗濯させてみましたよ。
結論から言うと、平成の御代の洗濯機を知っていれば少々洗浄力に物足りなさを感じますが、この時代の人からすると驚きの箱の様です。
何しろ苦労する脱水も、洗濯物からあっと言う間に殆どの水分を飛ばしてしまいますからね」
「遠心式のメリットはそこですからね。
洗浄力に関しては恐らく浸け置き洗いをすればもう少し落ちるはずです。
ですが、浸け置きの場合は石鹸粉よりはアルカリ水溶液を作った方が良さそうです」
「アルカリ水溶液ですか…。
解りました。では、また作っておきます」
「はい。
では、折角作りましたし、父上に披露する事にします」
「はい。
気に入って貰えることを祈っています」
後日父上の前で、洗濯機を屋敷の者に使わせて実演して見せたところ、早速新たな産物として作らせようとの事。
この構造と材料の洗濯機であれば梓さんの工房でなくとも作れますから、良い商材になるでしょう。
ありそうで無かった洗濯機を作りました。
構造も割と簡単ですから、仕組みさえわかってしまえばいろんな所で作られそうです。




